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20/21

悪役令嬢は寝ていました02

 教会でのバザー当日は晴天で、すこし暑かった。初夏から夏。そろそろ暑くてだるくて眠い季節になる。

「教会のバザーは初めてですが、とても楽しみです」

 馬車で同乗しているバウナル公爵夫人に言うとにっこりと美しい笑みを浮かべた。

「教会で行う小さなお祭りみたいなものなのよ。それにしても…、本当にその姿のままで良かったの?それ、ジェラルドのお古でしょう?貴女は娘になるのだから、もっと可愛らしいドレスを買ってあげるのに」

「いえ、この服、好きなのです。動きやすいからお手伝いもできると思います」

「そう?ドレスやアクセサリーは本当にいらないの?」

 頷く。

「代わりにジェラルド様にお洋服をたくさんいただきました」

 まだ二人とも十歳だから体格差はあまりないが、ジェラルドのほうがわずかに大きいため新品に近いものを譲ってもらっていた。

「母様、ケイトには物欲があまりないのですよ」

「そうみたいねぇ」

「それに、私の服を着たいだなんて、可愛らしいと思いませんか?」

「まぁ」

 まぁ、まぁ、まぁ…と嬉しそうに笑う。

「やだわ、この子ったらもう独占欲があるのかしら」

「なんとでも」

 そんな深い…、変態みたいな趣味はないのだが、かといって洋服をもらえなくなるのは困る。ジェラルドの服は着心地が良く趣味も良いのだ。

 馬車が教会に到着し、公爵夫人にくっついて牧師さんやシスターに挨拶をする。他にも貴族夫人や令嬢がちらほらいて、可愛らしい女の子達が早速、ジェラルドに頬を染めていた。

「ケイト、挨拶が終わったら見て回ろう」

「お手伝いは?」

「私達にできることはないし、ここでお金を使うことも協力することになる」

 お金…、持っていない。そう、現金を持たされていないことに気がついた。

「何、言っているの。君に払わせるわけ、ないだろう」

「買ってくれるの?」

「買い占めろと言われたら困るけど…、君にアクセサリーとおやつを買うくらいは持っている。おいで。髪を縛るリボンを買おう」

 カラフルなリボンを見に行く。リボンの端には花や蝶が刺繍されていた。

「欲しい色はある?」

「特には。でも、このマーガレットみたいな花は可愛いと思う」

「じゃあ…、これとこれを」

 星が刺繍されたブルーグレーとマーガレットが刺繍された明るいオレンジ色を選んだ。

「お互いの色を身につけよう」

「う、うん…」

 手を引かれて隅に移動する。

「後ろを向いて、少し膝をまげて」

 ポニーテールにした紙にオレンジ色のリボンが結ばれた。ジェラルド自身は自分で結びなおす。

「やってあげたのに」

「何、言ってんの。不器用な君がやるより、自分でやったほうがほどけない」

「………」

「ほら、ふくれていないで。お菓子、買いに行こう」

 お菓子は定番の焼き菓子やクッキーの他に、クリームとフルーツを挟んだカステラ焼きがあった。

 カステラ焼きを二個買って、ベンチへと移動する。

「紅茶を貰ってくるからここで待っていて」

 両手にひとつずつ持っておとなしく待っていると。

 紅茶を貰って振り返ったジェラルドに誰かがぶつかった。服が汚れてしまったようだ。声は聞こえないが、様子はわかる。

 相手は…、ストロベリーブロンドの女の子。

 この世界のヒロインだった。


 既にゲームは始まっていたのだから、いつ登場してもおかしくはない。

 前世の記憶があると言っても、すべてを詳細に思い出したわけではない。ゲームの内容も主要登場人物とおおまかな流れで、全エピソードまでは…、ルートによっては見たことがないエピソードもある。

 ここでジェラルドはあの子に一目惚れするのだろうか。

 それともこの後…。

 頭がぐらぐらしてきた。急激な眠気にまずい…と思う。こんな場所で寝てはいけない。

 立ち上がった瞬間、立ち眩みのように視界がぶれて…そのまま意識が遠のいた。


「カステラ焼き!」

 そうだ、両手に持っていたのに…。

 飛び起きると、ジェラルドがびっくりした顔で私を凝視していた。

「あ…、あ、カステラ焼きは?」

「………いや、さすがに地面に落ちたものは」

 がっくり肩を落とした。視線を落とせば…、ジェラルドの手をしっかりと握っていた。あわてて離す。

「ご、ごめん…、えっと、そう、せっかく買ってくれたのに」

「食べ物を捨てることになってしまったのは残念だけど、仕方ないよ」

 水が入ったコップを渡された。

「気持ち悪くはない?」

「大丈夫…。ごめんなさい」

「病人を責めたりはしないよ。そんなに謝らないで」

 病人…、本当に病人だろうか。面倒で怠惰なだけではないだろうか?

