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成人の儀を終えた翌日、旅支度を整えた俺はいよいよ旅に出る。
この五年で姉や父よりも背が高くなった俺はすっかり大人の体格に成長していた。
「ギルド登録証明書はもったか?」
「ああ、持ったよ」
「非常時用の薬は持った?」
「大丈夫、この一か月、道具作成でキュアとポーションと異常薬たくさん作ったからしばらくはいけるよ」
「そうか」
「リュウ君。道中気をつけてね。どこから魔物が現れるかわからないのだし」
「わかってるよ」
「今のお前なら大丈夫だ。魔物のほうが逃げると思うぞ」
兄さんは言って俺の肩を叩いた。
俺は兄さんのその言葉に苦笑を浮かべたが否定はしなかった。
「リュウ君、これを途中で食べなさい。王都の途中にあるカリガまでは距離があるから持って行って」
母さんは言うと手にしていたバスケットを渡してくれた。
「ありがとう助かるよ」
俺はそれを受け取り道具収納にしまう。
「何かあれば遠慮なくそれ使って俺に言ってくれよ。移動呪文があるから戻るには時間かからないし」
俺は父さんが持っているブレスレット型の魔道具を指した。
この魔道具は村を出る時用に二年ほど前から魔術付与と魔道具制作で作っていたもので一か月ほど前に完成したものだ。
ちなみに俺オリジナル魔道具だ。
「ああ、ありがとうな」
「エルナによろしくね。リュウ君の成人の儀が見られなくて残念がっていたから、ちゃんと顔を出すのよ?」
「わかってるよ」
「それからリュウ君。わかっていると思うけどその手首のソレは誰にも見せてはだめよ」
俺は無意識に布で巻いた手首を掴む。
俺は頷いた。
「結局、母さんはコレのことを何も教えてはくれなかったな」
母さんは軽く顔をゆがめ首を振った。
「知ると災いしか来ないわ。私もそれのせいでいろいろ失ったもの。運命というものがあるのならいずれわかる時が、知る時が来るけど、それだけが心配だわ」
「姉さんは持ってないものな。コレ」
「ええ、持ってなかったのは救いだったわ。エルナにとってもね。リュウ君が継いでしまったのはショックでしかなかったけど、きっとあなたなら大丈夫よ」
俺は母さんを軽く抱きしめた。
「大丈夫、いつも気を付けているよ」
安心させるように母さんから離れ笑った。
俺は皆を見まわして、覚悟を決めて父と母と兄を見つめて言った。
「じゃあ、行ってきます」
俺は手を振り、村を後にした。
しばらくその場で見送っていた母が一言呟いた。
「あの子に何も言わなかったのはいけなかったかしら」
「大丈夫、あいつは強い子だ。芯の強い子に育ってくれた。心配はいらないさ。伝説の覇王様なのだから」
「そうね…」
兄と母は父のその言葉に大きく頷いた。
世界中に愛され知らぬ者などいない昔語りの英雄譚として各地で語り継がれている覇王の偉業。
伝説として千年前にあった事実として今も絶大な人気を誇る覇王伝説。
それはリュウの前世の偉業でもあった。
村を出て王都までは結構距離がある。移動手段は途中の町のカリガまでは徒歩でしかない。
カリガまでは徒歩で半日ほどかかる距離だ。
俺の持っている空間移動呪文の一つ『テレポ』は行ったことのある場所と人物しかできないため使えない。だがカリガから先は有料だが馬車がある。カリガは結構大きな町らしい。ギルドもあるとのことなのでギルド登録はそこになるだろう。試験もあるらしいが大したことはないという父の話だ。
俺の場合は手加減する必要があるが。
腰に下げた愛刀修羅は十歳の時には長かった刀身も今ではすっかりなじみ深い大きさになった。
転生前の体よりも身長がある分、どうやら今の体格のほうがしっくりとなじんでいる感覚だ。
この辺りはまだ魔物は少ないほうだな。だが盗賊がでても不思議ではないか
冒険者でも生活できない人間はいる。そんな奴らは冒険者ではなく盗賊に身を落とす。
辺境になればなるほど盗賊率と共に魔物率も上がる傾向がある。
盗賊はであったら身を守るためにも殺害の許可が出ているので出会えば遠慮は無用だったが手加減はするべきだろうなと考えている。
それほど今の自分は腕を上げているのだ。
最近は常日頃手加減することが多かったためだろう、スキル《手加減》がいつの間にか習得していた。
カリガまであと1時間ほどで着くというところで少し遠くから悲鳴が聞こえてきた。
悲鳴の聞こえた方角へ風魔法の遠見呪文『シーラ』を使った。
目の前に透明は鏡のようなものが現れそれを覗くと遠くを知ることができる呪文だ。
俺は『シーラ』を覗くと倒された豪華そうな馬車と馬車に下敷きになっている馬二頭と女性一人、護衛者と思われる身なりの良い戦士が2・3人いた。いわゆる騎士というやつだ。
相対するように身なりが少し粗末な男たち数人がそれを取り囲むように武器を構えていた。
俺との距離もそう遠くない。軽く走れば間に合う距離だが状況が知りたいと思った。
彼らで身を守れるならそれに越したことはないとおもったのだ。
盗賊か。しかしずいぶんと豪華な馬車だな。身なりもよさそうだ。王都の貴族というやつか?
