前夜(9)/黎明(1)
どのくらい眠っていたものか。
窓の外はすっかり暗く、深夜を知らせるように静かに鳴く妖鳥の鳴き声がする。
夜明け前、だろうか。
朝日の兆しを見せながらも最も暗い時間。
「姉さま、……大丈夫?」
控えめなノックの音の後に、ニーナの気遣わしげな声が飛びこんで来る。
妹みたいだな、向こうもそう思ってくれないかな……、
などと身勝手なことを思っていたが、金龍の娘はそれを敏くも読み取ってくれたらしい。
「ニーナ……来てくれたの?」
疲れてふて寝をしていただけとはいえ、夜中まで眠りこけて心配をかけたのは自分だ。
だめな姉上だなぁと思いながら、自分の影に命じてドアを開けさせた。
父とはもう、話すだけでくたびれてしまう。
自分の手で精鋭を育て上げ、王に挑む旨を熱心に伝えた。
もしも失敗したならば、自分の命と暗黒魔法の奥義を差し上げるから、とまで言った。
何を言っても冷たい目で見て来るだけだった。
どれだけ言葉を尽くしても、声の一つも発さない。
ラルフが改めて進言して初めて、ようやく1年ほどの時間を鍛錬に費やすことを認めた。
「姉さま」
ニーナは足音をさせずに近づき、クリストフのベッドの縁に座る。
肌で触れていなくても感じる。熱く清冽な、金の気炎。
「姉さまは……おとうさまが、お嫌いなのですか?」
「……うん」
思い出す。嫌だ嫌だと避けていては、きっと駄目だ。
王立学校を卒業してからは、父親の言うとおりにしてきた。
それ以前に……彼の方から嫌われていたのは物心ついてすぐに分かった。
だから、身体ができあがるとすぐに、強い酒を飲んで喉を潰した。
背が伸びないのに一丁前に育ってくる胸にはサラシをきつく巻くようにした。
ロングヘアにしたことなんて一回もない。
父は若い頃から、ひどい性差別主義者だ。女性そのものを嫌悪しているのだろうと思うほど。
気に入られようとしたわけではない。自分の身体を痛めつけて『男』に近づけるまでは、
彼の視界に入るだけで手酷く虐められてきたからだ。
クリストフは、一番身分の低い下女の子だ。
子捨ての常習者だった父の手元に、小さくうずくまって残った、弱い子供だ。
「お前なんかいらない」と何度も聞いた。
葉巻の火を背に押し付けられながら。鞭で打たれながら。
ほんの3分ほど話しただけでも、ここまで鮮明に戻ってくる記憶とは、何なのだろう?
「……来てくれる?」
半身を起こして、黄金色の娘を抱き上げる。軽く、柔らかく、あたたかい。
謎の魔導師と本音で話せたことで、思考誘導という枷は外すことが出来た。
彼や、ニーナを始めとする4人が来てくれていなければ、
いったい自分はどうなってしまっていたことだろうか。
「上手にできるかなぁ」
「心配、ですか」
「うん。ごめんね、嫌な姉さまだね」
気を引く言葉ばかり知っている。誰かに優しくされたいだけなのかもしれない。
腕の中のニーナをいとおしく思うたびに、今の自分の姿が醜く思えて仕方がなかった。
2019/8/21更新。




