前夜(7)/兆し(3)
クリストフは考えた。これまでにないほど知恵を絞った。
父から知らないうちに施されていた思考誘導の魔法に阻まれて、
過去と父のことで頭をいっぱいにしてしまっていた。
「それでは最早ならぬ」と諭しに、
あのお節介な魔導師は来てくれたのだろう。実の父が決して見せなかった、強く優しい父性。
何者だろう。あのような変人は見たことがない。
「ああ、いけない」と声に出した。
今は、これからのことを考えなければ。
考える。
彼にもらったヒントと、自分自身の思考で。
あの時、「恐れていないで、その王と戦ってみてはどうだ?」と、彼は告げたのだった。
今までにない発想が、クリストフの頭と心を刺激する。
あの魔導師が、国王と戦ってみろなどと誘惑してきたのはなぜか。
父の願望をかなえる為か?
違う。彼は私の味方だ、少なくとも今は。
彼は自ら提案した国王との戦いを、
父の意志に従う『暗殺』ではなく、私自身の意志で行う『勝負』だと表現した。
確かに、王家と戦って見せていれば、父に反逆の意志を気取られることはほぼないだろうと思う。
自分の攻撃性を発散し昇華する意味でも、大いに役立つはずだ。
彼は自分に、成長せよと要求していたように思う。
その上での、あのささやきだったと考えれば――。
敬愛する国王と再び会い、存分に対峙することで、現状を変える一手を見出せという事なのだろうか。
自分などが成長のために、組織の皆を巻き込んでしまっていいのだろうか。
そして、アルフレッド様は、こんな思い込みにも近い考えを受け止めてくださるだろうか。
あの方にご迷惑をおかけしてしまってもいいのだろうか。
「……」
こつ、こつ、とベッドの縁を叩く自分の指の音が、やけに大きく聞こえる。
夜中にさらわれて来た4人に会ってみよう、と思い立った。
理由などわからない。
言うならば……心の底から沸き起こる、衝動のためだ。
――。
顔も見ずに洗脳を施したはずの、新しい人員4人は、屋敷の中庭で静かに談笑していた。
なぜ意志を失っていないのかと驚き、思わず尋ねてしまう。
「洗脳? 何のことですの?」
とぼけた顔をする小柄な女性に、「黒い蝶を目にしなかったの?」と追及をかける。
「ああ……きれいだから触ってみたら、すぐに消えてしまいましたわ」
それはつまり、暗黒魔法が効いていないということだ。
なぜ逃げ出そうともしないで、ずっとここにいたのだろうか。
「なんだかとっても暗いところだから……どうしてかなと思いましたの。
誰かが助けを必要としているんじゃないか、って、この子も言ってましたし」
彼女が膝に抱えていた幼子を示す。
8歳ほどだろうか。とても小さく、可愛らしい娘だ。
黄金の髪と瞳。長袖のパリっとした服は、どこかの国の騎士服を思わせる。
周囲に振り回される事には慣れていたつもりだったが、さすがのクリストフも困惑してしまう。
“ご都合主義はお嫌いかね?”と、あの魔導師の気取った声が聞こえた気がした。
2019/8/21更新。