しばらく様子を見ていると多勢に無勢というやつで盗賊たちのほうが優勢だった。
「荷物をよこせって言ってんだろうが!」
賊がいら立つように声を荒げた。優位を確信している。
盗賊どもは基本皆殺しして荷物を奪う。時間の問題だった。
見ないふりはできないな。全滅だと後味悪いし
即断だった。
足に強化呪文をかけ走る。走りつつ慣れた動作で修羅を引き抜くと現場はすぐだった。
気合一刀有無をいわず一番近い賊3人をまとめて薙ぎ払うと賊どもは虚を突かれ吹き飛ばされその衝撃でこと切れる。
流れるような足取りと刀捌きで魔法を使わずあっという間にリュウは残りの盗賊を全滅させた。
初めて人を殺してしまったな。だがなぜかこの感覚も懐かしい気がする。前世の記憶か
気を取り直し、周囲が落ち着くと血糊を吹き飛ばし鞘に納め一息ついた。
「大丈夫か?」
虚を突かれたのは彼らも同じだったようでリュウの乱入に驚いていたようだった。
慌てて護衛者の一人が反応する。
「助かったよ君は?」
「俺はリュウ。カリガまで行く途中で悲鳴が聞こえたんでおそらく賊だろうなと」
「ありがとう。命の恩人だわ」
女性が笑みを浮かべたが俺はそれには冷ややかだった。その女性は腰まであるくせ毛が特徴的な金髪と蒼い目を持った小柄な女性だったが小柄なわりに女性としては魅力的に見えた。
「君、責任者だろ」
「え、ええ」
「こんな辺境の悪路でこんな豪華な馬車に乗って護衛が3人というのは少なすぎる。盗賊に襲われてくれといっているようなものだ。うかつすぎるな」
「あ…」
女性ははっと気が付いたようだった。
「そっち持ってくれ、馬車を直すから。君は馬を逃げないように確保しなよ」
「ええ、ごめんなさい。ありがとう」
護衛者たちと倒れた馬車を直す。
「馬がこれではひけないな」
護衛者のひとりがごちる。
見ると二頭とも足にケガをしているようだった。立ち上がれそうにない。
俺はこのメンツでは回復呪文はできないのだろうなと判断した。
「人にケガはないのか?」
「みんなかすり傷だが馬がダメだろうな」
「仕方ないな」
俺はそう呟いて跪き、二頭の馬に回復呪文『ヒール』かける。
見る見るうちに馬は元気になった。
「もう大丈夫だな」
汚れた膝の汚れをはたいて立ち去ろうと踵を返しカリガの町に向かいかけると声が掛かる。
「待ってお礼をさせて」
俺は振り返ると丁重に断った。
「いらない。気にするな」
「カリガまで行くんでしょう。そこまで送るわ。それくらいさせてほしい」
これは諦めそうにないな
俺は気が付かれないように軽く一息入れた。
「わかった。カリガまで乗せてもらおう」
「ありがとう」
女性は笑みを浮かべた。
俺は座り心地の良い馬車の中で女性に聞いた。
「君は魔術師か?」
「クリスよ。魔術師だけれど、まだ駆け出しで師匠の元から一度自宅に帰る途中だったの」
「そうか」
「貴方は回復が使えるようだから聖騎士?」
「…いや。魔術師だ」
「え、うそ。随分と武器捌きがすごいじゃない」
「こんな辺境では魔術だけではすぐにやられる。身を守る術くらいもってないと」
「でも回復が使える魔術師なんて聞いたことないわよ?」
「……」
「リュウ君。君はひょっとして覇王の末裔かい?」
「なぜ?」
そばにいた護衛者の責任者らしき男が聞いてきた。
「聞いたことがあるんだよ。覇王の末裔にはまれに回復呪文を先天的に持っている人がいると」
「そうですか。確かに俺は覇王の末裔ですが俺みたいなのはどこにでもいますよ。覇王の末裔は星の数というしな」
「はは、まあそうだけど君はかなり優秀な部類にはいるよ。回復呪文は貴重な人材だからね」
「そうなのか?」
クリスは頷いた。
「回復呪文は神の御業の一つといわれるほど使い手を選ぶわ。知らないの?」
「はは、今日辺境の村を出たばっかりだから世間は疎いさ」
「じゃあ、カリガで冒険者に?」
「そのつもりだ。冒険者のほうが性に合ってるしな」
「じゃあさ、これから冒険者になるよりいまから私の専属の護衛者になってよ」
「はあ?」
突然のことにさすがに俺は驚いた。
「ね?いいでしょ。決まり!」
「おい。人の話きいてるのか?俺は冒険者のほうが性にあってるといっただろうが」
ぎゃあぎゃあと馬車は騒がしく揺れカリガへと向かうのだった。
カリガの町に到着して検問のどさくさに紛れて俺はクリス達から離れることに成功した。
結構大きな町だな。これなら見つからずに済むか
ほっと一息ついてまずは手ごろな宿をとった。
日も暮れているのでギルドには明日にして休むことにした。