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悪役令嬢は泣かされました01

【あらすじ】悪役令嬢『真紅の苛烈姫』は過激で毒舌、安全安心な修道院エンドのために王子を罵倒、騎士団も罵倒、公爵令嬢とその取り巻きも罵倒、さらにヒロインは…子猫ちゃん?

 思えば長いようで短い道のりだった。ボーンフィールド王国の第一王子であるイーサンの婚約者となって六年。

 乙女ゲームのヒーローとしては今一つのキャラで、顔は整っているもののチャラいだけの王子様だった。実際、選択によっては第二王子ディランが王太子となってしまう。そちらは真面目を絵に描いたように好青年。

 同じ黒髪に黒瞳なのに対照的な兄弟だった。

 ゲームではどこか頼りないキャラだったが、この世界でのイーサンは立派な王太子となっている。

 成績も優秀、魔力の扱いも完璧、見た目もまったくチャラくない。とても凛々しい。

 誰からも尊敬される王子様となり、何故か私の目の前で跪いた。

 ここは学園のダンスホール、卒業パーティの真っただ中。断罪イベントが起きるとは思っていなかったが、それでも多少の警戒はしていた。

 そんな中、イーサンが私の手を取り…。

 いや、待って、何故?

 混乱する私の目の前でイーサンは優雅に微笑み。

「改めて申し込もう。ジェシカ、我が妃となり私を、そしてこの国を支えてほしい」

 その言葉を私が理解するよりも早く、成り行きを見守っていた周囲からどっと歓声があがった。


 この世界が乙女ゲームの世界と酷似していると気が付いたのはいつの頃だろう。

 六歳の時に超絶美少年のジョシュアが家に引き取られた時か、王宮のお茶会でイーサンと初めて会った時か…、時々、記憶が混乱することがあり、幼少の頃は私自身も病弱で妄想癖のある娘だと勘違いしていた。

 そして十歳。前世の記憶がほとんど戻り現実と分けて考えられるようになったので、記憶と事柄を整理している時に気づいた。

 アルヴァレズ伯爵家の長女ジェシカって悪役令嬢ポジションだ…。

 イーサンの婚約者となり、ジョシュアが止めるのも振り切ってヒロインのデイジーをいじめまくる。

 ゲームのエンディングではお決まりの断罪があり、修道院エンド。

 良かった、死亡フラグはない。

 魔物と戦うのはヒロインと攻略対象達で私は安全な場所からヒロインをののしるだけ。国防も討伐もヒロインが中心となり、私は救援物資を横領したり他国に情報を流したり魔物と戦う兵達の食事に嫌がらせとヒロインへの冤罪のために毒を混ぜたり。

 うん…、よく修道院行きで済んだな、これ、国外追放や処刑でもおかしくない。

 修道院に行くことは嫌ではない。この国は魔法のおかげでかなり近代的な生活を送れている。慰問のために修道院に何度か行ったことがあるが、水洗トイレにお風呂もある。魔力を貯めた石で着火するし、水道もある。洗濯も水をはった桶に放り込んでざっくり洗剤洗いした後は、浄化魔法で殺菌して乾燥魔法で乾かす。

 井戸水を汲んで、寒い中、冷たい水で手洗いなんてよほどの田舎でもしていない。

 幸い魔力はそれなりにあり生活魔法なら苦も無く使える。普通に生活をする分には困らない。

 婚約破棄された娘に良縁など望めない。ワケあり物件に嫁ぐくらいなら修道院のほうが快適に過ごせる。

 もちろん恋愛結婚には憧れている。前世では結婚する前に病死しているため、恋愛はゲームの中だけで経験が圧倒的に不足している。

 だからこそ不幸な結婚など絶対にしたくなかった。

 政略結婚なんか百害あって一利なし。

 前世の記憶もあり独身でいることに抵抗はない。むしろ修道院エンドは天国だ。貴族令嬢としての礼儀作法はそこまで求められないし、窮屈で重いドレスも着なくていい。食事は質素になるが、それだって工夫次第でなんとでもなる。

