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昨夜から上機嫌だったエルヴィーラは、今朝も同様でそのまま妃教育へと向かった。
相変わらず寝不足のアレクシアだが、今日はエルヴィーラ用の菓子が無くなってしまったのでまた厨房へと行かなくてはならない。
昨日も仮眠が取れなかったのに、これでは身体がもたない……。だが、行くしかない。
気怠い身体を何とか動かして、アレクシアは部屋を後にした。
「フィリベールさん」
「あぁ、丁度良いところに」
料理人の彼は、フィリベールというそうだ。ここに来るのは何度目かになるが、アレクシアは彼と割合親しくなった。
「最近は2日に1度は来られるので、今日も絶対来ると思って待っていたんですよ。ほら!これ新作なんです!」
自信満々にそう言って、フィリベールは皿に盛られた菓子を見せた。
「美味しそう」
皿いっぱいに盛られた焼き菓子からは、甘くいい匂いが漂ってくる。アレクシアは、思わず笑みが溢れた。
「でしょう?今お茶淹れるので待ってて下さいね」
優しい笑みを浮かべたフィリベールは、お茶を淹れる為に振り返ったが……そのまま固まった。
「随分と愉しそうね。私も混ぜて下さる?」
その理由は、いつの間にか満面の笑みを浮かべたモニカが立っていたからだ。
「モニカ様?」
アレクシアは驚き目を見開く。何故彼女がこんな場所に……妃教育はどうしたのだろうか。
フィリベールはというと、相当驚いたのか微動だにしない。額には汗が滲み、笑顔は引き攣って見える。暫し、謎の沈黙が流れた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
アレクシアとフィリベール、モニカでテーブルを囲み、側には侍女のドリスが控えている。
これは一体、どういう状況?何となく気まずい……。アレクシアは先程から無言でお茶を啜る目の前の2人に、視線を遣った。
「あ、あの、モニカ様」
「あら、何かしら」
アレクシアに呼ばれモニカは、ふわりと微笑んだ。
昨日も思ったが、やっぱり美しい……眩しい程に光っている。
「妃教育は、どうされたのですか?本日は、お休みではなかったと……」
朝確かにエルヴィーラは出掛けて行った。それに2日連続で休みとは連絡を受けていない。一応休みの前日には、各侍女達にも簡単な通達はされる。
「そうね、休みではないわ。私が自主的にお休みしたのよ」
言い方は丁寧だが、それは所謂……サボり、という意味だろうか。アレクシアは、呆然とする。
人は見かけによらないものね……モニカ様の様な方がまさかの、サボりなんて。
「私ね、王太子妃になるつもりはないの。ちょっとある事情があってここにいるだけで。だから、妃教育には、殆ど参加してないのよ」
男爵令嬢だから諦めているのかと一瞬思ったが、どうやら違うらしい。それに、モニカなら男爵令嬢だろうとこの美貌と知性があれば王太子妃になれそうだと思う。前例はないが、前例を作ってしまいそうだ。そう思わざるを得ない程に、高貴で秀美で洗練されたものを、彼女からは感じる。
「今日ここに来たのは、また貴女に……会いたくて」
真っ直ぐな瞳で見つめながら言われたアレクシアは、頬が熱くなるのを感じた。やはり、落ち着かない。
「昨日、話してくれたでしょう。エルヴィーラ様の為にお菓子を用意して貰っているって。だから、もしかしたらここに来たら貴女に会えるかも知れないと思ったの……迷惑だったかしら……」
眉根を寄せ寂しそうな表情を浮かべるモニカに、アレクシアは慌てて首を横に振った。
「迷惑などと、そんな」
「なら、良かったわ」
瞬間モニカは、にっこりと笑うと隣に座るフィリベールを見た。心なしかモニカの目が据わっている様に見える。
「ところでフィリベール、さん?」
「は、は、はいぃぃ‼︎」
フィリベールは、名前を呼ばれただけなのにも関わらず、返事をした瞬間に椅子から立ち上がった。
「アレクシアさんとは、いつも2人きりでこんな風に仲良くお茶をしているんですか?」
青い顔をした、フィリベールは無言で立ち尽くしていた。




