悪辣殿下は嵐を呼びました02
パトリシアを私の護衛騎士達と引き合わせ、護衛チームが再編成された。幸い私の護衛チームの責任者はパトリシアの能力について高く評価している。
「体術が特に素晴らしい。あのような技をどこで習得されたのやら」
あのような…というのは、パトリシアが使う『受け流し』の技だ。相手の力を利用して投げ飛ばす。真っすぐ突っ込んできた相手の懐に入り、ひょいっと投げた時は驚いた。
相手の体格はパトリシアの二倍はある。
「隊長、体術もですが魔法も素晴らしいものです。今までも探索や隠密の魔法はありましたが、パトリシア嬢の魔法はレベルが違う」
パトリシアは探索魔法で潜んでいる者の装備まで特定できる。騎士の剣、魔法使いのローブ、そして隠密スキルを持った者はパトリシア曰く『忍者』みたいな装備らしい。
単なるならず者ならばその場で捕まえるが、隠密スキルを持った者はあえて逃がすこともある。裏で指示している者を探りたいからな。
「私は頭脳プレーというものができませんので、有事の際には殿下をお守りすることだけに集中します」
「それでよろしいかと。殿下の身を案じつつ曲者を倒すのは難しいですが、殿下の安全が確保されているのならば我々も動きやすい」
パトリシアはあらゆる魔法を使いこなす。防御、逃走系の魔法も習得済だ。これは私も教えてもらった。
我が兄上とも情報の共有をしている。プレストはパトリシア監修のもと、パトリシア並の戦力となるよう鍛えられていた。
世の中には兄弟を争わせようとする者もいる。
外部からの横槍、内部からのゆさぶり。そういった全ての煩わしい出来事をパトリシアが粉砕してくれる。
パトリシアが護衛として側にいることに異を唱える者もいたが、そういった相手は特に容赦なく潰した。
「私のパトリシアがどれほど強いか、見せてほしい」
そう囁けば、輝かんばかりの笑みで頷き、相手を秒の速さで倒してくる。
「パトリシアは本当に強いね。私も誇らしいよ」
褒めることでパトリシアはますます強くなり、そして…、私の元に嫁いできた今は天候まで操れるほどの魔法使いとなっていた。
「いえ、私が操っているわけでは…」
「パティの魔力だよ。私はほんの少しきっかけを与えているだけ」
膨大な魔力を保有するパトリシアが初めて魔力暴走を起こした時は軽く絶望したが…。
性的な意味で私に口説かれると暴走すると言われ、新婚生活はどうなるのだと目の前が真っ暗になったが、さすが、私。解決策をすぐに思いついた。
魔力を暴走させても良い場所ですればいいのだ。
この国は海に面した王都以外は雨量の少ない気候だ。魔法師を何十人も送りこむより、パトリシアと視察旅行に行ったほうが経費も安くすむ。
当初、仕事を奪われるとカリカリしていた魔法師団も、辛い遠征の回数が減った事実に気づいてからは文句を言わなくなった。
村の畑がすべて潤うだけの雨量を魔法で作り出すことは難しい。十人単位で魔法師が赴き、水魔法で地道に水をまく。飲み水も作り、健康状態も診てやらなければいけない。
場合によっては一カ月、二ヵ月と何もない村に滞在する。十人単位で泊まれる宿がなければ、テント生活となる。
数十人で数カ月のテント生活なんて、想像しただけでも気が滅入る。
その点、私達は身軽だ。護衛の騎士は表に二人、裏に四人。表向きは四人だけで行動している。
パトリシアは貴族令嬢としての装いを必要としていないため、馬車で行く必要もない。
そしてパトリシアさえ居てくれれば雨は降る。
水魔法と異なり、パトリシアは空に雨雲を作り出す。
詳しい原理は解明されていないが、パトリシアの魔力暴走により大気が渦を巻き気流が起きる。気流により暖められた空気と上空の冷えた空気がぶつかり、さらに大きな渦となり…大きな渦となった大気が雨雲を作り出す。パトリシアの気が乱れるほど、大気も大きく変化する。
やりすぎると嵐になる。
鳴りやまない雷の音と窓ガラスが割れるのではないかと心配になるほどの豪雨。
さすがに反省をした。
泣かせ過ぎてはいけない。羞恥で顔が真っ赤になる程度は私としてはすこし物足りないが、それも可愛らしいのでおおむね満足している。
「さて、今回の作戦を確認しておこうか」
