前夜(3)/悪夢
黄金都市から見て北西、金山のふもとの小さな街。
土地の一部を手放したために狭くなってしまった敷地には古い屋敷が残っている。
枯れた井戸の先、魔法で掘削し空間を歪めて広げた地下には父が作り上げた組織のアジトがある。
最近はほとんど行かなくなってしまった。
不本意ながら熟達した暗黒魔法を用いれば、娘の仕事は誰にも会わずに済む。
暗黒魔法は人間の魔法抵抗力では防げない。
すぐに効果を発揮するから、今頃は拷問みたいな訓練が始まっているだろう。
だから娘が現場に赴くことはない。
屋敷に引きこもっていれば、妄執に狂った父の顔を見ないで済む。
楽しそうな副官の、歪んだ笑顔を見ないで済む。
さらわれて来た人たちの、感情を失って暗く沈んだ顔を見ないで済む。
きっと……もう、人間ではなくなってしまった。
父も、部下たちも。自分自身も。
寝返りを打つ。暗黒魔法を行使したあとは特に体調が悪い。
窓の外に見えるのは金山と、金鉱石を加工する作業場の煙ばかりだ。
自分の失敗をコルトシュタイン王家の陰謀だと未だに思い込んでいる父は、
あれを王家を富ませる為だけの仕事だと言う。
父もとっくに心を病んでしまっている。
貴族らしい責任感も、まっとうな思考も大局観も、大事な物をすべて捨ててしまった。
いつからだろう。父は全く眠らず食事を摂らない。死なないどころか若返り、生き生きして見える。
誰の意志も響かず、言葉も愛さえも届かない。
逃げて逃げて、人間らしさを放棄して――その境地にまで逃げおおせたのだ、父は。
「……」
仕事が終わったら、ベッドに伏せて無駄に過ごす。
身体は内側からおかしくなっている。父と同じく、食事を摂らなくても生きられるようになった。
咳きこむ。
貴重な薬がもう切れてしまった。
それはそうだ。
病原体から力を引っ張り出して、現代人には扱えるはずのない魔法を使うのだから。
誰も自分を責めることは出来ない。
自分自身、以外は。
彼に殺されてみたいと思う。
王の目の前に現れて剣を向ければ、あっという間に討たれるだろう。
寄宿学校の学友だったと知らせれば、涙の一つも賜れるかもしれない。
眠ろう。そんな夢が見たい。
すぐに目が覚めた。
額から垂れてくるほど寝汗をかいている。望みとは真逆の夢を見てしまった。
彼の胸に剣を突き立てた。
肉を貫き骨を砕き、心臓を抉る。
青ざめた動かない唇をふさいで、それから自分の胸にナイフを。
こんな夢がもし本当になってしまったら……。
首を振る。
頭の中で自分をあざ笑う憎たらしい蝶々の声が聞こえてくるようだ。
「アルフレッドさま」
その人の名を口にする。
一年前の戴冠式を思い出す。
遠目に見た王は美しく、希望にあふれた若者となっていた。
想像通りのまぶしい彼の姿が、今もなお焼き付いている。
あっという間に手の届かないところへ上ってしまった、初恋の人。
「…たす、け……」
涙がこぼれた。もう枯れたと思ったのに。
クリストフは、いずれ目を潰してしまおうと思った。
2019/6/7更新。
2010/6/24更新。加筆しました。
2019/7/5更新。




