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5話-4 世界

ちょっと構成を考えていると、話のボリュームが軽く前の4話を超えそうで震えている今日この頃。とりあえずコツコツ書いていきます。

ー4ー


騒がしい夜の繁華街、揚々(ようよう)人が賑わう街角。

少し古びた赤煉瓦の小洒落た入口を(くぐ)り、階段に沿って下へ下へと降りていく。

その先にあるのは、周りの古びた感じとはまた違った手入れされた様子の見てとれる木の扉だった。

男はOpenと書かれたプレートがかかっているのを確認して、扉を開ける。

中は平凡なバーであった。

マスターはこちらを一瞥すると、目の前のカウンターを3度拭き、そのまま落ち着いた様子で後続がそれ以上ないことを確認して扉を閉めた。

「いつ来ても素敵なところね。」

「綺麗だね!」

男の連れの女と彼女の抱える少女が揃ってそう言うと、彼は朗らかな笑みを浮かべた。

「これからここに4,5人ほど客がやってきます。何かありましたら、あなたのご友人の指示に従って別の出入り口から出ると良いでしょう。少々なら我々で時間を稼げますゆえ。」

「その客はお金を落としてくれるのかい?」

「飲食代は全額支払うとあなたのご友人様から聞いております。」

「なるほど。では、これは私からの気持ちとして受け取っておいてくれ。」

そう言って男が差し出した幾ばくかの紙幣を、彼は胸ポケットからハンカチを取り出して丁重に受け取った。

「では、どうぞこちらへ。」

そう言って彼は壁の方へ男たちを案内する。

一見何もなさそうな壁に、しかし彼は手をかざしてこう言った。


「Hello,World.」


次の瞬間、映し出されていたレンガの映像は消え、ちょうど人が一人倒れそうな扉とそこから先に続く地下への階段が現れる。

「すごーい!!」

「いつ見ても面白いわね。」

女と、いつの間にか母の腕から離れていた少女は、小躍りしながら2人で階段を降りていく。

そんな彼女たちの様子を見ながら、男はマスターに対して言った。

「パスワードはえらく近代的だね。」

「…私が決めたものではありませんので。」

男達は互いに声もなく笑い合った。


ー5ー


地下階段を下ると、そこには広々とした空間が広がっている。だが、その空間とは対照的に机は1つしか置かれていない。壁も床も黒を基調としており、美しいが、煌びやかというよりはどこか落ち着いた雰囲気を醸し出していた。

その机の向かいから椅子に座った男が、彼ら彼女らに声をかけた。

「全く、ようやく来たか。待ちくたびれたぞ。」

「君と違って私は普通の会社員なんだ。自由に時間が使えるわけじゃない。」

「ははは、会社の社長こそ時間に縛られる奴隷みたいなもんだ。なあ、秘書?」

そう言うと、彼のそばに控えていた女性がコクンと縦に頷いた。

男にとっては見かけない顔だった。きっと友人の会社関係の人物なのだろう。

「まあ、そんなことよりも…だ。」

しかし、彼は男のその女性への思考を遮るようにして言った。


「用件を聞こう。」


和やかな雰囲気はその一言で、一蹴された。

妻は少女をそっと端に寄せ、その厳格な空間から隔離した。

秘書であろうその女性も、ロボットの給仕を呼び寄せそっと2人から距離を置いた。

「まあ率直に言えば娘のことだ。」

「ああ、異人だそうだな。」

「……まだ君には言ってなかったと思うが。」

「俺を誰だと思ってる?」

敵わないな、と男は笑みを浮かべた。友人はしたり顔で、いつの間にか置かれていたコーヒーに口をつける。そっと自分の方に目を向けると、こちらにも知らぬ間に飲み物が置かれていた。

「で、問題はその娘の能力だ。どんな力を持っている?」

当然気になることだろう。男は妻にそっと目配せをする。

彼女は娘に見えないようにコクンと小さく頷いた。

男はそれを見て、一度コップに手をつけてから深く息を吐き、それからようやく口を開いた。



「瞬間移動」



瞬間、彼の瞳孔は大きく開かれた。

長らく付き合いをしてきたが、そんな友人の顔を見るのは片手で数えるほどしかなかった。

しかし、すぐに冷静さを取り戻した彼はゆっくりと口を開く。

「範囲は?」

「最低でも、日本からアメリカ中央まで」

「対象は?」

「最低でも家と庭ごと全て」

「発動までの時間は?」

「1分も満たない。」

しばらくの沈黙が場を支配する。

先に言葉を発したのは男の方だった。

「娘の危険度はどのくらいだと思う?」

友は一瞬言葉を濁すか迷ったが、男の妻がそっと娘の耳を覆ったのを見て、覚悟を決めた。



「味方でないなら真っ先に殺している。」



彼は淡々とそう述べた。

「味方でも敵でもないとしても?」

「敵に回られた時点で敗北が確定する。」

男は置いたコップに再び口をつけた。

「インターネットが世界を変えたと言われる最大の所以は、輸送コストだ。古来いかなる場面でも輸送の時間や資金は当事者の頭を悩ませた。故に情報伝達の時間と手間を大幅に削減できるインターネットが広く普及したわけだ。」

彼の言葉はよく男の耳に響いた。

検索エンジン、SNS、データベース、ネットニュース。その全てを担う企業群のトップ。人呼んで「IT王」と呼ばれる男の言葉なのだ。

「インターネット並の革命を娘が起こす、と?」

男は率直な疑問を彼に投げかける。

「それを超える。しかもその子にしかできない技術革命だ。」



「その子の有無で世界の覇権が決まる。」



『有無』とあえて礼節を欠く表現を彼が使ったことが、なおのこと事の深刻さを物語っていた。

彼の発言はしかし、彼だけの考えではない。

いずれこの()の能力がどこかに漏れることがあれば、まさにこの()






世界の敵になるのだろう。






「だが、その娘を利用されるのを避けるのがお前の目的だろう。」

その沈黙を破るように彼は言った。

パチンと指が鳴らされる。

その後に現れたのは見たことのない機器、ロボット、モニターに書かれた無数のプログラミングコード。自分と反対側からは見えないように、彼は男だけにそれを見せつけた。

「ここは俺の会社が作った物の実験施設だ。コスト度外視で作られた威力と臨機応変に動く人工AIを搭載した兵器。侵入経路に応じて道を作り変え、脱出経路を作り出す迷宮。そしてこれと同じものが世界の至る所に配備されている。全て把握しているのは俺を含めて数人だけだ。」

男はコップのあった机のある部分を指でなぞった。なるほど、僅かだが凹みがある。おそらくどこかにあるキッチンからこの机まで飲み物を送るパイプのようなものがあるのだろう。これもまた彼の企業の持つ技術力なのだ。

そんな彼の笑みは優しさを帯びていた。


「ここなら3人で静かに平穏に暮らすことができるぞ。」


これがお前の求めるものだろう。そう言いたいが如く彼は男にそう言った。

確かに今までの男ならその提案に乗っていただろう。


だが、今の望みは違う。



男は妻と、そして娘の顔を見てから視線を正面に向けた。


「せっかくの提案だが、私の要求はそれとは異なるんだ。」

「……ほう?」

彼は思わず言葉を漏らした。

それから断られたことへの驚きと、一方で何が男を突き動かすのかという興味とが入り混じったような表情で彼は男を見つめた。


「じゃあ何がしたいんだ?」


彼の言葉に、男は真っ直ぐに言葉を返した。

「なあ、友よ……」

男は手元のコップを全て飲み干してから言葉を続けた。




「一緒に世界をとらないか?」


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