表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/63

2話-1 hymn for humans

お待たせしました。

何度でも言います。

お待たせしました。

ー1ー


その日、森は動乱に襲われた。

1人の偉大な支配者によって安寧を約束されたはずの楽園は一瞬にして災禍に呑まれたのだ。

森に住まう動物や妖精も、そしてその地を護り続けてきた守護達も皆、災厄から逃げ惑う。

そしてそれは、弓を抱え中心に向かい走る彼女も例外ではなかった。

守護になってから、つまりこの地に支配者が訪問するよりも前から今まで目の前の外敵から逃げ出したことなど一度もなかったが、今はまるで逃げ慣れた草食動物の如く、脅威から必死に逃げ続けている。

しかし彼女は、ただ恐怖に支配されて逃げているわけではなかった。

もう一度、迫り来る脅威を目に映す。

奴は一目散に彼女に向けて走ってきていた。

標的は自分で間違い無いようだ。

ならば、自分が追われている限り他の住人、彼女が守るべき者たちに被害が出ることはないだろう。

「よし。このまま…このまま逃げ続けられれば。」

そう言いながら、しかし何処かでそれが叶わないことを彼女は知っていた。

地の利のあるこの森の中であっても敵の方が速い。どうやっても追いつかれる。

ああ、せめて自分がやられる前に全ての住人が避難できますように。

そう願いながらただひたすらに走る。


後ろで遠吠えが聞こえた。


ー2 数刻前ー


「何かすることはありませんか?」

夜乃はそう尋ねた。

ここに夜に着いてから既に2日程経った。無理難題を押し付けられるのではと不安がりながらも、超常現象に出会えるという期待に胸を膨らませていたのは始めだけ。私をここへ連れてきた当の本人は、〆切が近いと家に入って早々に書斎へ篭ってしまった。

1日目はふらふらと家の中を探索して、時間を潰していたが…いや1日かけないと周りきれない程に館が大きかったことにも確かに驚いたが…それでも2日目にもなると、流石に飽きが生じる。

思えば、昔から何かしてないと落ち着かない(たち)なのだ。

そんな私が書斎に突入するという強硬手段に出るのに、さほど時間はかからなかった。

「何かすることか…。正直なところ、特にないんだよね。」

「じゃあ私を呼ばないでくださいよ。何か頼みごとがあるっていうことで、私はここに来たんですから。」

「〆切を忘れてたんだ…。」

そう言う彼女の目は怯えた子犬のように、私に対して嘆願を乞うていた。

よく見れば目の下に濃いクマが出来ている。帰って来てから今まで一睡もしていないのだろう。

「吸血鬼にも睡眠って必要なんですね。」

私はしみじみとそう呟いた。


「いや、要らないよ。」

「え?あれ?でも目の下にクマが…」

私は目の下のクマを指差す。

すると、彼女は机の引き出しから黒いペンを取り出した。

「ああ、これは精神的に疲れているというアピールをして、同情を買おうと。」

「ややこしいので止めてください!」

暇じゃないんでしょう、と私は叱咤した。


ー3ー


「あ、じゃあ家の周りの森を探索してみたらどうだい?」

洗面台にペンのインクを落としに行った彼女は、帰り際に私にそう提案した。

「森ですか?森林浴も楽しそうではありますけど。」

だがまあ暇つぶしにはなるかと、ドアに向かって歩き始めたところで彼女はニヤリと笑った。

「おいおい、まさかあの森がただの、何処にでもあるような木の集合体と同じだと思ってるのかい?」

実に思わせぶりな表現である。

私は振り返った。

「何か秘密でも?」

彼女はなおも笑っていた。


「妖精の森なんだよ、あそこはね。」


ー4ー


私は、まるでおもちゃを買い与えられた子供のように目を輝かせた。

「そんなところがあるんですか⁉︎」

「勿論だとも。俗世には俗世の、浮世には浮世の生き物が棲むものだろう。」

どうやら嘘でもないようだ。

私は居ても立っても居られなくなり、とうとうドアの取っ手に手をかけたところで…

…しかし彼女の制止が入った。

「待ちなよ。急いだって別に森は逃げないさ。それにね…」

そこで言葉を止め、彼女は少し崩していた着座姿勢を整えてから続けた。


「…ここは浮世なんだ。夜乃、君を守る法も秩序も此処には存在しないんだぜ。」


瞬間、心臓が何かに貫かれたような錯覚に陥った。

背筋が凍る。ドアノブが汗で湿っていた。

そんな様子を見ていた彼女は、また姿勢を崩した。

「ああ、すまない。そんなに怖がらせるつもりはなかったんだ。」

そう言ってキーボードから手を離し、私に向けて4本の指を突き立てた。

「一応、僕はご両親から君の身柄を預かっている立場だからね。とりあえず4つ程の守ってほしいルールを言っておこう。」


ー1.住民のテリトリーは荒らすな。

彼らと僕はあくまで手を組んでいるに過ぎないんだ。完全な従属関係にはない。

それに彼らは孤立主義なんだ。僕が立退かなくちゃならない可能性もある。住民の機嫌はあまり損ねないでくれ。

ー2.浮世の奴らに興味本位で手を出すな。

大抵の奴らは君との共生を図らない。

君の薄い吸血鬼性じゃ自衛の手段も乏しいだろう。

「触らぬ神に祟りなし」ってやつさ。

ー3.こっちで会った人間とは関わるな。

大体、この世界にいる人間なんて碌な奴がいないからね。

特に「解放」とか叫んでる奴らには絶対に近づくなよ。

…ああ、君のことじゃないぜ。そう落ち込むなよ。


「別に気にしてませんよ。」

私はそう答えた。

言葉の綾も分かっているつもりだ。3つ目のルールは私を指したものではなかったのだろう。

「そうか、なら良いんだが。」

だが、彼女はなおも申し訳なさそうにしていた。

あまり気負わせても酷だ。

「それで?4つ目は何なんですか?」

私はそう尋ねた。

なぜなら話が変われば、さっきのことを気にすることもなくなるだろうと思ったからだ。

しかし予想に反して彼女の顔は晴れず、それどころか気まずそうな表情をした。

「実のところ4つ目は、努力すれば避けられるような事案でもないんだ。」

そんな言葉ともに彼女は4本目の指を折った。


「『メアリー・スー』には気をつけろ。」


ここに出てくるルールは今後の話にも影響してきます。

見返しに来てくれたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