 そう思ってきたが、今日の眠気は異常だった。

 前世の記憶があるせいで、脳がショートするのかもしれない。ゆっくりと辺りを見渡すとほとんど荷物のない小さな部屋で…。

「この部屋は?」

「教会の中にある客間というか…、事情があって駆け込んできた人を寝かせてあげる部屋だよ」

 そう、か…。簡素な部屋。布団も…、寝かせてもらっておいていうのもアレだが、あまり良くない。

「家に帰ったらお父様にお願いして、布団と枕を寄付するわ」

「………ん?」

「このお布団も悪くはないけど、きっと安眠できないと思うの。そうだ、ここで使う寝具一式、人数分、寄付してもらうのはどうかしら?」

「いいアイデアだとは思うけど、その辺りのことは牧師様と相談してからだね」

 よしよしと頭を撫でられた。

 ………なんで、ジェラルドはここにいるのだろうか。ヒロインと会ったはずなのに。正直に言葉にしそうになったが、思いとどまる。ヒロインって…、言っても通じない。

「ジェラルドは大丈夫だった?紅茶を貰いに行った時、誰かとぶつかっていたように見えて…、それで立ち上がったら立ち眩みを起こしてしまったの」

「そうか、見ていたのか」

 苦笑しながら言われた。

「あの、無礼な子を」

 無礼…な、子?

「振り返ったらすぐ後ろに居て驚いたよ。列に並ぶのならもう少し距離をとってもらわなくては。私が持っていた紅茶で服が汚れてしまったから、一応、仕方なくお詫びしたけど、本音で言えばこっちのほうが謝ってほしいくらいだ。そのせいでケイトの元に戻るのも遅れた」

 ヒロイン…、エピソード、失敗した…、みたいよ?

 ジェラルドとの好感度をあげるためには何をすればいいのだろうか?

 真面目で頭の良い子だから卑怯な手は使えない。バレたら好感度が氷点下まで下がる。

「同じ年頃の子でしょ?そんなに厳しいことを言ったら可哀相だよ」

「確かに…、そういった礼儀作法は受けていないようだった。服が汚れているのに嬉しそうに笑っていて、頭がおかしいのかと思った」

 直後、私が倒れたのを見て、後のことは一緒についてきた従者に任せた。

「私のほうこそ、ごめんね。君が倒れた時に側にいなくて」

 ジェラルドは本当に真面目な子で。

「これからは出来る限り側にいる。君が倒れた時は支えてあげられるよう、もっと体も鍛えるよ」


 嬉しいというか、少々、複雑な心境だが、好感度が勝手にあがっているようで、ジェラルドはケイトに優しかった。

 二人でお茶会に出席すれば、一定時間で様子を見に来る。離れているとしても声が聞こえてくる距離をキープしている。

 そのため嫉妬した令嬢が『こんなみっともない灰鼠がジェラルド様の婚約者だなんて』なんて言おうものなら、すっと現れて。

「失礼。ここにいてはケイトが汚れてしまいそうなので、返していただきますね」

 いや、この程度の厭味なんて大丈夫。と言っても、きかない。

「君が大丈夫でも、私が大丈夫ではない」

「でも、確かに私の髪も瞳も灰色で…」

「他にも灰色の髪の人はいる。生まれ持った髪や瞳の色で差別など許されない。ケイトは私の髪色が灰色だったら、婚約破棄するのか?」

 慌てて首を横に振った。

 そもそも…、ジェラルドほどの美貌ならば、灰色の髪でもきっと美しい。という心の声は言葉にしなかった。


 十二歳になると貴族学校に入学し、そこでもジェラルドは出来る限り側にいてくれた。さすがに交友関係、丸ごと無視はできないため別行動もしているが、ランチは一緒に食べている。