 娯楽は少ないけど刺繍や裁縫は嫌いではない。思った以上に器用で、ジェシカが持つ基本スペックは悪くない。

 金色の髪に青い瞳で勝気そうな美人。真っ赤なドレスが似合う顔だ。

 どう見ても悪役顔で、そこは諦めた。

 あとは破滅フラグの回避だけど、別に回避しなくてもいい気がする。


 王子様との婚約は立場上、断れなかった。うち、伯爵家だから格下すぎると思うのだが、政治的なあれこれがあるらしい。

 婚約が決まるとジョシュアが心配そうに聞いてきた。

「姉様、お嫁にいっちゃうの?いなくなっちゃうの?」

 ジョシュアは遠縁の息子で我が家に男子が生まれなかったため養子となった子だ。十二歳となった私とは一歳違い。可愛がってきたせいか、少々、あまえたさんだ。

 ゲームではジョシュアを引き取った三年後に弟が生まれ、それによりジョシュアの扱いが微妙になる。ジェシカも張り切っていじめていたが、もちろん私はそんなことしない。弟は二人とも可愛い天使だ。

 跡継ぎ問題に口出すことはないが、母には無邪気を装って告げてある。

『ジョシュアが来てくれたから、ジェイクも来てくれたと思うの。ジョシュアは我が家に幸運を運ぶ天使ね』

 跡取り息子を産め。というプレッシャーは相当なもので、中でも母方の祖母は相当、きつかった。

 ちなみにジェシカはこのおばあ様の若い頃にそっくりで、性格の悪さも引き継いでいる。気が強く頑固、そして自分の否を認めない。謝ったら負けだと本能レベルで思っている。謝れば良いと思っていても、ぎりぎり限界まで謝罪したくない。

 前世の記憶のおかげでなんとか自制できているが、なければどうなっていたことやら。カッとなった瞬間にメイドに八つ当たりし、弟で憂さ晴らしし、両親にだって歯向かっていたかも。

 ゲームで見た悪役令嬢そのものの姿で。

 それは年を重ねたおばあ様とも重なった。とにかく、キツイ女性で言い出したら相手が同意するまで諦めない。最悪なことに適当に同意しても『納得していないわね』と食いついてくる。

 そっくりな私から見てもピラニアみたいな女性だ。

 前世の知識によると、精神的な問題でも妊娠が難しくなる。経験はないけど、なんとなく想像はつく。お母様はおばあ様の圧力のせいでなかなか妊娠しなかったのだろう。一旦、諦めてジョシュアを養子にしたことでほんの少しプレッシャーから解放された。

 ちなみに私が生まれたのは結婚五年目で、お母様が嫁いだ年齢は十六歳。むしろすぐに出産しなくて良かった。そんな若さで出産するほうが怖い。

 なんとか第一子が誕生したが女の子。次は『絶対に男を』とおばあ様の圧力再び。ちなみにおじい様は空気で、お父様方の祖父母は常識ある人達だった。

 おばあ様だけが異質な存在で『貴族』というものに囚われていた。

 一人だけ『実子を』『男子を』と文句を言っていたが、伯爵家当主としてお父様が会う機会を減らしてくれた。

 おばあ様の厭味攻撃については私がお父様に何度も密告した。顔を合わせた時にチクリ…程度ではない、あれではお母様が病気になってしまう、可哀相だ…と。

 最初のうちは半信半疑だったが、家の者にこっそり盗み聞きをさせ居合わせた者達の話を聞き、その異常性に出入り禁止としてくれた。

 貴族はいきなり家を訪ねたりしない。先に手紙のやり取りや先ぶれを出す。おばあ様からの『行くわよ』という知らせに対してお父様の名前で『その日は都合が悪い』と返事を出せば無理に訪問できない。

 主人の言葉は絶対で、家人も徹底しておばあ様を排除してくれた。

 結果、ゲームでは陰気でひきこもり気味のお母様が、清楚で穏やかな美しいお母様となった。

 跡取りも今のところジョシュアのまま。本人は遠慮しているが、攻略対象の一人になる程度には優秀なので家督を継いでも問題はない。ジェイクが継いだとしても良好な関係ならば争いにはならない。

