魚も人も、肉の中に骨がある。それを繋がったまま手で抜いてみる
ワカサギ釣りのあの格好で釣りをしていたのは、確からしい。あんな小さな魚をどんどん釣り上げてバケツ一杯の釣果をもって家路を急ぐ。けっこうな目方で、交互に運んで掌を持ち替えていたら、寒さより空腹が先に意識だってきて、はやる気持ちを押さえることができない。
家は、小屋に扉を切り出して住処にしてる小さな箱なので、待つ人の居るはずはなく、何をするにも火をおこすより始めねばならない。毎日のこととはいえ、ひとりを感じる。
ワカサギ釣りのあの格好で釣りをしていたのは、確からしい。あんな小さな魚をどんどん釣り上げてバケツ一杯の釣果をもって家路を急ぐ。けっこうな目方で、交互に運んで掌を持ち替えていたら、寒さより空腹が先に意識だってきて、はやる気持ちを押さえることができない。
家は、小屋に扉を切り出して住処にしてる小さな箱なので、待つ人の居るはずはなく、何をするにも火をおこすより始めねばならない。毎日のこととはいえ、ひとりを感じる。それでも今は空腹が何よりも勝っているので助かった。釣果をシンクにぶちまけ拡げたら、一番はじめに釣り上げたヤツまでピカピカツヤツヤの鮮度を保っていて、「獲りたて」とか「己れ自ら」があたまに食っつき、満足を与えてくれる。あんなに長くじっと地味な釣りが辛抱できるのだから、下ごしらえの作業を厭う性格ではない。ルンルンを唄いながらいつもの手短かの刃物を使い、さばいていく。さっきまでのブルーのバケツをボウル代わりに横に置いて、時計を逆戻しする要領で、たったいまぶちまけたものを順々に捌いては入れ込み捌いては入れ込み、積み上げていく寸法だ。
それが、そうはならない、そうはいかない。そろそろかと思って、中を覗くと、バケツの青い底はまだ見える。
気持ち的には、手を突っ込めば、骨を剥がされ切れ切れの「お肉」となったワカサギが、いつでも団子でもパテにでも変身できる態度になっているはずなのに、距離が離れ過ぎている。
「あー骨が、この細かくて薄ら長いだけの骨が」
ジャマ、やっかい、もうタクサンのぼやきが鎌首をもたげそうになったので、慌ててふさぎ、首を切る。そこまで言ったら、ゲジゲジ、ハムシ、エビといった虫を、骨のない節足様を食う類まで追いやられてしまいそう。
もうすでに刃物を通じてワカサギは造りは指が覚えているのだから、左右3本づつ使って骨を削ぎ落とすことにする。スッスッ、スッの音が聞こえるように骨は抜けていく。尾っぽの先を除けば、一匹まるごと繋がって抜けていく。「小さくたって、置き去りにされた骨などないもん。みんな繋がってるもん」と、あたりまえの理まで教えられ、セッセ、セッセと作業は進んでいく。
ただひとつ気がかりなのは、抜けたあとの骨が、肉に押し込められ、中に入ってたときよりガゼン間延びしてるのだ。較べてみればそうも見えなくはないな、といった程度の度を超えている。抜けたあたまの、魚の三角のあたまの「高さ」と同じ分量だけ伸びている。
バケツ一杯に戻るまでは、それに気づかないふりをしていたが、終わる頃までに答えは降りてきた。
己れのような死骸が横たわり、燃やされ骨になるのを待っている。結構かかるんだろうな、あれだけの目方だったものと、冗談とも本音ともとれる戯言を、だいたいの声として誰かが吐いた。すると、器用な親戚がひとり、すすっと近づき、喪服のまま両腕をまくって準備にかかると、すぐに、いとも簡単に、骨をそのまま抜いた。むろん頭骨は骨もろとも身体と繋がっている。
これでひと手間減ったなぁーのにこやかさと感謝が周囲に拡がった。どれどれと、中腰になりながら、血の濃い順に骨箱に納め始める。箱に入れるのでそのままというわけにはいかない、バラバラだ。せっかく綺麗に揃ったままなのにと、その骨をおってくれた青年に気の毒そうな顔を向けて、私の死骸の背骨を折る。二つ折りは無理なので三つ折になった。それから順々に入っていく。両脚、両腕、腰骨、肋骨、鎖骨、肩甲骨が縦横を意識して納めれれていく。
一番大きな箱をあつらえたのに、全部が納まらない。抜いて頭ひとつ伸びてしまったので、頭骨の分だけはみ出してしまった。詰め直せばどうにかなるかもしれないが、皆んなで順々にこうして入れたものを取り出すのはヤボだと、頭骨はそのまま箱の上に置いてそのまま執り行うことになった。こういうことには慣れている年寄りが、正面を探そうと眼窩の奥とにらめっこして、微調整を繰り返し、どうにかこうにか格好が収まった。これじゃあのまま燃やして骨にしたほうが楽だったと、皆んなのだいたいを誰か言いそうな雰囲気が起こったが、参列者は皆んな大人なので、それを口にするものはいない。けれども、皆んなが皆んなそう思ってるから、気を利かして骨を抜き出したひとは、そのあとのお斎で一言も発せなかった。さっきまで正面が決まらないことにしびれを切らしていた私は、このとき本当にこの人に済まない気持ちで一杯になった。
一番大きな箱をあつらえたのに、全部が納まらない。抜いて頭ひとつ伸びてしまったので、頭骨の分だけはみ出してしまった。詰め直せばどうにかなるかもしれないが、皆んなで順々にこうして入れたものを取り出すのはヤボだと、頭骨はそのまま箱の上に置いてそのまま執り行うことになった。こういうことには慣れている年寄りが、正面を探そうと眼窩の奥とにらめっこして、微調整を繰り返し、どうにかこうにか格好が収まった。これじゃあのまま燃やして骨にしたほうが楽だったと、皆んなのだいたいを誰か言いそうな雰囲気が起こったが、参列者は皆んな大人なので、それを口にするものはいない。けれども、皆んなが皆んなそう思ってるから、気を利かして骨を抜き出したひとは、そのあとのお斎で一言も発せなかった。さっきまで正面が決まらないことにしびれを切らしていた私は、このとき本当にこの人に済まない気持ちで一杯になった。