 優秀なジェラルドは王太子に気に入られ、これで攻略対象がひと固まりとなった。

 美形集団、眩しいな…。

 キラキラしたイケメン六人の集団で、ちょっと近寄りたくなかったがジェラルドが離してくれない。

「ジェラルドは本当に婚約者一筋だなぁ」

 殿下の言葉に『当たり前です』と即答する。

「結婚前とはいえ、浮気をするような男はクズです。好きな女性がいるのならば正式な手続きをもって婚約を白紙に戻し、改めて婚約者とするべきです」

 ジェラルドを除く五人のイケメンがギクッと顔を引きつらせ、婚約者がいるから…と同席していた女生徒二人がギリッと目を吊り上げた。

 もう、殿下達、ヒロインにデレデレだものね。わかるけどっ。近寄らないようにしてはいるが、遠目で見ても可愛いオーラが半端ない。

「しかし、恋心というものは、だな」

「恋をするなとは言っていません。ただ、婚約者ではない女性に恋をして、それがどうしても抑えきれないのならば、家同士の話し合いをもって円満に白紙に戻せと言っているだけです。引っ張られて、ギリギリのタイミングで婚約を白紙にされたご令嬢達の未来を潰す気ですか?女性のほうが適齢期と言われている年齢が低いのですよ?」

 それでももごもごと言い訳にもならないような事を言っていると。

「私、両親に婚約を白紙に戻したいと伝えますわ」

「私も。ジェラルド様がおっしゃる通り、今なら傷が浅くてすみますもの」

 まだ十二歳、十三歳。婚約破棄ではなく両家の話し合いでの白紙ならば、そこまで酷い結果にはならない。

「もしもお二人が婚約白紙に手間取るようなことがあれば、バウナル公爵家、アムリッツァ公爵家として口添えいたします」

 え、私も?とは思ったが、まぁ、気持ちはわかる。

「はい、私も微力ながらお力になりたいと思います。私自身には何の力もございませんが、兄と姉が大変、社交的ですし、父は外交の仕事をしております。良いご縁の場をご紹介できるかと」

「ま、待て、婚約を白紙にするなど…」

 慌てたイケメンの一人にジェラルドが冷静に問う。

「今後、浮気だと疑われるような事はしないと誓えるのですか?」

 言葉に詰まった。

「い、いや、大袈裟だな。オレ達はまだ十三歳だぞ。ジェラルドだって可愛い女の子に目移りくらいするだろう?」

「いいえ」

「信じられるかっ」

「あの…、ジェラルド様は本当に一度もブレたことがないですよ。可愛い女の子もきれいなお姉さんもいましたが、一度も、微笑みを向けたこともないです」

 事務的な会話はするが、基本、無表情だ。

「驚きです。正直、私が一番、驚いています。この、地味な見た目の取り柄のない、公爵家という肩書を取れば平民の中に入っても埋もれそうな私が婚約者なのに」

 ジェラルドが横でため息をついた。

「君は自己評価が低すぎる」

「私に対する世間一般の評価は、私の自己評価よりもさらに低いと思いますよ?」

 灰鼠、灰カス、どんより雲…とか。

「ともかく、ジェラルド様は皆様に『婚約者に対して誠実であるべき』と説教をしてもなんら問題がありません。事実、誠実ですから。婚約者と決まった日から今日まで、おそらく今後も…、もしも婚約を破棄することになったとしても、その時は最大限、私の傷にならないようにうまく事を運んでくださいます」

 イケメン達は黙り込み、ご令嬢二人には。

「ケイト様が羨ましいわ」

「素敵な婚約者ね」

「そ、そうなのです。本当に、私には勿体ないほど素晴らしい婚約者で、だから、ジェラルド様にならどんなひどい捨てられ方をしても…」

「待て」

 止められた。

「何故、私が捨てる前提なんだ。君が他の男に…」

「え、ジェラルド様より素敵な人なんて、いませんよね?」

 これは本当にそう思う。

「見た目はそりゃあ、かっこいい方もいるとは思いますが…」

 小さな声で付け足すと、ジェラルドとご令嬢二人がイケメン五人を見て。

「あれと比べられても嬉しくない」

「そうよねぇ。あれは…、ないわ」

「出会った頃は素敵だったのに、恋って恐ろしいわねぇ」

 五人はもう反論せずに、真っ赤な顔でぶるぶると震えていた。

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