後編(10)/恋愛狂騒(6)
アルフレッドは次に、グエン氏と直接話をすることにした。
時間はない。迷っている時間はない。
だが、思わぬ足止めを受けた。
今は商売のかじ取りを三人の息子たちに任せているようだ、とニーナから聞いてはいたのだが、
「誰ともお会いしたくないと」
と口をそろえて言う三兄弟を説き伏せることから始めなければならなかった。
身を切って交渉の材料を用意する他なかったが、王にためらいはなかった。
旅行好きの長男には新しい馬車を、酒好きの次男には『銀の歯』の年間優待券を、
カネにうるさい三男坊にはウルヴレヒト公子との商取引の仲介を、それぞれ確約した。
マクシミリアンの調査は正確だった。
兄弟が一様に浮かべた勝ち誇った笑みを一瞬で頭から消し去り、通されたグエン氏の部屋の前で一呼吸。
百戦錬磨の大商人が相手だ。武器はただ一つ、勝てるか。
いや……勝つ。
「グエン殿、アルフレッドだ。酒と食い物を差し入れに来た。以前のように話そうではないか」
「陛下。私は陛下にあわせる顔がございません」
「とっておきの取引も持って来た。商売人の矜持も欲も、忘れた訳ではあるまい」
これまでの行状と今この場の言動が、あまりにかけ離れている。
のっぴきならない事情というやつだろう。
自分も少しの間とは言え気を病んだ。辛さを分かろうとすることは出来る。
金メッキのドアが開いた。
若き王を追い詰めた辣腕の大商人は、大きなベッドに半身を起こしている。
「遠目にも醜くございましょうな……どうかお笑いくだされ、陛下」
「何をおっしゃるのか、グエン殿」
アルフレッドはずかずかと歩いて、商人の傍らに立つ。
ベッドの縁に頬杖をつくようにして、彼と視線を合わせた。
存在や種族など、少しのきっかけで幾らでも変わる。姿ならなおさらだ。
以前に話した時は脂肪と筋肉が巧妙に一体化した、いい意味で商人らしからぬ体格であった。
腹は空を飲み込んだように膨れ上がり、寸胴のような首の上には無表情な豚の頭が乗っかっている。
「何があったのだ」
「わかりませぬ。以前の会議の後すぐに、三日三晩ほど高熱を出しました。
熱が治まって鏡を見ましたら、この姿になっておりました。そこからは記憶も定かではございません」
自分が何をしていたかは、最近になって息子たちから聞いたという。
「敬愛する王に敵するような横暴な振る舞いを――私は何という……なんという事をっ!」
大きな両手で顔を覆ってしまった商人のために、王は口を閉じた。
父ウィルフレドが特に好み、とっておきにしていた酒のふたを開ける。高価なグラスに注ぐと、
あまりに華麗な香りが、商人の手を動かした。
王は果物や肉類、菓子を詰め込んだバスケットを掲げ、
「誰にも何にも遠慮せずに飲み食いしよう」と提案する。
商人は仮面のような顔を、笑う代わりに傾けた。
昔を懐かしんでいるようなしぐさだと、アルフレッドには思われてならなかった。
2019/7/26更新。




