前夜(8)/兆し(4)
混乱させてしまったようで申し訳ない、というようなことを、小柄な淑女は言った。
「ブルーベルとお呼びください。貴女のお名前は?」
「クリストフ」
「よい名前ね」
「そうかな……それより、どういうことなの? ブルーベルは一体、何者なの?」
「世界を放浪する、妖魔族の魔導師ですわ。
最近はこの子と暮らしておりますので、働き口を探していましたの」
黄金色の娘はブルーベルの膝を降りると、騎士服みたいな衣装のスカートをちょいと撮んで一礼する。
あまりに可愛く微笑ましいので、膝をかがめて視線を合わせ、名を尋ねた。
「……ニーナ。よろしく、ね」
さっきからやたらと眩しく感じるのは、この娘が放つ黄金の気炎のせいだろう。
許可をもらったので膝に抱き上げてみた。
長い髪に隠れた首許に、逆鱗の跡を見つける。
「龍族……!?」
ゴールド・ドラゴンの血筋らしいよ、と口を挟んできた白エルフの美少年は続けて、
「僕らもいるの忘れてなかった?」などと似合いもしない冗談を飛ばしてくる。
リコシェと名乗った彼と、何も言わずに会釈したダガーは双子だという。
西大陸の沖合に浮かぶ島から来たとの事で、
本当に世界各地から人員を集めてきているのだなと理解する。
正確な地図もないのに、一体全体どうやって探し当てるのだろうか?
気にはなるが、そんなこと今はどうだっていい。
父は――ジェノク=スチュアートは、本気だ。
本気でコルトシュタイン国を潰し、王の命まで奪おうとしているのだ。
迷っている時間など無かった。
「皆に、頼みがあるんだ」
妖魔族に白エルフ、極めつきは金龍族ときている。
なるほどこの一団には、暗黒魔法など効くはずもない。人間族とは魔法抵抗力のケタが違う。
特に金龍の娘、ニーナに魔力で挑もうものなら……。
即座に跳ね返されて、狂ってしまうのはこちらだ。
洗脳の効果がないというなら、誠実に向き合うしかない。
考えもまとめないまま、ニーナを降ろして口を開く。
彼女の腹案を聞いた異種族たちは一様に目を伏せ、しばらく考え込んだ。
クリストフは待った。苦手な沈黙が舞い降りて幅を利かせても構わず、根気強く。
とんでもない頼みをしているのは分かっている。
拒まれたらすぐに逃がしてあげなくては、
などと考えていると、総意を得たらしいブルーベルが言う。
「わたくし達でなくては、到底なし得ない企みでありましょう。
王のお叱りと罪咎を受けることは本意ではありませんが……クリストフ様、貴女に従いますわ」
「ありがとう……」
ただし、と妖魔の淑女が人差し指を立てた。
「まず貴女ご自身に、父君とお話をして頂かなくては。時間を勝ち取っていただかねばなりませんよ。
魔族といえど、鍛錬もなしに王に挑むなど下策の極みと存じます」
クリストフにとっては厳しい条件であった。
だが、それがどうしたと言うのだ。
ここで父を恐れて逃げ出せば、あの魔導師に……いや、アルフレッド王にも笑われてしまう。
謎のおっさんはともかく、大きな恩を賜った国王陛下に失望されるのは、いやだった。
クリストフはしっかり頷くと、すぐに中庭の枯れ井戸を降り始めた。
2019/8/21更新。




