日常編(終)/奇跡の子(3)
ファーウィンド氏の弁舌はなかなかに熱烈であった。
恰幅のいい体格に似合う野太く響く声で、国営の闘技場を作ることを提案してきた。
安全はどうするのか、とか賞金のシステムを決めねば……という意見を聞く余裕はまだあるらしい。
競技者の安全については、街が持ついくつかの診療所と提携するとともに、『緑風商会』が新たに立ち上げる医療施設を中心に担当していくつもりだという。
「賞金を出すなら、誰も損をしない形がいいな。遊びごとでまで世知辛い思いをすることはあるまい?」
王も興味に負けて意見を出した。グエン氏は大仰に頷いて、競技者たちやスポンサーと重々協議を重ねるといったことを堂々と演説する。
「なら、俺に異論はない」
いちいち勝ち誇らんでもよかろうと思わなくもないが、王も彼の意見に判を押した。
民の楽しみにもなる事だ。顔をしかめて反対する理由などどこにもなかった。
税額その他の懸案事項には口を出さないグエン氏の態度を気にかけつつ、会議を終える。
上機嫌のグエン氏に呼び止められた王は、別室で一対一の話し合いを持つ事になった。
「娘が大変にお世話になっております、陛下」
「よく働いてくれている。話とは彼女の事だろうか」
「はい。後見人となっていただける方を探しておりますが、私の評判はあまりよろしくないようでしてな」
そういう商売をしているからだ、と言う自覚はあるようだ。
今のところ改善する意志は欠片もなさそうなので、何も言わずにおく。
「俺に口利きをしろと? それこそ評判に響くだろう」
「いいえ、そうではありません」
「何が言いたいのだ」
会議の時には見せなかった、真剣な面持ちである。
大きく高い鼻は半猪を思わせた。
ひょうきんなお調子者が民族的に多いが、彼らが凛と構えた時の顔は野性的な力に溢れている。
「陛下は『月の奇跡』をご存知でしょうか」
「無論だ」
「あの娘は……私が拾った子でしてな。あれは月の静かな、美しい夜でございました」
『奇跡の月の子』だと信じて、何よりも大事に育ててきたらしい。
〝悪徳商人の娘”などという不名誉な評判が立つのは本意ではない、とグエン氏は父親の顔で言う。
「なれど、私にも野心がござる」
「堂々としたものだな。何を考えておられる?」
「陛下にお伝えするほど図太くはない。……しかし、不安でもあるのです」
「婉曲せずともよい」
「……もしも、私が野心に駆られて公然と悪党の誹りを受けるほどになってしまったならば……。
ぜひ、陛下にお留め頂きたいのだ。私はスチュアート卿のようになりたくない。私のニーナに嫌われたくない」
そうならない自信がないのだろう。
自覚はあってもどうにもできない欠点と言うのは、誰にでもあるものなのだ。
「父としての深き情が負けるほど、そのように大きな野心なのか?」
「はっ……。自分が自分でなくなるような感覚を、50を過ぎて味わうことになるとは思いませなんだ」
切々とした訴えを容れて、若者らしく「任せてもらおう」と胸を打ってみせる。
グエン氏は深々と頭を下げてから、自分の商会の建物へと帰って行った。
2019/7/22更新。




