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アレクシアは頬が緩むのを抑えられない。エルヴィーラの侍女として半ば無理矢理城へ連れて来られたが、今は少し感謝したい気分だ。
まさかこんなに沢山の本に囲まれる日が来るなんて。右を見ても左を見てもどこまでも本、本、本の山だ。こんな素晴らしい事が起こるなんて、アレクシアは信じられない。しかも、好きなだけ読んでいいとは!正に天国だ!
「それでね、シア」
アレクシアはもはや本に没頭し始めており、モニカの声は聞こえない。アレクシアにとっては、砂漠に突如現れた泉と言っても過言ではない。カラカラに渇いた喉を前に水が目前に現れれば、何をおいても飛びつくに決まっている。
「シア、シア?シア……」
モニカは、懸命にアレクシアに話しかけるが無反応だった。既に何冊もの本を机に積み上げ食い入るようにして読んでいる。
「……これじゃあ、何の為にここまで連れてきたのか分からないんだけど」
モニカは唇を尖らせる。
「何の為に連れてきたの?」
「それは勿論、シアに喜んで貰ってお礼に口付けでも……⁉︎」
モニカは独り言に返事があった事に驚き、振り返った。
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「全く、呆れるよ」
モニカの後ろに現れた青年は呆れ果てた顔でモニカを見ていた。
「なっ……なんで、こんな所に……ドリス!」
青年の後ろにはドリスが、素知らぬ顔をして立っていた。モニカは思わず声を上げる。
「モーリス、君何しているのかな?」
「嫌ですわ。私はモニカです」
平然を装ってそう言い張るが、声は上ずっておりかなり動揺している事が分かる。
「取り繕おうとしても無駄だよ。全部バレてるから」
青年の言葉に言葉を詰まらせ、視線を泳がせた。
「それにしても、わざわざそんな格好までして……まさかとは思うけど、彼女に手を出そうとか、考えていないよね」
「まさか、そんな……おほほほほ……」
モニカもといモーリスは笑って誤魔化そうとするが、青年は鋭い目で睨んだ。
「はぁ……」
大袈裟にため息を吐くと、モーリスの隣をすり抜けアレクシアの元へと向かう。そして、徐に上着を脱いだ。
「寝てしまっているね」
余程寝不足か疲れていた様で、アレクシアはこの僅かな間に寝てしまっていた。その様子に彼からは思わず笑みが溢れる。
そして自分の上着をアレクシアに掛けると、頭を軽く撫でた。
「あ、あのぉ……兄上、俺はこれで失礼します」
それだけ言うとモーリスは足早に書庫から、出て行ってしまった。
本当にしょうもない弟だ。だがまさか、女装して潜り込んでいるとは……差し詰め彼女にちょっかいでも出すつもりだったのだろうが……後でお仕置きが必要だな。
「ドリス、悪いけど引き続き弟のおもりを頼むよ」
「承知致しました」
ドリスはそう返事をして頭を下げる。すると、彼のスカートが揺れた。その姿に思わず笑いそうになってしまう。
「……オリヴェル様。今笑いましたか」
「え、いや……笑ってないよ」
恨めしそうな目で見られたオリヴェルは、顔を引き攣らせた。モーリスもそうだが、ドリスも見事に女装していてまるで違和感を感じない。特にドリスは割と小柄な故、どこからどう見ても女性に見える。
「……一応お伝えしておきますが、僕に女装の趣味はございませんので」
流石にそれは、確認しなくとも分かる。どうせあの弟の巻き添えを食らったのだろう。
「そう、それは残念だね。とても似合っているのに」
「……オリヴェル様」
「ははっ、冗談だよ」
如何にも不満そうな顔を浮かべながら、ドリスは踵を返すと書庫を出て行った。
オリヴェルは、机に顔を伏せて静かに寝息を立てるアレクシアを見遣る。
「また、会えたね。アレクシア」
そう言って、オリヴェルは笑った。




