4-1
4
意識を浮上させ目を開けると見知らぬ豪華な天井が視界に入った。
ベッドから上半身を起こし周囲を見回しても見知らぬ部屋だった。
どこだ、ここは?
ベッドサイドには修羅が剣立てに置かれておりすぐ横には水差しもあった。
床に足を下ろし水差しと並べておいてあるコップに水を注ぎ一口飲んだ。
右腕の小手は装備したままだったのでほっと一息ついた。
修羅の下には、はいていた靴もある。
靴を履いて室内にあった鏡で身だしなみを整えた。
どこだか気になり窓の外を見た。だが広すぎるバルコニーしか見えないのでバルコニーに出てさらに手すりに座るように外を確認する。
かなり高い位置に位置する部屋なのか広い庭が一望できた。庭の向こうには住宅があるのが見えた。
王都の城の中…か
じっと外を眺めているとノックと共にメイドを連れたクリスが入ってきた。
ベッドに姿がないので軽く驚いていたが窓が開いているのでバルコニーにやってくる。
手すりに座るように立つ俺の姿を見るとクリスは嬉しそうに笑った。
その姿に俺は少し見とれた。その時、強い風が一陣吹きクリスのドレスのスカートをはためかせる。
クリスはその強い風に一瞬目をつむる。
俺はその風が心地よかった。正常な魔素の風だったから。
創造神イヴは浄化の後には必ずこうして魔素の風をおれに吹かせる。
ここはもう大丈夫と言っているのだ。おれはそう感覚的に知っていた。
「…いい風が吹く。イヴの歓びがおれを纏う」
心地よい風に身を任せるように空を見上げ目を閉じる。
「イヴ?」
クリスは女性らしき名に怪訝な顔を浮かべる。
「…目下、おれの大事な存在…かな」
言葉をはぐらかした。
ウソではない。目標のない俺に生きがいをくれた大事な創造主イヴ。願いはかなえてやりたいと思う。
この右手薬指にはまるイヴの愛と力の結晶は、いまでは不快にはおもっていないのだから。
…たとえこの場所にする指輪が結婚の意味を成していたとしても。
数多ある覇王の伝記にも記されている。覇王の右手薬指には創造神イヴより送られし指輪が外されることはなかったと。
覇王はその生涯において正妻を持つことはなかったという。
百人近くの側室をもち二十人以上の子に恵まれた覇王は生涯独身だったそうだ。
おれもそうなるかもな…
クリスはおれのその言葉に驚いていたようだった。
「そんな恰好でここは風邪をひくぞ」
クリスの姿は王女らしく鎖骨が露出した立派なドレスだった。
貴族らしくエスコートすることにした。
右手をクリスに差し伸べる。
まんざらではないのかクリスは自身の手を俺の手に置いた。
そして俺の指輪にクリスは気が付いたようだった。
室内に入り窓を閉める。
「たかが一介の冒険者にこの部屋はどうかと思うんだがな」
自分がなぜこんな豪華な部屋で寝かされていたのか疑問に感じた。
「我が国を救った英雄には十分な部屋だとおうもわ」
「英雄?」
「ええ、そうよ。貴方は私たちを救ってくださった英雄」
「……」
「父上が貴方に褒美を用意しておられるわ」
「要らないんだけど、そういうわけにもいかないんだろ」
「その通りよ。でもあなたが束縛されたくないことは知っているから父に言ってあるの。権威も義務も生じない称号爵位が授与されることになるわ」
「今日じゃないだろ?」
「ええ簡易的なものだけど明日よ。玉座があれているので簡易的になってしまうのは許してね」
「そのほうがありがたい。でも服はこれじゃまずいだろ」
「そうね。それなりに身だしなみは整えてもらわないといけないわ。持ってないなら用意させるけど?」
「…大丈夫だ。公式用の賢者の衣装がある。派手なんで好きじゃないが仕方ない」
クリスは笑った。
「貴方らしいわね。それはそうとお腹がすいているでしょうから食堂へ案内するわ」
「ああ、ありがとう」
クリスに豪華な食堂に案内されて椅子に座る。
「ところでおれが意識を失ってからどれくらい経っているんだ?」
そばにクリスは座っていた。
「丸二日よ。城中修理中なのよ。もうじき終わるのだけどすこし落ち着かないかもしれないけどごめんなさい」
