前夜(4)/白昼夢
寝汗を清拭するだけで疲れてしまい、また眠ってしまったらしい。
そうと知れる夢の中を、クリストフはさまよう。
「何か困っているのか」
懐かしい言葉だった。
が、傍らからそう声をかけて来たのは、残念ながらアルフレッド王ではなかった。
「あなたが呼んだの?」
「左様。人間界には珍しい、暗黒の力を感知したのでな。お節介を焼いた次第だ」
灰色のローブを着込んだ、長身の魔導師だ。
凄まじい魔力を隠し持っているらしいことだけは分かる。
後ろでまとめて結んだ長い黒髪が中性的で、とても美しい人物。
「帰らせてくれない?」
「現実が辛いのではないのか」
「……」
「大きな力に押しつぶされて、抗う気力さえなくしている、のではないか」
「あなたに何が分かるの……私の何が分かるっ!?」
いつの間にか握り込んでいたナイフで斬りかかる。
素早く眼を守った腕を斬りつけたが、血の一滴も流れて来なかった。
「他者を攻撃せねば心を保てない。懐かしき想い人の記憶に頼らねば生きる気力も保てない。
手を差し伸べられたいのに、それさえも怖い。
――貴公を責めるつもりはないが、余は間違ったことを言ったかね?」
「……くッッ!」
ナイフを捨てる。
まあ夢なんだから落ち着けよ、とおどける魔導師に渋々従い、切り株に腰を下ろした。
「何の用なの」
「お節介を焼いてみたのだと言っただろう。悩みがあるなら話してみるがよい」
「どうして、名前も知らないおっさんに」
「余はおっさんではない……部外者だからこそ話くらいは聞けると言っているのだ。
年長者の言う事は聞いておいて損はないぞ」
周りにロクな年長者がいなかったことを告げると、
「これからは、そうではないかもしれないではないか」と開き直られてしまった。強かな男だ。
その無神経な前向きさが腹立たしかった。
話を聞いたうえで何とかしてやるとでも言うつもりならば、ぜひぜひそうして貰おうじゃないか。
娘は訥々(とつとつ)と、父親の抱いている国家転覆の野望や、
幼少から受け続けている虐待や折檻について、かいつまんでは語った。
魔導師は静かに聞いていたが、虐待の話になると赤い目を光らせた。
「人の親を名乗るには少々、問題の多い父君のようだな」
「懲らしめてでもくれようっての? はっ……『勇者』でもあるまいし、
物好きで言ってるんなら勘弁してよね」
「そのままでいれば気が済むのか」
「何ですって?」
「恩人に恩を返すこともできず、殺されたいだの殺したいだの願っているだけで……、
親にもふさわしからぬ屑に逆らおうともしないまま人生を消費していいのか、と聞いている!」
魔導師は怒っていた。
お前の代わりにそうしてやるのだと言わんばかり、分かりやすい義憤ではあったが……。
父を屑と断じた口調は何とも心地よいものがあった。
こう感じるあたり、心がまだ子供なのだろうなとも思うが。
「これは、やっぱり夢なのね」
「なぜ、そう思う」
「私に都合が良すぎるもの。救済者が他所から現れて、手を貸してくれて、現状が良くなるだなんて」
「ご都合主義が嫌いならこのまま帰る。現状を変えたいなら、起きてすぐに手を叩け。三度だ」
ちょっと考えるわ、と応じると、直ちに白昼夢は終わった。
2019/8/20更新。追加エピソードと改稿作業の一環です。




