前知全能の予言者 カサンドラ
「皆さんは『予言』は信じますか? 」
暗がりの中、男の語りは唐突に始まった。
「神話の世界では破滅の予言……古来から様々な人物の予言がありました」
手を大きく広げ、口を大げさに広げゆっくりと語りかけた。
「しかし、皆さんはこう思う……」
一呼吸。
「それはあくまで作り話、偽り……だと」
悲しげな彼の表情に聴衆は釘付けになる。
「だが、しかし! 」
緩急のついた彼の声は会場中に響き渡った。
「それは大きな間違いであります」
彼の語りは止まらない。
「予言者は存在します」
不敵な笑みで周りを見渡す。
「この私が保証いたします……」
嬉しそうな表情で男は聴衆の歓声に耳を傾けていた。
会場には彼の話を懐疑的に思う者もおり、歓声の中には野次や罵倒に近い声も含まれていた。
しばらくして静まり返ったのを見計らった男は堂々とした態度で言い放つ。
「論より証拠……ここで実際に一つ予言をさせていただきましょう! 」
その言葉は更に会場をどよめかせ、拍手が自然と生まれた。
「それでは『予言者』をお呼びいたしましょう」
男は天井を見上げ、大きく腕を開いた。
聴衆たちもまた彼と同じ方向を向く。
「『カサンドラ』」
彼の呼び声と共に、聴衆の空に突如として女性の顔が映った。
ホログラムで映し出された彼女の顔に誰もが固唾を飲んだ。
「カサンドラ」
「はい、何でしょうか。Mr.白石」
男は満足げな顔で彼女を見上げる。
「あの黄色い帽子をかぶった女性の未来を予言して欲しいんだ」
男は指差し、特に目立っていた女性に指をさした。
「かしこまりました。少々お待ちください」
躊躇いもない彼女の返事には人間らしさはなかった。
「解析完了しました」
ものの数秒で返事する彼女の声は聴衆の耳を釘付けにさせた。
「彼女……斎藤まどか様は数時間後に強盗に襲われます」
彼女の淡々とした話し方はどこか怖さを覚えてしまうほどに冷たかった。
会場は騒々しくなった。
黄色い帽子の女性は信じられない顔でカサンドラをただ見上げていた。
「皆さん落ち着いてください」
男は力一杯声を何度も張り上げ、場を落ち着かせた。
「これから警察に連絡しますので、彼女は大丈夫です」
納得しない聴衆から事情説明を促される。
「実は数年前から警察に協力しカサンドラを使って試験的に運用してまいりました」
新たな情報に困惑する大衆に男は動じず、話を続けた。
「そこで未然に犯行を抑えられたことが認められまして、現在でもカサンドラを使って犯罪減少に勤めていまして……今の予言で警察が必ず動きますのでご安心を……」
丁寧に一つ一つ説明をする彼にどこからともなく野次がとんだ。
「え? それじゃ予言かどうかなんてわからないって? 」
男はその野次を一語一句逃さず声に出した。
「それもそうですね……そう言われると思いまして……」
その言葉を待っていたと言わんばかりに満面の笑みで答える。
「何と! 皆さんの手元にカサンドラからの予言を受け取れるようになります! 」
息を上げなら言う彼はここぞとばかりに声を張り上げた。
「そう、皆さんの中には薄々気づかれた方もいらっしゃると思いますが、カサンドラとは我々が開発した予言システムAIのことなのです」
胸を張る彼を横目に、聴衆は手元にあるスマートフォーンに凝視していた。
「そう焦らず……焦っても未来は変わりませんよ」
薄気味悪い笑いを浮かべる彼の姿をみる大衆は誰一人いなかった。
一斉に聴衆たちは画面に映るカサンドラに魅入られていた。
皆が始めたことで会場にはカサンドラの声があちらこちらで流れ始めた。
その予言に喜ぶ者。
その予言に嘆く者。
その予言にただ呆然としている者。
その予言に疑いを見せる者。
会場は様々な感情が入り乱れ、混沌と化していた。
「愚民め」
男は幕を下ろした。