現在、私達は王家所有の馬車で移動していた。隣国に『是非、メイナード殿下に来ていただきたい』と招待を受けたのだ。理由は天候。
隣国も雨量が少なく、今年の夏はかなりのダメージを受けているとか。秋となる今も雨量は少ないまま。放っておけば冬に大量の餓死者が出る。
国交は正常、かつ友好国なため今回は特別に出向くことになった。
というのが表向きの理由。
「我が国の魔法師六名が誘拐されたとの情報がある」
隣国からの要請を受けて派遣したところ、三カ月で一旦、戻るはずが帰ってきていない。
先方は『帰った』と言っているし、窓口に立った国交省の役人も嘘をついてもいない。そこは魔法具で確認している。
「つまり、国のあずかり知らぬところで拉致された…と」
「その通り。帰ってこないメンバーの中には私達の学友だった少女もいる」
ハニーブロンドと潤んだエメラルドの瞳を持つ美少女。私のパトリシアに懸想していた子で、パトリシアも可愛がっていた。はっきり言って面白くはないが、女友達にまで嫉妬はできない。
「あの子が?何故…」
「治癒師としてはすでに国内トップクラスの実力を持つ。隣国で困っている人がいるのならば…と志願したようだ」
さすがヒロイン…と呟いた。意味がわからないが、重要な事ではないだろう。
「メイ様が動くということは拉致した犯人にも心当たりがあるということですね?」
頷く。
「隣国の第二王子ヴァージルが黒幕だ」
魔法師団六人の中には攻撃魔法を得意とする者もいた。一般市民が襲うには手強い相手だ。おそらく国に還る途中、ヴァージルから急な招待を受け屋敷に立ち寄ったまま拉致されたのだろう。
「第二王子からの招待では断れないからな。あらかじめ魔法師を封じる手立て講じておけば誘い込むだけでよい」
「何故、第二王子がそのようなことを?」
「兄弟仲が悪いと聞く。第一王子は思慮深く穏やかな方だが、第二王子は武闘派だ」
話し合いでの解決を望む第一王子と異なり、第二王子は力でねじ伏せる。
「そう、ですか…。貴族の家でも兄弟仲が悪いところはありますが、それが王族では笑えませんね」
「我が国でもなんとか兄上と私を争わせようとしている者がいるけどね。パティは私に王になってほしい?」
驚いた顔をして首をぶんぶんと横に振った。
「まさかっ。そんなことになったら、私、王妃じゃないですか。無理です。務まりません。アリーヤ姫のほうがふさわしいです」
アリーヤ姫とは最近になって決まった兄上の婚約者で他国の姫だ。兄上は見目も麗しく、初見で女性に嫌われることはない。アリーヤ姫は黒髪の理知的美人で、型破りなパトリシアに比べて確かに王妃らしい佇まいだ。
「あの…、メイ様は王になりたいのですか?」
「まさか。兄上は立派な方で、私は今の生活を気に入っている。国王などになれば政務も公務も責任も増える。そんなことよりパティと旅をしているほうが楽しい」
兄上の人間性が最低なものならば病死でもしてもらうが…、まぁ、これは私自身にも言えることで、私が王子として最低な人間だった場合、良くて廃嫡、最悪、消される。
当たり前だ。最高権力を持った暴君など、誰も喜ばない。
王族たる者、少々の黒さも必要だが、ものには限度というものがある。今、私の黒い部分はパトリシアにすべて向かっている。どうやって困らせ…可愛がろうかと考えていると、楽しくて仕方ない。
「ヴァージルに話を戻すが、これは隣国の上層部も承知している」
拉致された魔法師を見つけることが最大の目的だが、ついでにヴァージルを廃嫡させるだけの証拠を掴めれば隣国も大喜び、我が国も安泰となる。
武力を重んじる者が王になれば、隣国にも火の粉が飛んでくる。
「わかりました。つまり、ヴァージル殿下が黒幕だとわかれば、容赦なく、ぶっ飛ばしていいってことですね」
「殺しては駄目だよ?」
「殺しませんよ~。私、生き物を殺すのは苦手なのです」
圧倒的強さを誇るパトリシアだが、確かに…、戦う相手を戦闘不能にはするが、大きな怪我や後遺症は残さないよう加減している。
ハチ一匹ですら殺さず逃がす優しい子でもあるのだ。
「メイ様を守るためならば…、その覚悟はしていますが、できれば殺したくはないです」
「そうだね。私も誰も殺したくはない」
しかしこの数日後、生まれて初めて強い殺意を抱くこととなった。




