前夜(11)/黎明(3)
クリストフはまず、50人近くいる組織の人員に施してきた洗脳を、
誰にも気取られぬように解除する事から始めた。
暗黒魔法による洗脳は同系統の魔法体系の中で最も強度が強く、
意志だけでなく痛覚や食欲、感情など、人間らしさのすべてを休眠させるか奪い取るものだ。
人員を集めたはいいが、食べ物の配給もろくにできないから、
父は食事や睡眠をとる必要もない、人形みたいな手駒を欲しがっていたのだろう。
暗黒魔法の熟達者は、組織でもクリストフだけだ。
自ら施した洗脳を解除するのは簡単だった。信じられないほどに。
もちろん、反発する者や逃亡する者が多くいるだろうと覚悟しての行動だったが、
離脱しようとする者は誰ひとりとしていなかった。
「こうなったら最後まで付き合う」という意見が人員の大半を占めていた。
……ますます、父という人間が分からなくなってくる。
考え始めたらキリがなくなりそうだったので、洗脳の解除に3日ほどをかけてからは、
父に宣言した通り自ら訓練を施していく事にした。
コルトシュタイン王立学校の優れた講師陣が、どういう講義を施していたのかを思い出して、
メニューを組み立てては実行してもらった。
ここだけ見ると、普通の学校の鍛錬の授業のようにも思えてしまうから面白い。
学生時代の思い出を辿ると、ほとんどがアルフレッドか、
彼の親友で同じく学友だったレオニュディース=ケネスに行きついてしまう。
彼らに頼り切っていたという証拠だ。自分の足で立とうともしてこなかったのだろうか?
「姉さま」
後ろ向きな考えを起こすたびに、常に一緒にいるニーナが声を掛けてくれる。
大丈夫だ、と言って、膝の上に座った娘の頭を撫でる。
「懐かしい時のことを、思い出していたんだ」
「姉さまの邪魔をしてしまいました」
「いや……また頭が止まりそうになってた。助かったよ」
考えを、行動を、止めるわけには行かなかった。
ここのところ誰にも姿を見せていない父は実質、組織に関わっていないも同然。
この組織の頭領は、不本意ながら自分だ。
もう、謎の魔導師に入れ知恵されたから、というのではない。
自分の意志で、力で、行動で、他に行き場もない彼らをまとめ上げて、
王に甘えるのではなく、彼と対決することで組織の者らの腕前をご覧いただく。
あわよくば、召し抱えて頂きたいのが本音だが、
芝居とは言え貴族階級の人々に刃を向け、確実に傷つけることになる。
それによって受ける罪咎は、非常に大きい。
自分一人で贖えるものではないだろう。首を刎ねられても文句は言えない。
だからと言って、命を賭けて挑む自分に、陶酔しているわけではない。
最優先で考えるべきは、罪もない組織の人間のこと。
口減らしのためにと父に差し出されて来た、年端もいかない少年少女だって多いのだ。
教師役をしているから、そこそこ慕われてもいる。
もう、自分一人のために動くわけには行かない。
クリストフは決意を新たにして、指名してきたブルーベルとの手合せのために立ち上がった。
2019/8/22更新。




