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前夜(10)/黎明(2)

ニーナは身じろぎして身体の向きを変えると、

ぐずる幼子をあやすように、クリストフの髪を撫でた。

それだけで、すさんだ心が落ち着いてくるように、クリストフには思われた。

「すごいね、ニーナは……」

父など大嫌いだ。それは変わらない。

けれども、もう少し、父のことを考えてあげたいと思った。

もう父自身のこともよく分からなくなってしまっているのかも知れないと思うと、

急に憐憫れんびんの情が沸いてきた。

せめて自分だけでも、彼のことを、彼の愚かさを、覚えておかなければならないと思った。

父はかつて、コルトシュタインの議会に勤めていた。

先王ウィルフレドに取り入ろうという野心とともに、金山に並ぶほどの利益を見込んで、

上下水道の公共事業に熱心に取り組んだ。

志半ばで失敗して国庫に大打撃を与え、激怒した議会に職を追われて下野した。

その一連の騒動は、彼がそれまでに何人も作り、難癖をつけては捨てていた愛人たちが、

悪人を騙すプロの詐欺師さぎしに依頼してでっちあげた贈収賄事件なのだと、

もっぱらの噂だったらしい。

暗殺組織を立ち上げるにあたって細かく聞いたはずだが、何故かあまり正確には覚えていない。

とにかくこの国と、王家が憎くて仕方がないんだな、

というような理解しかなかったように思う。

想いを理解する事すらできなかった自分には、今の父を責めることなどできない。

父は……可哀想なひと、だ。

誰にも責められない暗闇から人を責め続け、

生きたまま魔物になってしまったかのように、生きている。

彼という人間を心の底から愛するラルフが、一番近くで忠実に仕えていると言うのに。

明るい兆しの方に歩けば、あたたかい存在が待っているかもしれないのに。

そうすることもできない悲しさに、気づくことすらできないのだ。

クリストフは、意味もなく、腕の中の娘に呼びかける。

無口な性質なのか、慰めも励ましも口にする事はない。

けれど、分かる。

この子は多分、自分の為に来てくれた。

そう思った。そう思えた。

あれほどしつこく胸を締め付けてきた激しい咳が、この子を抱いているだけで治まっている。

「お前は……私の運命を変えに来たのか? 私に新しい運命を、届けに来たのか」

まさかな、と思いながらも、どうしても尋ねたくなった。

金龍族は魔界でも希少な種族だと聞く。

魔族の君主たり得る『ロード・ドラグーン』に次ぐ力を持つと言われる彼らは、

魔法を用いて召喚でもしなければ、人間界に現れることなどあり得ない。

「そう。クリストフ姉さま。……あなたが、わたしを呼んだの」

「私が……そうか」

「私を助けて……、お父様をたすけて、って。ちゃんと……、聞こえていたのよ?」

疑念はなかった。

彼女が言うなら、そうなのだ。

「ちゃんと来られて、よかった。他にも味方してくれる人たちがいてくれて、良かった……でも」

「ん?」

「白い馬には、乗ってこれなかった。わたし、王子様でも、なかった……みたい。ごめんね」

クリストフは久しぶりに声を立てて笑った。

腕の中で照れ笑いするニーナを、思い切り抱きしめた。

2019/8/21更新。

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