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1.推しは転生よりも重し

「きゃぁ!」

「うわっ!」


 ドレスの裾を踏んづけて前につんのめったと思ったら、頭に鈍い痛みを感じて目の前に火花が散った。そのまま前に倒れたが思ったより痛みは少なく、頭を押さえながら身を起こす。


「いったぁ……って、え?」


 石畳に座り込んで目を開けた途端、はっきりと思い出したのだ。


(ミレア・モンテリオール? え、でも日本人で高校生……待って、まさかこの記憶……前世?)


 一気に早送りの映像を見せられているように記憶が流れ込んでくる。日本で生まれ、学校に通い、遊んでいた日々。眩暈がし、思わず目を閉じて片手を当てた。ゆっくり瞼を開けるとチカチカする目に映るのは、ふわっと広がっているレースがついたクリーム色のドレス。揺れる髪は金髪で前世とは全く違う。座り込んでいる場所もマンガとゲームに囲まれた自分の部屋ではなくて、中庭の石畳。そしてその先に誰かの足が見える。


「痛ってぇ……なんだ? って、は? ユーリオ・ザッケンベルト? 誰だこりゃ。ん、この国名って……」


 ミレアが突然思い出した前世の記憶に混乱していたら、知った声が聞こえて反射的に顔をあげた。毎日と言っていいほど聞いていた声。なのに少し懐かしいと思ってしまう。目の前の彼は尻もちをついていて、頭を押さえていた。幼馴染兼婚約者のユーリオで、二人でお茶をしていたのだった。


(さっきクッションになってくれたのはユーリオね……謝らないと)


 痛みの原因を探るように顔を上げたユーリオと目が合う。その瞬間、衝撃が走った。


「え、ゆう?」

「まさか、みぃ?」


 それは、前世で毎日顔を合わせてふざけ合っていた幼馴染の名前だ。そしてお互いの恰好を見て、二つの記憶から同じ結論にたどり着く。叫ぶのは同時だった。


「私、乙女ゲームの世界に転生してる!?」

「俺、乙女ゲームの世界に転生したのか!?」


 そしてパァッと顔を輝かせ、思うことは同じ。


「ということは推しが!」

「グレイたんがいる!」


 転生先でも幼馴染だった二人は、転生より推しについて語ろうと土ぼこりをはらってサロンに戻るのだった。




 『愛の鐘が鳴る。イケメンと織りなす学園物語』、通称『ラブ鐘』。スマホで遊べる激甘の乙女ゲームアプリだ。近世ヨーロッパ風の世界観で、貴族たちが通う学園での恋愛物語と豪華な声優陣が人気のゲームだった。二人は全ルートを解放しており、最後の記憶ではこのゲームのストーリーについて語っていたのだ。


 推しについて語りたいのはやまやまだが、まずは確認をと前世でも今世でもよく知った仲ではあるが自己紹介をする。


「えっと、前世は鈴木美亜で、今はミレア・モンテリオール。伯爵令嬢をしてるわ」


 伯爵令嬢をしていると、自分で言っておいて変だなと思いつつ、他に言いようが無かった。丸テーブルの向かいに座っているユーリオは、口が半開きのままでミレアを上から下まで見た。その顔には「これがあの?」と大きく書かれている。ミレアが一睨みすると、気まずそうな顔で咳払いをして、話し始めた。


「あ~、前世は福田勇志で、今はユーリオ・ザッケンベルト。同じ伯爵家の令息ってやつだ」

「ゆうが貴族とか笑える」

「うるせぇ……てか、こんな名前のキャラいなかったよな」

「モブだったんじゃない? だから、顔の作りと声が前世のままなんだわ」


 世界観に合わせてか髪と瞳の色は違うが、ベースは前世と同じだった。どちらかと言えば可愛いミレアと、平凡に少しかっこよさを足したユーリオ。まさにモブっぽい顔だった。


「なるほどな~。そんで、どこまで覚えてる?」


 前世の記憶について訊かれて、ミレアは「ん~」と記憶を探ってみる。


「えっと、高校の卒業式の前日にゆうの家でゲームしてるとこかな……ゆうは?」

「まぁ、俺も同じだな」

「転生したってことは、私たち死んじゃったのかな」

「……たぶんな」


 前世の終わり方について疑問はあるが、分からないものを考えてもしかたがないと、ひとまず置いておくことにした。そしてこちらの世界で生まれてから今までの記憶をすり合わせていくのだが。


「こっちでも幼馴染で、しかも婚約者なのね」


 前世では小さい頃から毎日一緒に遊んでいて、ご飯もどっちかの家で食べる状態だった。高校生になってもそれは変わらず、周りからはさんざんからかわれたし、親たちも「二人が結婚したら親戚になるわね」としょっちゅう話していたが、付き合っていたわけではなかったのだ。


(婚約者……結婚かぁ。ユーリオなら別に嫌じゃないけど、ピンとこないよね)


