前編(11)/開演(3)
「蚊でも止まっているか」
「あり得んだろ」
魔王が無意識に展開する防御結界は、そこらの戦士や魔導師では歯が立たない。
つくづく、このような人物が自分たちのために忙しく動き回ってくれていることが未だに信じられない。
少し思い切って、何故だと訊いてみた。
「クリストフ殿にこちらから呼びかけたのが始まりだ。
この平和な時代に暗殺云々を企む人々に興味があった。彼女も生きるのが辛そうだったしな」
「分かる気がする」
同情を誘っているわけでは全くないのは分かっていたけれど、それでも何となく、
守ってやりたくなるような雰囲気を、クリストフは昔から持っていた。
友達少ないレオンも自分から気にかけていたくらいだ。
アルフレッドが私費で難病の薬を調達してからは、体調の面では随分と楽になっていたようだった。
「まあ、小さき者に先を越されていたんだが……この先はいずれ彼女に尋ねてみるといい。
勝手に明かしたとバレたら、細剣の冴えを味わわされてしまいそうだ」
忙しいので失礼、と姿を消した魔王を見送って、執務室に戻る。
思わず長い道草となってしまった。
仕事机の上には書類がたんまりと積み上げられている――決してこれらから目をそらしたかったわけではない。
事務畑に転属したリチャード=ケネスとエリシヤ=レングズに、調べ物をするよう頼んでおいたのだ。
捕縛して欲しいと頼まれて引き受けたはいいが、アルフレッドはジェノク=スチュアートについてほとんど知らない。
父は様々な理由から勝手に失脚していった家臣たちのことを何も話さなかった。
敵を知らねば動き方も限られてくると言う事で、
城じゅうの記録という記録をひっくり返してもらったわけだ。
エリシヤが丁寧に付箋を貼った部分に目を通していく。
そういえばもうすぐあの二人の挙式だな、とかの他所事を考えながらも、
これから真に相手取るべき人物を細かく把握していく。
父の治世の中盤に議会の要職を務め、国を挙げた下水道整備事業に熱心に取り組んでいたとある。
かなりの野心家だったようで、自分の派閥を増やすべく多数の工作を行った形跡もある。
力を傾注していた事業に絡む贈収賄の嫌疑をかけられ、反証できぬまま議会の職を追われた、
というリチャードのレポートが正確ならば(そうでなかったことなど一度もないが)、議会や国を恨んでいても当然だろうと思われた。
王家の人間の暗殺を画策するようになるまでには、もう少し決定的な何かがあったのだろうと想像するが、確証はないし、今気にしても仕方のない事だと思う。
アルフレッドは白紙の束を用意して、詳細な手紙をつづる。何枚も、何枚も。
自ら信を置く人々以外にも、『狂言暗殺』への協力を改めて要請すべきだと思ったからだ。
荒っぽい方法で行う事になるから、後々の裁判のことなども重々考えておかなければならない。
休む暇はないが……昔から頼られて来た身としては、久しぶりの彼女の頼みごとを無下にする気など毛頭ない。全力を以って応えるのみである。
2019/8/26更新。




