5話-5 さあ、共に行こう
ついに新年度が始まりました。
投稿ペースは大体このぐらいになると思います。
ー6ー
開幕の3時間前。しかし、辺りは今まさにショーが始まったかのような喧騒と熱気に包まれていた。周りを見回しても人、人、人。これからここに入っていくのかと思うとやはり憂鬱になる。
「おい、お前ら。俺たちはこっちからだぞ。」
しかしライト、もとい狼男はおそらく職員用であろう小さな扉を指差してそう言った。
「へえー。あんな人混みに行かなくて良いなんて、色々と特典があるもんなんだな。」
陽子は上機嫌で彼の後をついていく。
白はそんな2人をじーっと見つめていた。
「陽子さん、あんな上機嫌で。あれこそまさに恋ってものなんですね、夜乃。」
「……白って意外とミーハーなんだね。」
初対面の真面目な印象からの乖離に、夜乃は少々戸惑った。
「妖精として守護をしていた時は、こんな自由はありませんでしたから。毎日が新鮮で楽しいです。」
「…………そっか。」
しかし笑顔で話す白を見て、夜乃は人を第一印象で決めつけることの愚かさを悟った。
一時はむりやり白を森の守護者として役割から引き剥がしてしまったことに対してこれで本当に良かったのかと迷っていたこともあった。しかし、こうして今を楽しんでいる彼女を見ると、いくらかその不安が晴れていくのを感じる。
「じゃあ、今日は思いっきり楽しもうね!白!」
夜乃もまた笑顔で白の手をひいた。
だが、残念かな。
前を行く陽子とライトに追いつこうとする夜乃は、後ろで頬を赤らめている白の様子に気づくことはなかった。
ー7ー
「お前が、世界……なあ。」
友人は男の発言への驚きを、しかし笑みをもって迎え入れた。
「互いにとって利益の出る取引だと思うのだが。」
「ほう?じゃあ俺にとっての利益ってのは何だ?」
彼は未だに笑みを崩さない。余裕を見せつけるように、また手元のコーヒーカップを口元へと持っていく。
「財団の理事になること。」
だが、男のこの発言についに彼は口元の一寸手前で手を止めた。
「今の財団は5人の理事の決定に基づいて動いている。それぞれの席には各業界のトップがいる。」
鉄鋼生産と自動車等の機械製品の生産をほぼ全て牛耳る鉄鋼王。
世界のほとんどすべての銀行及び保険の元締めである金融王。
石油をはじめ多くの資源の利権を独占する石油王。
世界各地への情報網を持ち自由にコントロールするメディア王。
製薬や食料品の生産開発をはじめ小売店業にまで手を伸ばす化学王。
かつて世界の富の9割以上を独占していた各業界のトップたちが『異形』という存在に更なる利益を見出し作り出した機関、それこそが異形管理財団なのである。
各国首脳会議や国連総会の決定よりも、財団が秘密裏に決めた取り決めの方が効力を発揮する。そんな嘘のような本当の話が罷り通るまさに世界の頂点。
だがしかし、ここに属することなく急激に勢力を拡大する集団があった。終戦時、日本で次々に解体される財閥の中で、しかし誰にも見つからぬよう財を秘匿し、その後開発された初期のコンピュータにその財の全てを注ぎ込んだ極東の一族。その創業者一族は孫の代で遂に世界の富のおよそ20%以上を占有することにしていた。
「その有り余る資産でもって財団理事の一角を追い落とす。未だに君はその野望を捨ててはいないのだろう。」
「当然だ。どの一角を落とすのかも明確に決まっている。」
「参考までにそれはどこだったかな?」
「言わずともわかるだろ?」
彼は手に持っていたカップを机に戻してから、再度口を開いた。
「メディアだ。」
「奴らがメディアのIT化を渋る間に、インターネットメディアのほとんどをこちらで独占できた。資産も影響力も今は俺たちが圧倒している。」
「足りないものは?」
「軍事力。」
即答だった。
「新聞メディアの歴史は17世紀だ。それ以来、奴らは今日に至るまで凄まじいほどの資産を蓄え続けている。法律のあまい時代に自分たちの私兵を集め、それを今でも抱えているわけだ。ぽっと出の家じゃあ到底敵わない。俺が理事に名乗りを上げれば、その軍事力でうちの企業は全て火の海だ。」
「それなら、今すぐにでもメディア王はお前の企業を襲撃すれば良いのでは?」
「俺の企業のサービス停止は世界中の停止と同義だ。そんなことをすれば、他4人は大損害を被る。メディア王は消されることになるだろう。安易には動いてはこないさ。」
表には出せない、かつ安易に動かせない軍事力。その制約により今の表面上の平和は保たれているということだった。
「しかし、どうせ死ぬなら別ってことかな。」
「そうなるな。」
それもまた真だった。
「実際表には出ない小競り合いは何度も起きている。情報はこちらの技術で抜き取られないように保護できているが、一度として追い返せたことがない。支部は既にいくつか潰されている。」
「ニュースでは見たことがないな。」
「そりゃそうだろ。メディア王だぞ。」
男は改めてその権力の強さに閉口せざるをえなかった。
「俺が理事になるには軍事力の確保が急務だ。」
マスメディアのほとんどを掌握するほどの企業が持つ軍事力。それに匹敵する軍事力は一体どれほどのものか。
「一国の軍隊に匹敵するほどのものが必要だな。」
男は頷きながらそう言った。
一方で、特に驚きもせずに平然としている男に対して、友人は疑問を呈した。
「何かあてでもあるのか?」
男はまたも頷く。
「ああ、ある。」
「なんだ?それは。」
「『異人』だ。」
