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前編 対ビックスライム

「『スライムが雑魚だ』って言ったのは、誰なんだろうな!」


 青年は子供の頃にハマった、某国民的大人気RPGを思い出しながら、スライムを片手半剣(バスタードソード)で斬りつけた。


 スライムは想像より、ずっと恐ろしいモンスターだ。


 その半透明のゼリーのような体は、不定形ながらも弾力が強く、片手半剣で切りつけてもなかなか刃が通らない。


 弱点は分かりやすく、中心に浮かんでいる核なのだが、よほどの戦士でないと、そこまで刃を通すのは至難の業だ。


 ときおり、皮膚が溶けるくらいの酸弾も飛ばしてくるので、中距離でも気をつけなければならない。


 ましてや体に取りつかれたら最後、徐々に動きを封じられ、顔を覆い窒息させようとしてくる。

 

 それを防ぐことは、並の人間にはまず不可能だろう。


 救いとしては動きが大変鈍く、人の歩く速度くらいしかないので、走れば逃げられる点だろうか。


「……大気よ、アタシ、ルリが命ずる、無形の力よ、全てのモノを貫く(きり)となれ! <トラスト!>」


 青年の隣に浮いている妖精が、中級風魔法をスライムに放つ。


 束ねられた風の力で、スライムの側面が棒で突かれたように凹むが、数瞬後、何事もなかったかのように元の形へと戻ってしまった。


「ダメだよツカサー、ぜんぜん効いてない!」


 そう、通常のスライムですら脅威だと言うのに、二人の目の前のスライムはとてもとても巨大だったのだ。


 一般的なスライムは、人間の大人の頭くらいのサイズしかない。


 だがいま目の前にいるのは、大きめの自動車サイズだ。


 表面をいくら切ったりしても、ほとんどダメージは与えられない。


「んー、やっぱり俺の剣でも、ルリの魔法でも、核までは届かないか」


 青年は大きく距離をとって、自分の剣を地面に突き刺した。


 妖精は呆れた顔で、青年の隣に浮いている。


「ツカサったら、やる前から分かっていたじゃない」


「いや。見ると聞くとじゃ大違い、実際に試してみることは大切だからね。とりあえず実験は済んだし、さっさと片付けちゃおうか」


 飛んでくる酸弾を避けながら、青年は巨大スライムに手を向ける。


「じゃあ行くぞ。<ティンダー><ショット>!」


 掛け声と共に、ゴルフボール大の炎が空中に生まれ、真っ直ぐ巨大スライムに飛んでいき着弾した。


 痛覚があるのか分からないが、のたうち回る巨大スライム。


「うん、確かに『スライムは火に弱い』みたいだ」


「わぁー、ポッカリとえぐれているけど……大きすぎて、ぜんぜん効いているようにはみえないよ?」


「そうだね、大きすぎて、一発や二発打ち込んでも倒せないだろう。それならたくさん打ち込んだらいいと思わないかい」


 青年は再度手を向け、大きく息を吸い込んだ。


「<ティンダー><ショット>!」 


 再び飛んでいく、小さな炎。


 だが今度はこれでは終わらなかった。


「<ティンダー><ショット>! <ティンダー><ショット>!」


 間を開けずに、連発される魔法。


「<ティンダー><ショット>! <ティンダー><ショット>! <ティンダー><ショット>!<ティンダー><ショット>! <ティンダー><ショット>! <ティンダー><ショット>! <ティンダー><ショット>! 」