 さすがに婚約者になっているとユーリオも気恥ずかしいのか、顎に手をやって「う~」と変な声を出している。


「その、なんだ……虫よけみたいな意味もあるからさ。もし、お前に本当に好きな奴ができたら……婚約は解消してもいいと思うぜ」


 以前のミレアとユーリオは婚約を当然のように受け入れていたが、記憶を取り戻した今は違う。そうユーリオが提案すると、ミレアも「そうね」と大きく頷いた。


「ゆうも好きな人ができたら、すぐ教えてね!」


 前世ではそういう話はほとんどしてこなかったからか、ミレアはユーリオに恋人ができたらと考えるとふと寂しさが胸をかすめた。だから慌てて付け足す。


「あぁぁ、その。でも、もしゆうに恋人ができても、おしゃべりしてくれると嬉しい……かも」


 ユーリオは虚を突かれた顔をしたが、すぐに二ッと人懐っこい笑みを浮かべた。その笑顔は前世のゆうと同じ。


「任せとけ。大切な幼馴染だからな」


 幼馴染。その言葉がミレアの胸を温める。ユーリオは昔と変わらず、優しくて頼もしい。急に前世を思い出した不安もあるが、ユーリオがいれば安心した。


「そうだよね。幼馴染だもん」


 男女の幼馴染。大きくなれば気恥ずかしさから距離を置くことも多いが、二人が毎日一緒にいたのは共通の趣味があったからだ。そしてその趣味が、今、二人をわくわくドキドキさせている。


「じゃあ、本題に入ろうぜ」

「そうね」


 お茶を飲んで心を落ち着かせ、一呼吸置くと、ミレアとユーリオは覚悟を決めた表情で向かい合った。二人は見つめ合い、唾を飲みこむ。記憶の中にその姿があるだけで、鳥肌が立った。そのキャラと同じ世界に立っていると考えるだけで、叫び出したくなる。嬉しさのあまりに頬が緩み、二人の声が合わさった。


「推しのグレイたんがいる!」


 二人は記憶にある生の推しに震え、興奮が止まらない。グレイたんことグレイシア・マーベラ。乙女ゲームに欠かせない、ヒロインの恋路を邪魔する悪役令嬢だ。代々続く、由緒正しい公爵家のご令嬢で、いつも気高く美しい。ヒロインと、そして二人と同じ学年だった。

 オタクのスイッチが入った二人は、早口で記憶の中の推しについて披露しはじめる。


「ゆう、聞いてよ。この間のお茶会に参加した時、グレイシア様もいらしてね。出された紅茶をじっくりご覧になって香りを堪能されてから、茶葉と産地をズバリと当てたのよ! グレイシア様の品性と頭のよさを感じるイベントだわ」

「俺なんて、学園の中庭で休まれているグレイシア様をお見かけしたんだ。日の光が銀糸のような髪に反射して、もう女神様かと思ったぜ。シークレットスチルまちがいなしだ」

「いいな! 私も見たかった!」

「俺もスチルでじっくり見たい!」


 わいわいと盛り上がる二人は悪役好きだった。とは言っても、極悪非道の悪役は好みではなく、気高く、品があり、頭脳派で、孤高な悪役が推しなのだ。最初は悪役だが最後は主人公に味方してくれるキャラなんて、大好物だった。


 そんな二人は乙女ゲームのストーリーを楽しみつつ、悪役令嬢のグレイシアが出てくるとセリフを暗記するまで読みこみ、その姿を愛でていたのだった。きゃっきゃと生のグレイシアにテンションが上がる二人だが、話が学園のストーリーに入ったとたん、すっと真顔に戻る。


「で、そんな私たちが愛して推しているグレイシア様に危険が迫っているのは、当然分かってるよね」

「俺が何周プレイしたと思ってんだよ。どのルートでも、最後は同じ」


 仲良し悪役好きオタクの声がそろう。


「グレイシア様断罪イベントがくる!」


 二人が記憶を取り戻した今は、学園1年目の秋。ストーリーは終盤で、プレイヤーはルート選択が終わり攻略キャラとの好感度上げを頑張っている頃だ。そしてどのルートでもグレイシアは悪役令嬢として邪魔をし、終幕へと繋がる。それが、グレイシアの断罪イベント。お決まりといえばお決まり。


 ヒロインに意地悪をし、ルートによっては法に触れることもしたグレイシアは、王子が主催する夜会で罪を明らかにされ、婚約破棄をされてしまう。プレイヤーにとっては悪役が成敗されハッピーエンドだが、悪役推しの二人にとっては号泣もののバッドエンドだ。


 藁にもすがる思いでどこかのルートで救済できないかと頑張ったが、どれでも断罪、婚約破棄、国外追放か修道院行きと見事なコンボを決められてしまう。結局、処刑エンドが無いだけましだと慰めあったのだ。


 その辛く悔しい気持ちを思い出した二人は、決意を胸に固い握手を交わした。想いは一つ。幸いまだイベントまで時間はある。


「ゆう、グレイシア様の断罪イベントを回避するよ!」

「もちろんだ。俺達の手でグレイシア様を幸せにするぞ!」


 こうして転生した幼馴染二人は、推しの悪役令嬢を幸せにするべく動き出したのである。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 新作キターーーー!!(*≧∀≦*) 悪役令嬢が推しなんですね!面白くなりそう!推しへの愛を語る時は、おのずと早口になりますよね(笑) 推しの断罪エンドを回避するのに、二人がどう動くのか…
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