後編(3)/騎士の帰還(1)
そんな鬱屈した日々がどう災いしたものか、自分ではとんと見当がつかないのだが……。
夏の暑い日、アルフレッドは突然の病に倒れた。
身体的な症状が出ているわけでも、重篤な感染症にかかったというのでもない。
いわゆる気の病というやつだろうと、王には思われた。
どんな激務の最中でも倒れたことなど無かったのに、無自覚に疲労でもしていたものだろうか。
懇意の魔法医師が旅先から忽然と現れて言い放つことには、
「いろいろ考えすぎです。お身体まで動かなくなってしまっていますよ」とのことである。
要するに、律儀に約束を守ろうとするあまり、らしくもない我慢をし続けたせいなのだ。
「……我慢しすぎ、か」
ベッドに横たわって自分の腕で枕を作りながら、アルフレッドはボヤいた。
「ばかだと思うか?」
自分の傍に座る気配に、そっと問いかける。
気配が動いた。王の金の髪を撫でる。
金龍の娘は何も言わない。
ときおり王の寝室を出ては、菓子や果物を買い戻って来るだけだ。
明るい気炎をやまず放つ小さな身から、今は慈しみの情が溢れるようだ。
今まで無理をし過ぎていたのだ、というようなことを、ニーナはゆっくりと声にした。
一生懸命に治療に取り組んだ結果、声と言葉を取り戻していた。
努力が報われるさまを間近に見ることは、大いに王の心を支えていた。
自分が無駄なことをしてきた、とまでは、アルフレッドも思っていない。
やり手の商人にいきなり挑まれた勝負に戸惑い、ただ一度の敗北感に苛まれているだけの事だ。
報われるところまで努力することが出来ていないだけの事だ。
大丈夫だ。
まだ大丈夫。
「そうです……大丈夫ですよ、陛下」
違う。
ニーナの声ではない。
掠れてはいても、変わらず優しく丸い声。懐かしい声。
続いて空間がゆがみ、電流のはぜる音がする。強力な転移魔法だ。
慌てて半身を起こす。
ニーナも、誰が来たか――戻って来たかを確信している。
相変わらず静かにしているが、嬉しさを隠しきれていない。
「ってか、なんで出て来ねぇの?」
一向にその主の姿を見せない小型の〝扉”に向けて、王が声を掛ける。
「名前を呼んでくれるまで、出てきてあげません」
「相変わらず素直じゃねぇな」
「陛下こそ。早く連絡をくれてもよかったのに」
「お前はお前のために頑張らなきゃいけなかっただろ。……心配かけるわけにはいかないじゃんか」
「そうですけど……」
「まあ、勘弁してくれ。……よく戻ってきてくれたな、クリストフ」
〝扉”がさっさと出ろと言わんばかりに開き、すぐに消える。
漆黒のローブをまとった立ち姿が、ようやく王の眼に映った。
弾かれたように動いた。
ニーナが跳び付くように抱きつき、じゃれつく。
クリストフもぱあっと笑みを咲かせて、幼子に応える。
一歩遅れて時機を失ったアルフレッドは、姉妹のような様子を微笑んで見守る。
2019/7/23更新。