その言葉に彼は一度耳を疑った。それは何度も彼自身の頭をよぎったことだった。だが、あり得ないと一蹴してきた。なぜならそれは、それが意味することとは、すなわち……
「娘を利用するっていうのか!?」
そんな荒ぶる彼の言葉に、しかし男は冷静に反論した。
「いや、しない。」
「…………?」
彼は疑問に思いながらも、男の言葉に耳を傾けた。
「私は前々から考えていたんだ。娘がなに不自由なく過ごすのになにが必要なのか。どんなに装っても人は『異人』を排斥する。娘は人には受け入れられない。ならば誰になら受け入れられるのか。いや、『ナニ』になら受け入れられるのか。」
それ以上言葉はいらなかった。
「『異人』のコミュニティを作るってことか。」
友人の言葉に男は笑みを返した。
『異人』は『異人』にしか受け入れられない。逆を言えば、『異人』なら『異人』を受け入れられる。彼らの中でなら娘はいつも通りに暮らせる。
「彼らは一人一人が凄まじい能力を持っている。コミュニティを守るためにその集団は強力な軍事力を持つだろう。」
「後ろ盾に俺がいれば、そうそう手は出せんな。」
「君が財団の理事になればより一層安全に活動ができる。」
面白い案だ。彼は興味深くその案を受け入れた。だが、同時にその案の問題点を冷静に見出した。
「問題点が2つある。」
「聞こう。」
「1つ目は『異人』が軍隊化することへの世論の反応だ。そんなものが世に知られれば『異人』迫害は勢いを増すことになる。基盤が出来ていない今の段階では、最悪民衆の暴力にこの案自体が潰されかねない。」
「それなら表向きは別の目的で設立したとすれば良い。最終的に『異人』が人々に受け入れられるように、活動していくつもりではあるからね。」
「何をするかは?」
「決まっていない。」
彼は呆れたように男を見つめた。
だが、そんなことを気にすることもなく男は話を続ける。
「それより2つ目は?」
「『異人』を探す過程でお前の娘の能力を使う必要が出る。その場合、娘が表に出てくるわけだ。間違いなく命が危険に晒される。守り切れる保証はないぞ。」
友人の忠告に、しかし男は取り乱すこともなく答えた。
「ああ、それなら問題ない。」
「…?それはどういう……」
瞬間、轟音が上から鳴り響いた。
店の入り口が爆破されたのか、上で争いが起きているのか。兎角その衝撃は地上と厚く隔てられた地下にまで伝わってきた。
「な!?もう襲撃だと!何故こんなにも早く情報が漏れてんだ!?」
焦る彼に、なおも冷静に男は答えた。
「私が情報を流したからだ。」
「はあ!?」
怒りを滲ませた声が男に突き刺さる。
「一体どういう理由だ!?」
「隠すためだな。」
「隠すって何…を……」
怒気のこもった声は次第にその強さを失っていった。なんとなく男の考えを悟ったからだ。
「都合が良かった。私は時々君のシステムを使って、移動時間を短縮したりしていただろう。」
「周りから見れば私は瞬間移動しているように見える。」
周りの喧騒の中、しかしこの周りだけは静かに落ち着いていた。
「お前……正気か……?」
「ああ、正気だとも。」
「私が『異人』だ。そう情報を流した。」
今上にいる軍隊も、今後現れるであろう脅威も、全てを自分が受け止める。世界中の敵意を一点、自分一人で受け入れる。
そんなことを平然と言ってのける目の前の愚かな男に、彼は笑いを堪えられなかった。
「そうだ…そうだったな。お前は冷静なように見えて、突然とんでもない行動力を見せることがあるんだったな。」
友人は昔を懐かしむようにそう言ってから、一台の携帯を投げ渡した。
「これは?」
「俺の企業独自のネットワークに繋がるスマホだ。これならインターネットに繋がらないから位置が特定されづらいだろう。」
彼は男の視線を画面へ誘導する。
「今画面に映っているのは直近の『異人』の目撃情報だ。今から飛ぶ場所の参考にしてくれ。」
そう言いながら彼は足早に脱出経路へと足を踏み出す。しかし、次の足を踏み出す前に彼は後ろを振り返った。
「片桐、君はどうする?」
誰のことか。男は一瞬悩んだがすぐに結論は出た。この中で名前が分からないのは友人と最初にいた秘書と思われる女性しかいない。
彼女はそっと視線を男へ向けると、改めて彼に向かって口を開いた。
「社長、1分だけ時間を頂いても?」
「お前、今の状況が…」
「いや、言ってくれ。」
話を切ろうとする彼の制止を男が止めた。
「私は硬化能力の『異人』です。」
妻と娘はその言葉に驚いていた。
「私は多くの人から化け物と蔑まれてきました。誰も私を『人』とは言いません。」
「あなたにとって私は、私たちは『何』ですか?」
「人だ。」
男は即答した。
「生まれつき身体能力の高い者。頭の良い者。力が強い者。人間の差異など様々だ。皮膚の硬い者。瞬間移動のできる者。そんな人間がいても良いじゃないか。」
「ええ、全く。その通りだわ。」
妻は笑みを浮かべてそう言った。
「『異人』が何不自由なく暮らせるように。皆が胸を張って、堂々と生きられるように。」
「さあ、共に行こう。世界を変えるんだ。」
男はそっと手を伸ばす。
彼女はその手を取った。
「一『人』目の加入者として、あなたの後陣に加わる許可を。」
「…出来れば前にいてくれると嬉しいなあ。」
最後まで締まらないやつだと友は笑った。
独禁法とか大丈夫かと思われる人もいると思いますが、普通に大丈夫ではありません。この世界が平穏なのは、『異形』という化け物がいるからです。上流階級では、日中戦争時の抗日民族統一戦線のような非常事態が、世界規模で何百年と続いていると思っていてください。




