中編(2)/魔王暗躍(2)
「大事ないか、クリストフ殿」
魔王は自身が持つ天然の結界を意識的に強め、地上のボロ屋敷の音と光景を、
“彼ら”から完全に遮断した。「無茶をしすぎだぞ」
「なんとか大丈夫」
「な、ワケないよね。骨が折れてるよね。肺なんかに刺さってるんじゃないの、姉さま!?」
「うぅ……反論できない」
ニーナが怒りの気炎を燃やしながらクリストフの後ろに座り、背中に触れている。
普段はゆっくりとした話し方をする無口な娘だが……激情のために釣り上った黄金の眼には、
龍の瞳孔が浮かんでいる。これは相当に怒っている合図だ。
あいつも本気で怒るとこんな感じなんだよなぁ――と、スゴロクは冷や汗を浮かべながら眺めている。
異母妹のシェリーは彼よりも龍の血が濃い。
淑やかで優しく、楚々とした佇まいながら、身の内には熱い激情と情熱を秘めている。
色々ひどいことになるのが本能的に分かっていたから、今までに一度も兄妹ゲンカなどしたことがない。
さておき――ニーナたち金龍族の放つ気炎は、生命力そのものだ。
血など飲もうものなら、不老で無敵などという反則が実現できてしまう。
「勢いあまって血まで飲ませるなよ、ニーナ。姉上の存在が変わる」
「そうなったら、わたしが責任とるよっ!」
これこそ勢い余った大胆発言であった。
10に満たぬ幼い娘が、なぜここまで『姉上』に愛情を示し、執着するのか。
それこそが自らにもたらされた奇跡であることを、クリストフはまだ知らない。
「……ごめん、ニーナ」
「二度とないからって……お父様の好きにさせてあげるんだって言うから、黙って見てたわ。
限度ってあるでしょう、こんな怪我してまで……!」
「私が……しなきゃならないこと、だから」
今さら暴力の衝動を少し満たしてやったところで、彼がこれから辿る道を変えることは不可能だ。
スゴロクにも。魔界十傑同盟の盟主、ガイウスにも。
「お父様のため?」
「ううん」
「じゃあ、全部が王様のためなのね」
「うん。姉さまはね、あの方が……アルフレッド様のことが、好きなの」
ニーナの全身から放たれていた激しい気炎が収まって行く。
「ずっと?」
「ずぅっと、前から」
会いに行きたいな……と言う呟きを、スゴロクもクリストフも聞き逃さなかった。
「行くか、ニーナ。まだ好機はあるぞ」
狂言暗殺の多数の『被害者』は傷を癒し、密かに反撃の体勢を整えている。
暗殺組織の人員たちも、魔王の隠ぺい工作のもとで、続々と国王側に寝返っている。
アルフレッド王の攻勢が始まれば、彼とゆっくり話すヒマなどないだろう。
「剣とか、置いて行っていい?」
「持っておくべし。何人かで行くつもりだろうが、そなたの見かけではまず腕前を信じてもらえん」
とはいえ、クリストフからも目が離せない。手負いのまま放っておけばどんな無茶をするか知れぬ。
ここはニーナの判断と行動力を信じるしかない。
「スゴロクさまったら、わたしたちの心配ばっかり」
「性格だ。ちなみに改める気などまるでない」
ニーナの笑いが収まるのを待ってから、魔王は転移魔法を行使した。
2019/8/29更新。




