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悪役令嬢は嵐を呼びました04

 ダンスの後は一か所にとどまってひたすら挨拶を受ける。私も少々、混乱していたが周囲に気を配りつつ、にこやかに定型句を口にする。

 今回は卒業の挨拶となるためそんなに頭を使わなくても良い。

 何事もなく終わりそうだ。婚約者である可能性については帰ってから父に確認をするとして…。

 とても可愛らしい少女が近づいてきた。

「ご卒業おめでとうございます」

 特待生として入ってきた少女だ。私も何度か話したことがある。この子がいじめられているのを助けたことがあり、以来、とてもなついてくれた。今日も可愛らしい。そしていつも美味しいお菓子をくれ…た。

 ザザッと映像が頭の中で流れる。

 あれ?でも、それって…、彼女がメイナード殿下に渡すエピソード…。そう、スチールでは。

「パット様…、あの…、私のような身分の者がお尋ねするのは不敬とは思いますが、皆も気にしているので…」

 下位貴族の代表として聞きにきた。

「その、メイナード殿下とパット様はご婚約されているのでしょうか?」

 して…いるのか、私も聞きたい。そして婚約していた場合、婚約破棄イベントが発生するかもしれない。その可能性に血の気が引く。

 大丈夫、気をしっかりもって…。

「パトリシアは卒業後、王子妃となる。今日まではパットと呼んでも良いが、明日からはパトリシアと呼ぶようにね」

「は、はいっ。失礼いたしました」

 ヒロインが顔を真っ赤にして頭を下げる。それから私を見て。

「パット様のことをずっとお慕いしておりました。これですっきり諦められます。今までありがとうございました。殿下とお幸せに。微力ながら、お二人の力になれるよう、治癒師としての腕を磨きたいと思います!」

 お、おう…、ヒロインだったのか。ヒロインだと思って見れば、柔らかそうなハニーブロンドも潤んだエメラルドの瞳も納得の輝き。おまけに声もとっても可愛い。

「君は…、私の癒しだったよ。今までありがとう」

 思わずそう告げると、ヒロインは小さな声で『やっぱり、好き…』と呟いた。


 こうして破滅フラグは叩き折られ、卒業パーティは何事もなく終わった。

 天候も快晴のまま。夜空に星が瞬いていた。推測するに、パトリシアの魔力暴走により天候が乱れたってことか。どんだけ激しいんだ、パトリシア。天候まで操るとか、人間としての枠を超えている。

 しかし、もう心配はいらない。婚約者と言うポジションには戸惑うが、破滅フラグはヒロインが潰してくれた。ヒロイン、マジ、ヒロインである。

 今日からは悪役を返上した普通の令嬢パトリシア。卒業と同時にドレスで動く訓練が始まり、マナー教師と母に毎日、こってりみっちり絞られている。王宮にあがっても作法に関する教育ばかりで倒れそうだ。


 慣れないドレスで転びそうになったが、メイナード殿下が危なげなく支えてくれた。

「大丈夫?」

「は、はい、なんとか」

 護衛として側にいたが、殿下自身もかなり鍛えている。体格にも恵まれているため、力もかなりある。ゆえに今も護衛の人数は少ないまま。

「剣術と体術の稽古を減らされてしまいました」

「女性としてのマナーが身につくまでの辛抱だよ」

 案内されて殿下の私室に入る。未婚の男女が二人きりになることは良くないが、男装時代もよく二人きりになっていた。知らなかったが十歳の頃から婚約していたため、周囲の扱いは婚約者ではなくすでに『嫁』だ。

 私だけが気づいてなかった。

 残念な脳みそは『聞いたまま』『見たまま』しか理解できない。言葉の裏を読むのは苦手だ。

 メイドが用意してくれた紅茶を飲みながら一息つく。

「殿下はまだ剣の稽古を続けているのですか?」

「もちろん。婚約者より弱い…のは今更だが、初夜には君を抱き上げてベッドに運びたいからね。その程度には鍛えている」

「そ、そう、ですか」

「結婚式が楽しみだね」

「そう、ですね」

「ところで…、そのドレスの下にも武器を仕込んでいるの?」

「はい!」

 そうなの、そこはやめられないものね。今も太ももに特殊警棒ホルダーを仕込んでいる。それ以外については開発中だ。ワイヤーや仕込みナイフをいかに美しく安全に収納し、素早く取り出せるようにするか。体格で劣るため飛び道具も欲しいし、それを補強する魔力を圧縮、増幅させる魔道具も欲しい。

