33
扉を開け、アレクシアとリーゼロットは中へと入った。そこで目にした光景にアレクシアは愕然とする。
授業開始時刻は過ぎている故、既に始まっている……と呼べるか分からない。
幾つかのテーブルに分かれて令嬢達は腰を下ろしていた。テーブルの上にはお茶菓子とお茶が用意されていて、どうやら今日は社交場での立ち振る舞いをするらしい。
だが皆が大人しく席に腰を下ろしている中、数人だけ立ち上がりある令嬢の前で話をしていた。だが雑談などには到底見えない不穏な空気を感じる。
「あら、手が滑っちゃった」
甘いスコーンの匂いが漂う部屋。アレクシアの妹であるエルヴィーラは皿に置かれていたスコーンを行儀悪く素手で掴むと床に落とした。スコーンは虚しく形を崩し床を汚す。
「これ貴女のよね?ごめんなさい~。でも、ちょっと汚れただけだから大丈夫でしょう?……ほら、冷めない内に食べないと勿体ない」
エルヴィーラがそう言って笑うと、後ろにいた数人の令嬢達も一斉に笑い出す。
一瞬何をしているのか理解出来なかった。毎日部屋に戻って来たエルヴィーラは妃教育の内容の話はしなかった。最近は機嫌も良く珍しく真面目にやっているのだとばかり思っていた。なのに妹は一体何をしているのか……。
耐えられなくなった令嬢は肩を震わせ涙を浮かべながらも床に膝を折り、菓子を拾おうとしている。だが手が震えて上手く拾えない様で何度も手から零れ落ちた。
その様子が可笑しいのか、更にエルヴィーラ達は笑う。周りは見て見ぬフリをしていた。講師すら気まずそうに視線を逸らしていた。
アレクシアは唇を噛み締め、手をキツく握り締める。恥ずかしくて情けなくて仕方がない。身内である自分に対して横暴な振る舞いを見せるのはまだ構わない。だが、他所様の娘さんを捕まえて公衆の面前であの様な横暴な醜態を晒すなどあってはならない。
ふと昔からの記憶が蘇る。我儘放題で、気に入らないと喚き散らし暴れる妹。その妹を庇い、更には自分へ手を挙げる母。それを黙認する父。
屋敷内の閉鎖された空間でそれが日常であり、感覚はいつしか麻痺して当たり前だと受け入れ諦めていた。だが……こうやって公衆の面前で客観的にその光景を目の当たりにすると、如何に異常な状態だったかが理解出来た。
どんなに暴言を吐かれても、暴力を受けても父も母も妹も家族だと、家族でいなくてはならないと思い込んでいた。
足元に転がる菓子を未だ拾えていない令嬢の代わりにエルヴィーラが拾い上げると、それを口元に押し付け無理矢理食べさせようとしている。生々として、実に愉しそうだ。意地の悪い笑みを浮かべ、母の姿ともそれは重なり見えて、吐気がした。
こんな人間が自分の妹?家族?
こんな妹なら、家族なら……私は、いらない。
そう思った瞬間、すとんと腑に落ちる感覚がした。今まで何故思い込んでいたのか、分からない。何故我慢してきたのか、分からない。
アレクシアはスタスタとエルヴィーラの元まで歩いて行く。周囲はようやくアレクシアやリーゼロットに気付いたのか、痛いくらいに視線を向けて来た。だがそんな些末な事気に留めている場合ではない。
妹の真後ろで立ち止まった。この部屋の中でエルヴィーラだけがアレクシアの存在に気が付いていない。
未だに菓子を乱暴に押し付けているエルヴィーラから、アレクシアはそれを取り上げた。そして。
「そんなに勿体ないなら、貴女が食べなさい」
妹の口元にぐしゃぐしゃになってしまった菓子を押し当てる。自分でも驚く程冷淡な声が響いた。




