激闘編(12)/戦士の宴(12)
「陛下、一杯お飲みになりませんかな?」
「俺は下戸だ。折角のお誘いだが」
これは失礼、と頭を下げてから、王の対面に座る少女が杯を傾ける。
その傍らに立つ痩身の魔導師は、何も言わずに王と近衛騎士を見つめている。
「宴には参加されぬのか」
「静かな酒を好みますゆえ」
「左様か。席をお借りしても?」
是非に、と頷く少女から目をそらさず、アルフレッドも席についた。
挑発的なしぐさを崩さないままでいた少女は、もう一杯を飲み干してから、
「そう警戒なさいますな――という方が無理でしょうな。『私』の行いを鑑みれば当然です」
「お早いお帰りで、と申し上げればよろしいですか」
席にも就かず沈黙を守っていたクリストフが静かに言う。「――父上」
「『私』は、厳密に言えば同族殺しを犯したわけではなかったからな。
新たな肉体と精神を得て戻ってきてから確かめてみれば、随分と残虐なことをしでかしたものだが」
特にお前は納得など到底できまいよ、と真剣な顔で言う。
残虐な貴族であった頃の記憶を保っているものだろうか。
「ええ、できませんとも。納得などするものか」
謂れもなく傷つけられ続けた子の怒りが、かつて父親であった者にぶつけられる。
生きながら正と邪とに魂を切り分けられたとはいえ……。
第三の月の奇跡を身に享け、転生を経て戻ってくるのが早すぎるように、子には思われた。
さんざんに罵られ虐げられ、『彼』の愚かな目的のために思考や行動まで誘導されていたのだ。
許せるものではない。許せるはずがない。
この場で剣を突き立てたい衝動に駆られたが、アルフレッドに片手を強く握られていて、それもできない。
怨みごとの一つも言ってやりたいところだったが、うまく言葉にならなかった。
かつてスジェノク=チュアートを名乗っていた少女は口を閉ざし、その無言の怒りを受け止め続ける。
「……なぜ、何もおっしゃらない?」
「資格がない。この場にも、恥を忍んで馳せ参じた。
異様に早い転生も……ラルフが命を賭けて強く願ってくれたために叶ったことだ」
「あれほど蔑んでいた、女性の肉体を得たことは?
悲しかったですか。悔しかったですか。少しは苦しみましたか」
少女は静かに頷いた。
「月を恨んだ。ラルフに辛く当たりもした。だが、こやつは私の傍を離れようともしなかった。
優しくしてやったわけでもないものをな」
言葉を切って喉を湿らせるのを、クリストフは静かに待つ。
「挙句に、この『私』は、ジェノク=スチュアートの良心の欠片なのだと諭してきおった。
必要だからこそ、これほど早くこの世界に舞い戻ったのだ……とな」
ラルフは相変わらず黙ったままだ。
言い訳も弁解もしない彼の姿勢が、クリストフには嬉しく思えた。
彼も、彼自身のこころに従っただけなのだ。
魔界へ赴いて修行を重ね、『黒騎士』として想い人の傍らに戻ることが出来た自分と同じように。
「左様で、ありましたか」
「許せなどとは言わん。口が裂けようとも。
ただ、恥を忍んで忍んで戻ったことを……それだけを、お前に知らせたかった」
黒騎士が笑む。
ようやく席に座り、王が離した左手でグラスを持った。
「今のお名前を賜りたい」
「ルイン。吸血鬼のルインだ。お見知り置きいただきたい、『黒騎士』殿」
素直に触れ合うことなど、もう二度とできない二人が、小さくグラスを合わせる。
2019/8/7更新。