 嬉々として開発中の武具の説明をしていると。

「そう、じゃ、見せてくれる?」

「まだ開発途中で…」

「その、スカートの中に隠されたものを」

 穏やかな口調と、穏やかな表情。以前ならば『はい、どうぞ』と言えたが、今は…。

 下着の上からホットパンツのようなものを履きそれにホルダーを装着しているが、ほぼ生足である。

「………えっ、と…?」

 狼狽える私を引き寄せて、耳元でねだられる。いや、無理だから。そんなの、無理…。ちゅ…と耳もとで音がして、真っ白になった瞬間。

 いきなり雷が落ちた。

 窓の外から悲鳴が聞こえて、私達も慌ててテラスに出て確認をする。幸い怪我人はいないようだが、落ちた雷に大騒ぎだ。局地的に雨雲まで発生している。

 さっきまで晴れていたのに。

 ドキドキする私の心に連動するように雨雲が育っている。気のせいだと思いたいが、抑えようとしても魔力の流れが乱れたままで落ち着かない。

「あの…、すみません」

「何が?」

「今の、たぶん私です。激しく動揺するとどうやら豪雨や雷を呼ぶようで…」

「………え?」

 今度は殿下が狼狽えた。

「冗談…、ではないか。いや、パトリシアの魔力ならあり得るな」

「すみません…」

 殿下に迫られた程度で落雷では、この先が思いやられる。夫婦生活も難しい。結婚相手は王族だ。夫婦生活の拒否は…、ふ、夫婦、生か………。

 今までは忙しくてそれどころではなく、二人で過ごしていても殿下と護衛…といった雰囲気だった。しかし、これからは違う。

 婚約者ってことはつまり、現在進行形で『恋人』でもあるわけで?

 今後はキスしたりそれ以上のこと…も。

 ぶわっと頭に血がのぼったタイミングで雨が降り始めた。これはもう間違いない。

 私のせいだ。

「あの、やっぱり私は護衛騎士としてお側に…」

「待って。ここまで我慢してきたのにこんなことで延期なんて…」

 真剣な顔で考え込んだ後、パッと笑った。

「大丈夫。パトリシアは安心してお嫁においで。きっとうまくいく。ただ…、新婚生活は王宮ではなくあちこち旅行しながらになるけど」


 私達は結婚早々、新婚旅行というか視察旅行に出発した。目的地は日照り続きの町で、私達が泊まりに行くと不思議と雨が降った。

 いや、不思議でもなんでもないんだけどねっ。

 私を動揺させて雨を降らすの、やめて、確かに魔法師を何人も送るよりお手軽だけど。しかも殿下の裁量で確実に降っちゃうけどっ。エロ耐性が低い自分が呪わしい。そしてエロ魔人と化す殿下が…、もうっ、本当に、もうっ!なのである。

「私の嫁は可愛くて強くて、しかも役に立つ」

 スチールではわからなかった悪い笑みを浮かべて近づいてくる。

「ほら、逃げちゃ駄目でしょ?」

「あの…、それで、何故、私はメイド服を?」

 旅行の衣装箱の中に何故かメイド服が紛れ込んでいた。間違いかと思ったが、どうやら殿下の差し金らしい。

「男装もいいけど、これもいいなって思っていたからだよ。あの時はスカートの中を見られなかったけど…、今日はいいよね?」

 良くない。

 全力で否定しようと思った瞬間、雷の音が聞こえて雨が降り始めた。ちなみにこちらの世界に避雷針などというものはないため、安全性を考えて宿泊する場所は民家から離れた場所にしている。領主の館とか別荘とか。気持ち的にはどこかの離島まで行きたいところだが、そこで雨を降らせても仕方ない。

 屋敷の外から『雨だ!』『本当に降り始めた』と使用人と思われる者達の歓喜の声が聞こえてきた。

「ね、パトリシア。そのスカートをまくって、見せて?」


 こうしてパトリシアは立派な王子妃となり、その気さくな性格と男装姿から国民に大変な人気者となった。凛々しく勇ましいパトリシア妃。国内最強を誇っていたが、しかしメイナード殿下には負けっぱなしだとか。

 そしてメイナードは。

「パトリシアに勝てたことなんて一度もないよ。ほら、惚れたほうが負けって言うだろ?」

 ほほ笑む殿下の横でパトリシア妃は真っ赤になっていたが、もう雷が落ちることも雨が降ることもなかった。

 そう…、この程度では。

 どの程度で天候が乱れるのかはメイナードだけが知っていることだった。

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