 それよりも問題は私のほうで、修道院に行くのならば早めに準備をしておきたい。

 婚約者についても面倒なことになる前にバッサリいっておくか。


 イーサン王子殿下の婚約者となり王妃教育が始まった。行きたくはないが王宮に通わなくてはいけない。ここでも魔法が大活躍で、我が家に王宮への転移門が設置された。

 これ、宰相とか騎士団長とか大臣等の重鎮しか許されていないものだ。

 私専用の転移門で、他の人間は使えない。メイドは連れていけないため、一人で王宮へ出向き学習を終えたら一人で帰る。

 最初の頃はメイドと護衛が手配されていたが、通い始めて一年で単独行動をもぎとった。

 メイドがいなくても自分の事は自分でできる。

 護衛がいなくても自分の身は守れる。

 それを証明してみせた。


「行動を許された範囲内の地図は覚えております。迷子になどなりません。お茶やお菓子は持参しておりますのでいちいちメイドを呼ぶ必要もございません。また防御魔法を常に展開しているので、暴漢が現れたとしても一人で対処できます」

 にっこりとほほ笑みながら余計な一言を付け加える。

「イーサン様とは違いますわ」

 イーサンはカッと頬を赤くして勢いよく椅子から立ち上がった。

「暴漢が複数で襲ってきた場合はどうする気だっ?そんな細腕で…」

「私の防御魔法は反撃のためのものではございません。逃げるためのものですから、当然、第一撃を受けた後は逃げますわ。戦うわけがございませんでしょう?」

 やれやれ…とドレスと同じ真っ赤な扇を広げて口元を隠す。『だから貴方は駄目なのよ』とギリギリ聞こえる声で呟く。

「なっ、どっ、どこが……」

「あら、聞こえてしまいました?申し訳ございません。私のように口の悪い女とは婚約を破棄してくださってかまいませんのよ?」

「そんなことはどうでもいいっ。説明しろ、私のどこが駄目だというのだ?」

 いや、婚約破棄は大切なことじゃない、破棄されるのならば早い方がいいのに。と、思いながら容赦なくダメ出しをしていく。

 王子なのに王宮内で迷子になる。従者がいなければ一人で歩けない。家庭教師の授業をさぼる。美人メイドの後をふらふらとついていってしまう、そしてまた迷子になる。

「最も駄目なところは飽きっぽく堪え性がないことでしょうか。私よりもイーサン殿下のほうがよほど心配ですわ。剣技は二つ年下のディラン殿下よりも劣り、魔法技術は私よりも劣っているのですもの」

 才能はある。努力せずともそれなりの成績で要領が良い。その器用さがアダとなり一回やって覚えるとそこで終わってしまう。出来たからといって身についたわけでもないのに、出来た気になっている。

 ディランは不器用で何倍も努力して覚えている。特に剣術の練度は大人顔負けだ。考えるよりも早く体が動くように訓練されている。

 逆にイーサンは出来た気になっているだけで、努力がまったく少しもカケラも足りていない。

 他人にとやかく言うのだ。私はもちろん恥じいることのないよう最大限の努力している。普通の貴族令嬢のままでいられるのならばそこそこで良かったが、婚約者となってからは真面目に頑張っている。王太子妃になりたいためではなく、家庭教師達の目をごまかせないからである。

 自分の否を認めたくない性格ゆえに、努力するしかなかった。王太子妃にならないのだから努力なんて必要ない。と言いたいが、それ以上に、他人にできない事を注意されたくなかった。

 究極の負けず嫌いである。

「イーサン殿下は天才ですから私達凡人のような努力は必要ないのでしょうが、結果、凡人以下では…、口先だけのペテン師ですわ。できるできる詐欺?やれば凄い、的な?やり遂げてから言ってほしいものですわ。最も本当に凄い方は自慢などいたしませんが」

 イーサンは涙目でぶるぶる震えていた。

「まぁ、お泣きになるの?泣いてしまうのですか?嫌だわ、私がいじめたみたい」

 実際、いじめているが、婚約破棄のためだ、イーサンにはこの後、もっと可愛くて素敵なヒロインが現れるから。

「失礼させていただきますわ。婚約破棄は早めにお願いいたしますわね。私にも次の準備がございますから」

 イーサンとの『二人の仲を親密にするためのお茶会』はこうして最悪なものとなった。

 私の手により。

 可哀相だけど許して、ごめんなさい、決して嬉々としてやっているわけではないの。と、言いたいところだがおばあ様の気質のせいか、ちょっと楽しかった。

 ジェシカ、恐ろしい子…。

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