中編(1)/魔王暗躍
大規模な暗殺事件を受けて閑散とした黄金要塞の様子を、
スラム地区の地下から眺める、ふたつの眼があった。
ジェノク=スチュアートである。
美男子で有名だった彼も、すでに50を過ぎた。
どういうわけか日に日に若返り、青年のような容貌を得ても、
その身体のあらゆる力は恐ろしい速度で衰えていく。
命を賭けると宣言した彼の娘が、その任務に失敗してなお生き戻って来た。
約束を違えたからと理由をつけて、鞭で散々に打った。
涙を流して苦痛を訴える様を見るのは楽しかった。取りすがろうとするのを蹴った。
何度も何度も、何度も蹴った。
すぐに息切れして、残念ながら楽しい時間は終わってしまう。
それでも小柄で華奢な娘は血を吐き、ひゅうひゅうと息をしながら這いずって拷問部屋を出て行った。
次こそ殺してやると宣言したが、ナメクジのようなその背中に届いていたかどうか。
「愉しそうですな、卿?」
コルトシュタイン貴族の中央で活躍していた輝かしい時代の敬称を呼ばわる声に、
かすかに頷いてみせる。大きくよく通った声はずいぶん前からあまり出なくなっていた。
娘が連れ帰った、名も知らぬ客人。
スチュアートは特段、彼に関心を持つ事はない。
博識で弁が立つ、美形の極みのごとき魔導師が勝手に喋るのを聞いているのはしかし、
悪い気はしなかった。
彼は両性愛者である。
若い頃、それこそ命がけのつもりで求愛したたった一人の女性が、
すげなく自分を振って白馬の王子のもとへ行って以来、女性を真に愛することは出来なかった。
何人も愛人を囲い、子をなしてみた。
男系で続いて来たスチュアート家だったが、生まれてくるのは女の子ばかりだった。
うるさく後継ぎについて喚く本家とは、とっくの昔に絶縁された。
コルトシュタインの前国王ウィルフレドの陰謀でねつ造された贈収賄事件に遭遇しても、
助け船どころか1ゴルト銅銭さえよこさなかった連中だ。
こちらから縁を切る手間が省けて、随分とすっきりしたのを覚えている。
「卿は、他者を虐げる趣味をお持ちだな」
事実だ。彼も認めるところだが、改めて事実だけを指摘されると、いい気分はしなかった。
文句があるのかと視線で問う。
「特段、ない。それよりも……ご気分はいかがであられるか?
貴殿の憎んだ黄金要塞は今、貴殿の作り上げた組織によって、風前の灯火となった。
先の王と話す機会を得たが、随分とお嘆きでいらした」
ジェノク=スチュアートは口の端を歪めて笑った。
憎い憎い相手が嘆いている、それを聞いただけでも心が晴れやかになって行くようだった。
「満足してはいない。違うかね」
大きく首肯した。
まだ足りない。コルトシュタインと、貴族院と、ウィルフレドに関わる者はすべて憎い。
恐怖と苦痛と恐喝で隷属させている最も弱い子に、王の暗殺を再び命じよう。
失敗すれば殺す。
もし成し遂げたとしたら……そうだな。
一丁前に恋していた王の骸を前に絶望する姿を眺めてやるのもよい。
「そのおつもりがあるなら、あの娘をああまで追い詰める必要はなかった。
傷を癒す時間でも与えてやらねば、成果は上がりませんぞ」
残虐なもと貴族は、渋々ながらも頷いてみせた。
2019/8/28更新。




