4.推しのギャップは破壊力がすごい
「え?」
グレイシアは目を丸くする。
「私たち、グレイシア様のような凛としてお美しくて、気高い方が好きなんです! だから、応援したくて、ずっと見ていたんです!」
緊張と焦りで早口になった。悪役が好きとは言えないので、ミレアなりに言葉を振り絞って想いを伝える。ミレアもユーリオも、何度もグレイシアを見てきた。薄い画面の中だが、彼女の人生を何度も。
グレイシアは面を食らったようだが、じわじわと頬に赤みがさし、視線を少し右に逸らした。
「……何を馬鹿なことを」
自嘲気味に呟いたグレイシアに、ミレアは「そんなことありません!」と目を見開き身を乗り出した。
「グレイシア様を見ていると、勇気が湧いてくるんです。どんな状況でも、自分のやりたいことを通されて、最後まで一生懸命で、すごく頭がよくて、お優しくて……尊敬しているんです!」
「……あなたには、そんな風に見えているのね」
「はい! だから、応援したくて」
グレイシアは小さく「応援……」と口の中で繰り返した。そして冷めた紅茶を飲みきると、静かにカップをテーブルに置いて透き通った藍色の瞳をミレアに向ける。
「じゃあ……お友達になってくださる?」
「……ひょえっ?」
少し恥じらうような、不安そうにも見える表情。友達という爆弾級の言葉にミレアは喉の奥から変な声が出た。
「だめ、かしら」
悲しそうに眉尻を下げ、小首を傾げられて落ちない人はいない。ミレアはぶんぶんと首を横に振り、「喜んで!」と満面の笑みで答えた。
「うふふ、ありがとう。じゃあ、ミレアと呼んでもいいかしら」
「は、はい! グレイシア様!」
名前を呼ばれるだけでぞくぞくと鳥肌が立ち、鼻の奥がツンとする。昇天しそうだ。
「あら、グレイでいいわよ」
「ひぇぇ……」
一見すれば恐縮だと引いているようだが、脳内は「グレイたん、グレイたん!?」と踊り狂っていた。
「ね、お願い」
グレイシアの押しの強さにさすがは悪役令嬢と思いつつ、ミレアは唇を下で湿らせてからそっとその名前を呼ぶ。
「ぐ、グレイ様」
口にした瞬間、ふわりとグレイシアが微笑んで、もうミレアの頭の中はカーニバルである。幸せ過ぎて明日が命日かもしれないと思うほどだ。
「うふふ、これからよろしくね」
「は、はい!」
話がひと段落したところで、執事がおかわりのお茶を淹れてくれた。再び紅茶の香りがパッと花開いて、湯気が出ている。ミレアはカップに手を伸ばすと、令嬢らしく香りを味わってから一口飲む。部屋が冷えてきたからか少し熱めで、体の中から温めてくれる。前世では炭酸飲料かココアだったのに、しっかり紅茶を飲む作法は身についていた。
(きゃぁぁ、なんて幸せなの! ゆうに早く報告したい!)
昔から何かあれば全部ゆうに話していて、おいしいものを見つけたら分けてあげていた。そのため、このクッキーも紅茶も分けてあげたいなと思いながら味わう。
(グレイ様を見ながらの紅茶とクッキー、いつもの100倍おいしいわ)
グレイシアはお茶請けのクッキーを二つ食べ、しばらくしてからカップに手を伸ばした。その所作一つ一つが美しくて、ミレアは見惚れる。だがカップの縁に口をつけた瞬間、美しい眉が顰められ、カップは静かにテーブルに戻された。
「……そういえば、来週うちで茶会があるのだけど」
そして何事もなかったかのように話し出したが、グレイシア推しのミレアは誤魔化されなかった。まるで新しいおもちゃを与えられた子どものように目を丸くし、くしゃっと笑う。
「グレイ様は、猫舌なんですか?」
そう何気なく言えば、グレイシアはかぁっと頬を赤らめた。唇を引き結んで恥じらっている。その仕草にミレアは打ち抜かれ、今すぐにでもこの胸の高鳴りをユーリオに報告したくなった。
(きゃぁぁぁ、グレイたん可愛い! 猫舌グレイたんきゃわっ)
叫び出すのを抑えるためにミレアは口元に手を当て、左手はぐっと拳を握っている。対するグレイシアは、ふんっと赤い顔でそっぽを向いた。
「熱いのが少し苦手なだけよ……誰にも言わないでね」
恥ずかしがっている様子がまた可愛くて、ミレアはデレデレと笑顔が止まらない。そしてグレイシアに嘘はつけないミレアは正直に話す。
「えへへ……ユーリオには報告します」
「やめなさい……と言っても、するんでしょうね」
そしてグレイシアは少し冷めた紅茶を、息を吹きかけてから熱さを確かめるようにして飲んだ。開き直って猫舌であることを隠さないようにしたらしい。
「はい。推しの情報は共有するものですから!」
独り占めはいけない。推しの素晴らしさは知ってもらってなんぼだからだ。
「推し……? まあいいわ。二人は仲が良くていいわね。愛し合っている感じだわ」
「ひぇぇぇ!? ないないないです! そんな、仲はいいですけど、愛とか、そんな関係じゃないですって!」
ミレアは顔を真っ赤にして、首を横に振る。からかわれるのには慣れていたが、友だちとグレイシアでは破壊力が違った。猛烈に恥ずかしく、心臓が高鳴ったのだ。
「あらそう? 婚約者なんだから、喜ばしいことだと思うけれど」
「いえいえ、もっといい話があったら、きっと婚約破棄されますよ。ユーリオとはほんと腐れ縁と言いますか……」
婚約破棄。グレイシアの未来を感じたからか、ミレアの胸がキシリと痛む。その痛みを不思議に思いつつ、ミレアは笑顔で誤魔化した。グレイシアは「そう?」と首を傾げていたが、「まあいいわ」と話題を変えた。
そしてしばらくおしゃべりを楽しみ、ミレアは夢見心地のまま屋敷へと戻ったのである。




