悪辣殿下は嵐を呼びました01
女の子は白くて柔らかくてふわふわしているもの。そして…、小さな虫を怖がり、些細なことで大袈裟に騒ぎ、優しくエスコートしないと拗ねる面倒な生き物。くだらない話を聞いているふりして、得意げになっている姿にうんざりしながら、褒める。
とりあえず褒める。
子供でも『女』だ。王子を奪い合って取っ組み合いの喧嘩をするほど元気なのに、次の瞬間には弱いふりをしたり、めそめそと泣き出したり。
気を引くために、他人を蹴落とすために、なんでもやる怪物。
すこし成長してからは『家』がさせていたことだとわかったが、今度はそんな指示に従う打算的な女にうんざりしていた。
「はは、メイナード殿下は既に達観しておられますね」
チェンター公爵家二男であるプレストが私の愚痴にカラカラと笑った。
チェンター公爵家は武勇に優れた家柄で、長男であるフィランドは王太子である兄セオドアに護衛兼学友としてついていた。二男プレストは私の護衛となる予定だ。
「可愛らしくも儚い女性を怪物などと…」
言いかけて、そういえば…と口にする。
「うちにもいました、とんでもない怪物が」
「そういえばプレストには妹がいたね。ほとんど噂を聞かないが、どんな子なの?王宮のお茶会にも来てないよね」
プレストが苦笑しながら言葉を濁す。
「その、うちの妹は真実、怪物でして」
「確か私よりも年下だろう。なのにもう男を手玉に取るほどの悪女なのか?」
フィランドとプレストから察するに、きれいな子なのだろう。そして公爵家。お金をかければ女性と言うものは美しくなるらしい。美しい女性にかしずく男は多い。
私も美しく可愛らしい女性は好きだが、中身がアレでは興味を持てない。
「手玉に…、えぇ、それはもう軽々と手玉に取っていますね。オレも何度、転がされたことか」
「へぇ、実の兄にそこまで言われるとはね。では、私がどれほどのものか判断してあげよう」
軽い気持ちでセッティングを頼んだ。
どうせ他の令嬢と同じだ。公爵家の財で贅の限りを尽くしたドレスと宝石を身に着けて現れるのだろう。
どれほど美しいと言っても惑わされない自信がある。
顔合わせの日を決めると、何故かプレストは立ち合いを拒否した。
「巻き込まれて怪我をしたくない…、いや、殿下にお怪我はさせませんが、オレのほうは命の危険があるので」
意味はわからないが、十歳になったばかりの令嬢とお茶をするのに大人数で待ち構えている必要はない。
プレストの『妹は広々とした庭園が好きで』という助言に従い、庭園にお茶の席を用意して待っていた。
プレストと同じ赤毛に赤味がかった瞳。気の強そうな猫目の『少年』がパトリシアと名乗った。
意味がわからない。
優雅な微笑みを浮かべていたと思うが、頭の中ではあらゆる事を想定していた。実は弟だとか、親戚だとか、身代わりだとか。公爵家の秘密に触れることになれば、その後の対応も必要となる。
だが、しかし。
目の前の少年は正真正銘、公爵家の令嬢パトリシアだった。
怪物って…、そっちの意味か。パトリシアは私から見ても異常な強さだった。そして外見だけでなく性格も男らしい。
ハチが飛んできてメイドが悲鳴をあげれば、さっとかばって風魔法でハチを遠くに運んでしまう。しかも『もう大丈夫ですよ』と気遣う紳士ぶりに、年嵩の熟練メイドが顔を赤くしている。
お茶の席をすすめればさっさと座り、美味しそうにお菓子を頬張る。言葉でも表情でも『美味しい』と伝えてくる。
裏がない。粗暴なわけではなく、自然体。
「私は体を動かすほうが好きで。きっと賢さを長男にすべてもっていかれたのです」
「確かにフィランドは優秀だね。プレストは?」
「プレスト兄様は私と同じ、きっと脳みそがちっちゃいと思いますよ。だって口を開けば剣のことばかり。殿下をお守りするためには魔法も使ったほうがいいのに」
