5話-3 あなたなら出来るでしょう
ちょっと投稿間隔が遅れました。
引っ越しって大変。
ー1ー
男は、その気になればこの世で最も魅力的な人物になれたであろう。
誰もが跪く権力。目の眩むほどの財。
誰もが思わず振り返ってしまう、
皆が一目置くような、
そんな称賛される人物になれたであろう。
だが、彼はそうはしなかった。
それは子どもの頃の友との出会い故かもしれない。
もしくは、高校の頃の彼女との出会い故かもしれない。
とにかく彼は野望に挑戦する人生から道を外れた。
目の前にある満足をのんびりと楽しむ生活を歩み始めたのだ。
適度に働き、余裕があれば他人を手伝い、友の頼みを聞き、家に帰って彼女との触れ合いを楽しんだ。
もう少し頑張ればより良い地位につけるのでは、と誰もが彼にそう囁く。
しかし、彼はそれを意にもかえさなかった。
彼の性格故か、それが周りとの決裂を生むわけでもなく、むしろ謙虚で素晴らしい人物だとかえって彼に尊敬を集めることとなった。
彼の周りには優しさが溢れていた。
そのままゆけば、彼は後世の記録に残るでもなく、多くの人間の記憶に残るでもなく、ただ片田舎の一地方で、地元の人々に慕われる人物、
その程度で終わっていたかもしれない。
ならば、その歯車が狂ったのはいつだっただろうか。
それはきっと幸せに溢れたその家庭で、一人生まれたその娘に、力が宿ってしまったからだろう。
現代の人間から忌み嫌われ、
様々な機関から優先殺害対象とされる存在。
その家庭から生まれた少女は、
『異人』だった。
ー2ー
「『異人』って何ですか?」
移動する車の車内で、夜乃はそう尋ねた。
「ああ、簡単に言うとなあ…」
運転席から声が届く。
「まあ普通じゃあり得ない能力を持った人間のことだな。」
狼男はそう言葉を返した。
プレミアムチケットを手に入れた夜乃は早速、陽子と白をサーカスに誘った。
白も陽子もそのサーカスの評判を至る所で聞いていたため、二つ返事で了承した。
このまま3人は小旅行の計画を立て始める。
素晴らしい体験になるだろう。それをここにいる誰もが信じて疑わなかった。
しかし、3人はサーカスに行くにあたり大きな問題を抱えていた。
そこに辿り着くための足である。
今回のサーカスは偶然、隣町の中心地で行われるのだが、距離で言うならば歩くと3時間は下らないと言って良い距離だった。
電車で行くのも良いが、賃料は高校生の身からするとかなり手痛いものだ。
何とかしてタダで、かつ快適に移動するための手段はないものか。
そう思案していたところに電話の呼び出し音が鳴り響いた。
陽子のスマホからだった。
「ん?あれ、ライトじゃん。」
狼男の名前に白は少し顔をしかめたが、陽子に配慮しすぐに元の表情へと戻した。
「どうしたよ、急に電話なんかしてきて。」
「おいおい、そんなぶっきらぼうな態度で良いのか?めちゃくちゃ良い話を持ってきてやったのによ。」
そう言いながら彼が話した内容はまさに渡りに船といった内容だった。
ライトがサーカスでの護衛任務を任されたので、同行させてやるということらしい。
一通り話し終えたライトに、陽子は率直に尋ねた。
「そこまでどうやって行くんだ?」
「ああ、そりゃあお前……」
答えは3人が期待していたものだった。
そうして冒頭の状況に繋がるのである。
「普通じゃないって、例えばどんな能力だよ。」
陽子が助手席から口を挟んだ。
「例えば俺だな。満月を見ると身体能力が上がる。」
典型的な狼男の特徴だ。条件次第で圧倒的な身体能力が手に入る。
「ハンターとしてはうってつけの能力ですね。」
夜乃はそう返事を返した。
「ああ……まあ、確かになあ…」
彼はその声に対し、一切視線を後ろへ向けず、ただ淡々と言葉を続けた。
「正直いらないけどな。」
ー3ー
男は即座に電話を取り出した。
何としてでも娘を衆目の下に晒してはならない。
いかにして隠れ潜むか。
安全な場所を作り出すか。
様々な案とその成功率、準備にかかる時間・費用が頭にめぐる。
とりあえず奴に連絡せねば。
しかし、その思考・行動は白く細い腕によって遮られた。
「……どうかしたかい?」
「いえ、別に。ただあなたが何をしようとしているのか聞いてみたいと思っただけよ。」
その腕は彼の妻から伸びていた。
「ああ、そういうことか。」
男は納得したかのようにそう呟く。
妻『も』また不安に陥っているのだ。
彼はそう解釈した。
「安心してくれ。私が何としてでも君たちを守り通してみせるよ。」
故に彼は本心からその言葉を発した。
妻はその言葉に笑みを浮かべた。
「そう…」
彼女は指を口元に添える。
その笑みに表れた感情は、
しかし彼の期待するものではなかった。
「つまらないのね。」
彼女はただ冷酷にそう言い放った。
「……何を言っているんだ?」
男の顔に怒りが滲む。
しかし、なおも彼女は淡々と話を続けた。
「なぜ、何もしていない娘を隠すのかしら?何もしていない私たちが隠れ住まないといけないのかしら?何もかも間違ってるじゃない。」
怒りも悲しみもこもっていない。ただ事実を述べるような異常なまでに平坦な声が彼に浴びせかけられる。
「それは世間が…」
迫力に押された彼の言葉に、しかし彼女がそれを遮った。
「目を覚ましなさい。」
「あなたなら出来るでしょう?」
その瞬間、彼の口から出ようとした言葉たちが、そのままポロポロと床にこぼれ落ちた。
娘に目を向ける。
なんと不安そうな顔をしているのだろう。
なんで少女はそんな顔をしているのだろうか?
まるで親が大事にしていた壺を割ってしまったいたずらっ子のようではないか。
何もしていない君が。
なぜそんな顔をしなければならない。
それは、間違いなく…
おかしいことじゃないか。
男は一度目を瞑り、息を吐いて気持ちを落ち着かせると、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「…長い時間と労力がかかるな。」
「あら、私がいればすぐでしょう?」
優しく語りかける妻の声が聞こえた。
「何があっても途中で降りることは許されないぞ。」
「娘を想う母の想いを舐めてるのでなくて?」
男は強気なその声に思わず笑みを浮かべた。
男は淡々と、しかし力強く番号を入力する。
耳を当てしばらく待ってから、耳に入る音が変わったのを確認し、ゆっくりと口を開いた。
「やあ、久しぶりだな。友よ。」
「全く…何のようだ、お前は。」