 無数の光がきらめき、巨大スライムへと降りそそぐ。


 一発いっぱつは大したことはないが、雨あられと唱えられた魔法の炎によって、巨大スライムの体は削られていく。


 数分後、巨大スライムは核だけを残して、蒸発していた。


 安全のため巨大スライムが身動きできないのを確認したあと、青年は近づいて、核に剣を振り下ろしたのだった。



◇ ◇ ◇



「ふわぁ~……ぁ……。……っと」


 シトリは思わず出てしまったあくびを噛み殺して、そっと周りを見渡す。


 幸い隣の席の同僚は、帳面とにらめっこをしていて気付かなかったようだ。


 窓に目をやると、暖かな日差しが室内へとたっぷりと射し込んできている。


 昼食後のこの時間が一番睡魔が強くなる時間帯であり、再度あくびがでそうになるのをこらえて、冒険者ギルドの受付嬢であるシトリは背筋を正した。



 ここはアンゼリカの街。


 街の西側にある冒険者ギルドは、閑散としていた。


 ギルドでは討伐や採取など、多種多様な依頼を取り扱っている。


 だがそれらの依頼の多くは早朝にギルドロビーの掲示板(クエストボード)に張り出されるのだ。


 冒険者もその時間を狙ってくるので、朝は大混雑することも珍しくはない。


 だがお昼過ぎになると、めぼしい依頼はほぼ無くなり、人も少なくなるのだ。


 そのとき室内に、入り口のスィングドアの鐘の音が鳴り響いた。



「いらっしゃいませ、冒険者ギルドへようこそ!」


 入ってきたのは黒髪の青年と、その肩に乗った小さな妖精の二人だった。


 どこか冷たい印象を受ける二十歳すぎくらいの青年は、動きやすさを重視しているのか、要所に銀を打ち付けた革鎧(レザーアーマー)の上にマントを羽織っている。見たところ武器は携帯していないようだが、どこかに置いてあるのだろうか。


 妖精は大きさ20cmくらいだろうか。二対四枚の上の羽の先には、ハートマークの模様が浮かぶ。リボンとスカートをはためかせて、一切羽ばたかずに空中を飛び回る彼女は、もしかしたらレアな水晶妖精(クリスタルフェアリー)なのかも知れない。


 青年はこちらを一瞥したあと、掲示板へと向かう。


 手慣れた様子で依頼をチェックしたあと、一枚の用紙を剥がし、カウンターへ冒険者証(ギルドカード)と共に置いた。


「この依頼を頼む」


 抑揚がない、どこか突き放すような距離感を感じる男の声音。


「ありがとうございます。では冒険者証を拝見させていただきますね」


 あら、とシトリは思いながら冒険者証の情報を専用の装置で読み取り初める。


 青年が持ってきた用紙には、上部に赤線が引っ張ってあった。


 これは緊急を意味する証で、先ほどギルドに届けられたばかりの依頼なのだ。


(明日までこのままかと思ったけど、早く捌けて助かったわ)


 普通こういった類いの依頼は、死傷者が出ているものが多い。


 だが早朝以外は冒険者の出入りが少ないので、普通なら明日まで放置されていた可能性が高かったからだ。


 それはギルド職員として、人として、何となく落ち着かない気分になるのだ。


「Cランク冒険者の、ツカサ様ですね。依頼は、北の街道に出現したトロール一匹の退治……。失礼ですが、ツカサ様はパーティはお組みでしょうか?」


「いや、俺はソロだ。コイツもいるが」


 ツカサは、肩に乗ってつまらなそうに欠伸をしている妖精を指差して答える。


「ご存知だとは思いますが、トロールはCランクの魔物です。通常ですとCランク冒険者数人か、Bランク以上の冒険者でないと危険なケースなのですが」


「大丈夫だ、俺は今まで何度もソロで狩っているからな」


「えっ、少々お待ち下さい」


 シトリはツカサの冒険者証の討伐履歴を開き、ざっと目を通す。


 すると確かに、一人でトロールを討伐した履歴がいくつも並んでいた。


(他に……Cランク・ビックスライムやCランク・サラマンダーも倒したの!?)