「そう…なの?」
パトリシアがにやっと笑った。
「見えている場所には護衛の騎士様が二人しかおりませんが、すこし離れた…木の上、塀の後ろ、それから…」
見えない場所に総勢八人が隠れている。
「ちなみに私の護衛は一人です。必要ないと思いますが、一人はつけろと父がうるさくて」
護衛に目線で確認をすると苦い表情で頷かれた。
「護衛の位置がわかるということは潜んでいる敵もわかるということか」
「探索に慣れてくると敵の位置だけでなく装備もわかります。特に金属は。ですから私の武器は樹脂加工を施しています」
背中から短めの黒い棒を取り出し、それを勢いよく振った。シャキンッと三倍の長さとなる。
「剣より軽いですが、それなりに強度があります。そして王宮の身体検査も擦り抜けることができました」
得意気に言っているが、私の前で武器を手にしているのは大問題だ。
護衛に緊張が走るが、パトリシアは気づくことなく武器自慢をしている。無邪気というか素直というか。
「軽いし魔法の伝導も良いので魔法師や女性におすすめです」
「君はドレスや宝石に興味はないの?」
「ありません。私は体を動かすことが好きで、幸い父も許可してくれました」
普通の貴族であればあり得ないが、チェンター公爵家ならば…なくはない。何よりこの年齢で、この才能は末恐ろしい。
プレストの言葉をそのまま受け取るならば。
彼女は真の怪物であり、プレストを何度も地面に転がしているということ。同年代では負けなしのプレストだが、パトリシアには勝てない…、プレストより弱い私では相手にもならないということか。
面白い。
似たようなご令嬢ばかりで飽き飽きしていたが、パトリシアと一緒ならば退屈する暇もなさそうだ。
人は外見よりは中身だと言いたいところだが、王子妃として公務を果たす都合上、悪いよりは良いほうが好ましい。その点、パトリシアは凛々しく美しい王子妃となるだろう。
チェンター公爵家は当初、婚約の話に難色を示していたが、私自らの説得により渋々認めてくれた。
「我が娘ながら…、あれは普通の娘ではありません」
身体能力も驚くほどのものだが、それ以上に魔力量が多すぎる。膨大な魔力量に気づいてからは行動に制限をかけることをやめた。
魔法を使わなければ、日に日に貯まるばかり。人の限界量を超えた魔力が一気に暴走すれば、何が起きるかわからない。
令嬢としての教育だけでは魔力の消費がほとんどない。
「今は教師をつけてコントロールしておりますが、それでもいつ暴走するか」
「つまりパトリシアに日々、魔法を使わせつつ、心穏やかに過ごさせてやれば良いということだな」
「………できますか?」
「私以上の適任がいるとは思えないな。あの子の事は可愛らしいと思っているし、男装のことも気にならない。しばらくは護衛として側に置いて、パトリシア自身が拒絶するのならば諦めよう」
普通の貴族令嬢ならば王子妃の座に飛びつくが、パトリシアは王子妃なんて面倒だと思うだけ。王子妃からは逃げ出すが、私の嫁ならばどうだろうか。
きっと、そのほうが楽しい。私だって自分の肩書に惚れた女と添い遂げるより、私自身を好きになってくれた子と結婚したい。
王族として政略結婚の拒否は難しいが、政略的にもパトリシアは必要だ。
一人で近衛小隊ひとつ分の戦力だ。成長すればもっと強くなる。国を滅ぼしかねない最大戦力を手放すバカはいない。
「わかりました。パトリシアがメイナード殿下に惚れたら婚約をお受けしましょう」
「パトリシアには何も言わなくていい。ただ私の護衛にするとだけ」
代わりにプレストを護衛から外し、騎士学校へ早めの入学を勧めた。フィランドとプレストの二人が兄上についてくれるのならば安心だ。




