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前夜(2)/沈思

男として名付けられ、育てられた。

6歳のころ、激しい咳に襲われるようになった。昼も夜も続き、不眠と情緒不安定に陥った。

母は父の女中で、娘が生まれてからも仕事を続けていたが、この時は雇い主の言葉を無視して診療所へ連れて行ってくれた。

にこにこと応対していた不真面目な医師が、大真面目に言った。

他人に感染はしないが根治の方法はなく、徐々に進行していくと。

後継ぎの男子を熱望していた父には、その頃からすでにないがしろにされていたと思う。

病が発覚して、子を産み育てるのは難しいとの診断もついた。

「お前は要らない」と宣言された。

王立学校の寄宿舎へ、押し込まれるようにして入った。

アルフレッド王子と出会った。

よほど悲しい顔でもしていたものか、

「何か困っているのか?」

と声を掛けられた。

病気の話は包み隠さずできた。

彼の魔法学の家庭講師をしていた魔法医師に診てもらった。

魔界の病原体を抑える薬は少量で年単位の薬効を発揮するが、馬鹿みたいに高額だ。

アルフレッド様が貯めた私費をばたいて買ってくれた――「王族の特権さ」と笑っていた――薬は普通の生活をもたらしてくれた。

卒業までの時間は、遠くから王子を見ているだけで幸せだった。

部下としてお仕えしてみたいとは思っても、お傍にありたいとまでは思えなかった。

失脚した臣下の不出来な娘だ。そんな資格はない。

咳の気配が戻ってくる。まずい。

娘は慌てて半身を起こし、ふたたび意識を集中させた。

『……、……。…――』

この日初めて喋った音は、意味も分からないささやき声。

娘はいつの間にか、学んだことすらない言語を自在に操れるようになった。

それまでは関心を示してこなかった父は熱心にこれを調べた。

暗黒魔法の行使に用いる人工言語だということを突き止めた。

おそろしい古代の魔法が扱えるようになったことで、国王暗殺の任務のほとんどを任された。

貴族の末席にあったことや事業に失敗した顛末をその時に細かく聞いたが、

とにかく王家が憎くて憎くて仕方ないんだな、という程度の理解しかなかった。

命令に従わなければ何をされるかわからなかった。

勇気も若さも捨てて保身に走り、命令に従っている。

魔法医師の言葉を思い出す。

魔界の病原体は、蝶々の形をした小さな魔物なのだという。

弱い生き物に寄生して内側から喰らい、身体を乗っ取ってしまうという。

家の経済力では、これから薬を飲み続けることはむずかしい。

自分が死ぬのが先か、それとも父の悲願が達成されるのが先か。

本当なら命を賭けて父を説き伏せ、部下に厳命して暗殺の実行を諦めさせる。

下賜かしされた恩に報いるには、それしかない。

でも。

父から悲惨な折檻を受けて殺されるか、病気で死ぬかを選べと言われたら……後者を選ぶ。

彼をずっと見て来たのに。ずっと見ていたのに。

王になられたアルフレッド様は、領民の事を一生懸命考えてくれるのに。

自分は自分の事と父の事で頭がいっぱいだ。

許されるなら、ずっと……、

あのひとのことだけを考えていたいのに。

2019/6/5更新。

2019/6/24更新。加筆しました。

2019/6/25更新。加筆しました。

2019/7/5更新。

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