 どちらも危険な魔物の上、単純な剣の腕前だけでは勝つのが難しい相手だ。


 彼は強力な魔法が使えるのか、特殊なスキルを所持しているのだろう。シトリはそう結論づける。


「失礼いたしました。実績を確認しましたので、依頼(クエスト)を発行しますね」



◇ ◇ ◇



 もろもろの手続きを終え、二人を見送った後、また暇になったシトリは先ほど気になったことを思い出した。


「そういえば、結局どんな能力を持っている方なのかしら?」


 冒険者証には、持ち主の能力値のデータも入力されている。


 能力の多寡によってはギルド側の判断で、依頼を受理しないこともあるからだ。


「えっと、身体系能力は普通ね。だいたいCランククラスかしら。魔法系能力は、Aランク……いえ、それ以上! きっとすごい魔法が使えるのね」


 所持スキルも『魔法術式合成』や『魔法詠唱破棄』、『魔法消費MP1/10』や『MP自然回復速度100倍』等など、魔法使い向けの強力なものが揃っているようだ。


 だが使用できる魔法のレベルを見たシトリは、目を疑った。


「ええっ! 魔法レベルは、初級!?」


 ツカサは魔法系に関してはチートレベルのステータスとスキルを所持しているのに、火・水・土・風等など、全ての魔法レベルは一番下の初級だったのだ。


 魔法のレベルは初級・中級・上級、そして神級に分かれている。


 だが初級は生活魔法と揶揄されるように、まったく戦闘向きではないのだ。


 おそらく普通に使っても、ゴブリンの一匹を倒すことすら難しいだろう。


「いったい、どんな方法でモンスターを倒すのかしら……」


 シトリは二人が出ていったドアを見て、そう呟いたのだった。



◇ ◇ ◇



「あーあ。毎回めんどくさいのよねー、依頼の手続き」


 ルリは不満を吹き飛ばすかのように、空中で大きく伸びをした。


 街を出て、川沿いに北の街道を歩くツカサとルリ。


 馬車一台が通れるくらいの土が固められただけの道の左手には、小さな川が流れ、右手には収穫を待つばかりの豊かな穀物畑が広がっている。


「仕方ないさ、ルリ。俺はまだCランクだからな、信用が無いし」


 先ほどまでの冷たい雰囲気はどこへ行ったのか、ツカサの語り口はとても柔らかなものだった。


「でもさ、ツカサはたくさん魔物を倒してきたじゃない」


「昇級審査は、半年に一回しかないからね。次は……もうすぐだったかな」


「そうしたらツカサも、Bランクね!」


 オーバーリアクション気味に、ツカサの眼前に出るルリ。


 ツカサは苦笑を浮かべながら、ルリの頭を撫でる。


「そうだね。これもルリのおかげだよ」


「えへへっ。そうかな、そうかなー♪」


「ルリのおかげで、旅の目標ができたんだ。そうでなきゃ、俺は当てもなく彷徨うばかりだっただろうし、途中で死んでいたと思う」


「うん! ……ツカサの、早く解けるといいね」


「ああ。きっと、ね」



◇ ◇ ◇



 しばらく歩くと日が傾き、西の空がオレンジ色に染まり始めた。


「今急いでも到着は夜になってしまうし、今日はここで野宿しよう」


「うん! それじゃアタシは、辺りを見てくるねー」


 スイッと空高く舞い上がるルリを見送り、ツカサは準備を始めた。


 木々の間にロープを渡し、雨や朝露避けのシートを張る。


 その隣に石を組んで、即席のかまどを作り上げた。


 森に落ちている乾いた薪を集めている頃、ルリが戻ってくる。


「近くに魔物も、危険な動物もいなかったよー」


「ありがとう、ルリ。それじゃ夕飯をとってくるから、休んでいて」



 ツカサは川辺に立ち、水の中を覗いていた。


 緩やかに流れる川の広さは5mほど、深さは1mくらいだろうか。


 小川と言ってもいいくらいの川には、何匹かの魚影が見えた。


 ツカサはその影に向かって手を向け、魔法を唱える。


「<ショック><ショット>!」


 術者の近くに軽く痺れるくらいの電撃を放つ、初級電撃魔法<ショック>。


 対象の物を十数メートル飛ばすだけの、初級風魔法<ショット>。


 その二つの魔法を組み合わせて、ツカサは電気の塊を遠くに飛ばした。


 小川の真ん中あたりに着弾した魔法は、水面だけでなく水中へと衝撃を伸ばす。


 数匹の魚が耐えきれず浮かび上がり、バシャバシャと水面で暴れだした。


「やっぱり一発じゃ無理か。<ショック><ショット>!」


 踊り狂う魚に対して、ツカサはもう一度同じ魔法を撃ち込む。


 今度こそ気絶したのか、魚は力なくぷかりと水面へ漂ったのであった。



「じゃあ火を着けるよ。<ティンダー>!」


 ツカサが手を向け、初級火魔法を唱えると、かまどの中に小さな火が灯った。


 かまどの上に置いた鉄鍋の中の水がグツグツと沸騰したのを確認すると、下処理した魚をぶつ切りにしたものと、森で採ってきた野草と塩を投入する。


 美味しそうに煮えていく魚のアクと灰を取りながら、時間は過ぎていった。



◇ ◇ ◇



 食事も終わり、空はすっかり暗くなっていた。


 辺りに人影もなく、聞こえるのは水面(みなも)の音と、焚き火が燃える音だけ。


 虫除けに焚いたお香の匂いに、ルリは鼻をしかめた。


「アタシ、この匂い嫌いー……」


「この辺も毒虫とかいるからさ、我慢してね」


「うん。代わりに、甘いものちょーだい♪」


「まったく……少しだけだよ。<インベントリ>!」


 すると虚空に、両手を広げたくらいの黒い穴が空いた。


 ツカサはそこに手を突っ込み、皮袋を取り出し、中身の乾燥させたブドウ(レーズン)を数粒差し出す。


「はい、どうぞ」


「ありがとー! ツカサ、大好き♪」


「ははっ。ほんと現金だよね、ルリは」


 嬉しそうにレーズンに齧りつくルリ。


 ツカサはそれを優しげな目で眺めていたのだった。

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