「気にはしてないさ。しかし二日も寝てたのか俺は。浄化スキルを使うと範囲と穢れにもよるが意識が飛ぶのはよくあるが今回はひどすぎたな」
「それだけ酷かったということ?」
「ああ」
魔素が汚れると魔物が出ることは世界中で知られている事実だ。
人為的な汚れが穢れと呼ばれていることも基礎知識で知られている。
高司祭のスキルに浄化スキルがあることも知られているがレアスキルで知名度は低い。
王族だから知っているのだろう。
運ばれてきた重湯をとる。二日間何も口にしていないので重湯だ。
それでも十分だった。
「浄化スキルまで持っているとは思わなかったわ」
「はは。俺は君が浄化スキルを知っているとはおもわなかったな」
「王族の知識として知っていないと…ね」
「そうだろうな」
しばらく無言が続いた。
俺は重湯をとりつつその胸に去来する感情に確信をもってクリスを見ていた。
おれは…
そんな俺を知ってか知らずかクリスが影を含むような顔つきになって俺を見ていた。
「あなたに謝らなければいけないの」
食事を終えて飲み物が運ばれてきた。
「謝る?」
「…ええ…」
クリスは口にするのを躊躇っていた。
俺はそのクリスの醸し出す空気からいやな予感がしていた。
「城のお抱え魔術師が貴方に断りもなく貴方を鑑定してしまったのよ」
「!」
俺は思わず立ち上がっていた。
「ごめんなさい。こちらの管理不行届きなのは事実なので…」
「……」
俺は落ち着かせようと椅子に座りなおす。
両手を机の上に握るように組み考えた。しばらく無言が続いた。
「…どこまで見たんだ?」
俺がこう聞くには理由がある。
本人の了承のないまま他人が鑑定してもすべては見られないからだ。鑑定スキルですべてが見られるのは1親等の家族だけだ。
固有スキルの大半は非表示だろうが…
「貴方に職業が二つあることと呪文特技とスキル。それと固有スキルの末裔と結晶とついた二つのスキルよ」
「…そうか…」
さすがに額を抑え、ため息が出た。
「さすがに事がことなので口止めさせているわ。王家の沽券にもかかわるし」
「その内容知っているのは誰だ?」
「父と私。それと近衛隊長と鑑定した近衛魔術隊長の4人よ。皆口は堅いから安心して」
「…信用しよう…。少なくとも姉さんの上司だ。でもこれ以上口外しないでくれ」
「本当にごめんなさい…」
「…もういいよ」
俺はそう言うしかなかった。
「一つ聞いてもいい?」
「?」
「リュウはあの伝説の覇王様…なの?」
「……」
伝説の覇王は転生し幾度も生まれてくることは知られている。
その上王者職業は覇王のみの職業だからだ。だからこその質問だった。
「そうだ。とはいえ、記憶はまだない」
そう言って俺は今度こそ立ち上がる。
「ここは落ち着かないので姉さんの家に帰る」
「まって、あなたにもう一つ言っておかないといけないことがあるのよ」
「なんだ?」
「その……。貴方の職業を見て父が…」
「?」
「あなたに私を娶らせて王家に婿入りさせようと本気に思っているようなの」
「………。迷惑だ!」
おれは今度こそ怒りしか出なかった。
気を落ち着かせおれはクリスに言った。
「おれは誰とも結婚する気はない。とはいえ、いずれは身を落ち着かせる必要もあるし、使命の一つに子孫を残すというのもあるから考えないこともない。おそらくは側室を持つという選択になる」
「その指輪と関係あるの?」
俺は頷いた。ここでクリスと縁が切れようともハッキリさせておく必要があると思った。
「この指輪は《イヴの指輪》という。俺を転生させた創造神イヴの愛と力が込められているアーティファクト級のアイテムだ」
「え、創造神イヴ?」
「この指輪は俺がここにはめたものではなくイヴが意図的にここにはめたものだ。この意味がわかるか?」
「………そういうことなのね」
「おれはそのイヴの想いに応えなければならない。故に誰とも結婚はする気はない」
「伝説の覇王様と同じというわけなのね」
「ああ。そのことを承知したうえでのことなら俺は君を拒むつもりはない。もっとも、王家に入る気は毛頭ないから難しいと思うがな」
俺は言うことはいったので城を後にした。
あとはあちら次第だろうな