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日常編(2)/復讐所以(1)

スチュアート卿が自分を拾ってくれたのだ、とラルフは言った。

彼には幼年期の記憶がない。

気がついたら、北大陸の海岸線を歩いていたのだという。

当時の年齢も分からないが、おそらく6歳くらいの時だろうとのことだ。

人間の記憶は強いトラウマや受容しきれない事柄が起きると無意識のうちに封印されてしまうものだが、

彼はそんな記憶のとっかかりすら持っていないという。最初からその年齢だったようなのだと。

そういう人間は珍しくないのだが、なぜ似通った事例が世界各地で頻発するのかは依然として不明のままだ。

よほどのきっかけがないと解き明かされることはまずないだろうとささやかれ、

もはや調査も研究も行う者のない『世界最大の謎』のひとつとなっている。

世界の事情はさておいて、アルフレッドは丁寧に記された調書を読み込んでいく。

「疲れたからみんなで何もせずに休もう」というウルヴレヒト公子の提案を受け入れ、3日ほどの臨時の公休を設けた。

役所も金山も、貴族も王もみんな休みだ。

働きたい者以外は家でのんびりするよう、二度目の〝王様からのお願い”を発した。

効果はてきめん、いつも賑やかで人の往来が絶えることのない黄金要塞は、

穏やかで静かな沈黙に包まれて、つかの間の休息を楽しんでいる。

ラルフの調書は最も枚数が割かれ、彼の事情を全く知らなくても一読すれば分かるような書き方をされている。

魔物の王に身体を支配されてしまってもなお悪役を務めきった彼に対する、魔王スゴロクのささやかな褒美であったろう。

調書は続く。

男色趣味が高じて北大陸を周り、孤児や貧しい家の子を集めていたスチュアート卿と、ラルフの出会い。

警戒してナイフで襲い掛かり、一蹴されたこと。

彼の金で贅沢な食べ物を与えてもらったこと。

魔法の才能を認められ、すぐに小姓こしょうとして召し抱えられたこと。

〝これらすべてを宝のように、大切に語った”

と、魔王の注釈がついているほどだ。

この頃からスチュアート卿への尊敬と、それ以上の感情が彼の中にあっただろうことは、想像に難くない事である。

ラルフが美形の青年に成長した頃、大きな事件が起きた。

水道事業の工事の入札において、謝礼を受け取って落札額の相場を漏洩ろうえいした、

との嫌疑をかけられ、反証できないまま、スチュアート卿とその一派は議会を追われた。

ラルフは残った派閥の人間と共に必死の調査を行った。

当時、市井で噂になった通り、弱者の依頼を受けて詐欺や盗みを行うプロ集団『義賊』が後ろにいたことまでは突き止めることが出来た。

しかし、そこまでだった。

ラルフの君主は、彼の努力を無下にした。

ウィルフレド王の指図だ、彼が自分を恐れて遠ざけたのだ、と言い出した。

これもラルフの調べたことだが、若い頃に一人の女性を巡って決闘して以来、卿は事あるごとに王を批判するようになっていたらしい。

先王も同じ事で後悔していたのを、アルフレッドは思い出した。

どうしても欲しかったのなら仕方ないと、

年に一度だけ強い酒を飲んで落ち込んでいた父をなだめたものだ。

あれはかつて、母を賭けてスチュアート卿と決闘をした日だったのだ。

2019/7/16更新。

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