4話-30 『眼』
これにて4話は完結です。
ー1ー
「じゃあそのSUに認定されたことで、由香里ちゃんたちは不自由なく暮らせるようになったってわけですね。」
事の顛末を聞き、夜乃はそう結論づけた。
「そうだね。まあかなり大きい団体の保護下に置かれたわけだから、特に僕らが心配することもないんじゃないかな。」
始祖はそう夜乃に伝える。
夜乃は安堵の表情を見せた。
「天照さんも表の作家として、上手くいけば良いですね。」
ペンネーム大御神。Xでは細々と活動を呟いており、たまにゲームの話を振られると、凄まじい長文が返ってくることで有名な作家だ。
天照は以前から同人作家として細々と活動していたようだが、今回改めて表社会に作家として名前を出すことになった。もちろん財団の協力があったことは言うまでもない。
一方、始祖はその言葉を聞いて憂鬱そうな顔をして言った。
「最近、編集の人が怖いんだよ。あっちはすぐに原稿が出てくるのに…って。」
「……反省してください。」
慰めの言葉はかけなかった。
項垂れる始祖を尻目に、夜乃はふと疑問に思ったことを切り出した。
「ところで、Safe Untouchableっていうのが1番良い扱いなんですよね。」
「ん?ああ……まあ、そうだね。」
「他にはどんなものがあるんですか?」
何も知らない夜乃には、当然の疑問だった。
「ああ、そうだった。説明が必要だね。」
彼女は体を起こし、ささっと上着を手で叩いてから話を続けた。
「危険度ってのは、その異形がどれくらい人類種の生存を脅かすかを表しているんだ。安全なものから順にSafe,Danger,Crisis,Ruinだね。」
「安全、危険、危機、滅亡…ですか。随分と物騒ですね。」
「まあ世界を滅ぼす可能性があるものも何体かいるからね。」
その言葉に夜乃の表情が目に見えて引き攣る。始祖はその様子を見てから、言葉を付け加えた。
「ただまあ、Ruinレベルの数は決して多くはないさ。それに危険度にはそのものの潜在的な能力だけじゃなくて、そのものの性格も反映されるからね。」
「ああ、だから天照はSafeなんですね。」
天照は始祖すら凌駕するほどの圧倒的な力を持っている。しかし、あのお人好しな神様がこの世を滅ぼそうとする姿が、夜乃にはどうしても想像できなかった。
「次に取り扱いについてだが、これはその異形への財団の対処を表したものだね。穏便なものから、Untouchable,Observation,Confinement,Exterminationの4つになるかな。」
「接触しない、監視、監禁、殲滅…なるほど、確かにUntouchableが1番穏便ですね。」
「そうだろう、そうだろう。君はもっと僕と依頼主の努力に感謝してもいいんだよ。」
始祖は得意げにそう言った。
確かにその通りなのだが、どうしても夜乃には素直に感謝する気になれなかった。
故に、夜乃は話を変えることにした。
「でも後ろ2つを聞くと、少し安心しますね。Ruinレベルもしっかりと対処されているわけですから。」
「ああ、そのことなんだけど…」
急に話を変えたから拗ねたのだろうか?しかしいつもの彼女にしては、妙に歯切れの悪い返答だ。
その後、それも当然の反応だろうと思うような言葉が始祖の口から発せられた。
「実を言うと…殲滅認定されたとしても、対処できずに放置されているものがいくつかあってね。」
「ええ!?どういうことですか、それ!」
夜乃は思わず声を荒げた。
「だから、僕らの生活は実のところ、薄氷の上の平和に過ぎないんだ。」
始祖はそう言って、ため息をつく。
夜乃はあまりの事実に言葉を失っていたが、しかし始祖がぼそっと漏らした言葉を聞き逃すことはなかった。
「『メアリー・スー』……」
苦虫を噛み潰したような表情でその名を呟く始祖。
夜乃は、どこかで聞いたことのある名前だということしか分からなかった。
ー2ー
「へえ、そんな状況なんだなあ。」
少し時間が経ち、夜乃から話を聞いた陽子は驚きながらもそう言った。
流石に陽子にとっても衝撃の事実だろう。彼女はどんな反応をするのだろうか、まだこのとんでもない事実を伝えるには早過ぎただろうか……
「ま、私らが何考えてもどうってこともないし。とりあえず気にしなくても良いんじゃないか?」
…陽子はケロッとした顔でそう言った。
「………本当、陽子って器が大きいよね。」
「ま、まあ、気にしすぎるよりは良いと思いますよ。」
横にいた白は苦笑しながらもそうフォローした。
今回彼女らが集まったのは、由香里ちゃんと天照の事の顛末を聞くためだった。夜乃がこのために陽子を始祖の家に呼んだのである。それは、この話を他の誰かに聞かれないようにするための策でもあった。
その後の対応は陽子と白にとって、概ね満足のいくものであった。唯一陽子にとって、由香里ちゃんがまた同じアパートに住んでいるという事実は、あまり腑に落ちない事だったようだが、今の少女の様子を伝えると、陽子からそれ以上の苦言を呈する言葉は出てこなかった。
それよりも陽子には、気になることがあった。
「それよりもさ、もっと見してくれよ!その『眼』をさ!!」
陽子は目を輝かせて、夜乃にそう求める。
「ええ、またー!……もう、仕方がないなあ。」
そう言いながら、しかし満更でもない様子で、夜乃は目をそっと瞑る。
その直後、開かれた彼女の右目は赤く染まっていた。
「……っ!!」
陽子は瞳に魅入られた。
陽子の体は魂が抜けたかのように動かなくなる。
そして、今さっき寝た起きたかのように陽子ははっと意識を取り戻した。
「…おお!凄え!!花畑が目の前に見えたぜ!まじで触れられそうだった!!」
興奮した陽子が捲し立てるかの如く感想を伝える。
「夜乃!次は私!私にお願いします!」
それを聞いた白は急かすように夜乃に要求した。
「はいはい、ちょっと待ってね。」
子供をあやす母のようだと、夜乃は笑った。
神隠しから出る直前のこと。
天照が夜乃に言った「眼」。
それについて色々と試した結果、夜乃は自分の目がそれを見た人物に、しばらくの間幻覚を見せられるということに気がついた。
発動条件は目が合うこと。発動すると目が赤く染まり、側から見ると夜乃が何かしたことは一目瞭然だった。
「凄いです!私にも花が間近に見えました!」
「おいおいおい!マジですげえよ!最強の能力じゃねえか!」
「えへへへへ。」
2人の賞賛の嵐に、思わず夜乃も照れ笑いを隠せなかった。
「…ん?ああ、陽子くん。来てたんだね。」
そこへたまたま通りかかったであろう始祖が、開いた扉の向こうから陽子に声をかけた。
「え、あ、どうも。お邪魔してます。」
慣れない敬語で陽子がそれに応える。
「いいさ、そんな堅苦しくしなくても。それより、何をしてたんだい?」
「ああ、その…夜乃に発現した眼の能力について話してたんですよ。」
夜乃と白は、まるで借りてきた猫のようになっていた陽子の様子を微笑ましく見守っていた。
「ああ、例のやつか!凄いな、もう使いこなしたのかい?」
陽子の言葉を聞き、始祖もまた目を輝かせながらそう尋ねた。
「それで?どんな能力だった?」
「目が合った相手に幻覚を見せるもので。」
夜乃は素直にそう答える。
「おお!かなり有用なものじゃないか!」
始祖は心ときめかせながらそう言った。吸血鬼のトップ層である始祖ですらそう思うのだから、かなり使える能力なのだろう。
夜乃はどこか誇らしい心持ちだった。
「いいね!いいね!それで……
…どれくらいの間、見せられるんだい?」
瞬間、時が止まった。
陽子と白は露骨に目を逸らし、夜乃は気まずそうに下を向いていた。
「……何かまずいこと言ったかな?」
あまりの変貌ぶりに始祖は困惑する。
夜乃はしばらく目線を泳がせていたが、意を決して口を開いた。
「…………………1秒」
「………え?」
予想だにしない答えに始祖は思わず聞き返す。
「…1秒です。」
「……そうか。」
その言葉が正しかったと気付いた始祖は、そっと優しく、手を夜乃の肩に置いた。まるで失敗した部下のフォローをする上司のようだった。
「せめて、もうちょっと長ければ夜乃も戦えるようになってたのになあ。惜しいぜ、全く。」
陽子はおどけたようにそう言う。
しかし、夜乃のこの眼への感想はそれとは異なるものだった。
「そうかな?私は結構使えると思うんだけどね。」
「えー、本当かよ?」
彼女らは茶化し合いながら話を続けている。
始祖はその様子を興味深く、そして楽しげに眺めていた。
数年かかった4話もこれにて完結!
メアリー・スーの初出は2話-1です。
主人公の能力って強過ぎても弱過ぎても萎えるから難しいです。『眼』の能力については、適度に話に絡ませられるように考えています。
では、次は5話!私が1番好きな洋画をモチーフにしています。お楽しみに!




