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4話-27 神の随意に 精算編

ここからは時系列が前後します。今後の展開に直結するものを後ろの方に持ってきているので、読みにくいとは思いますが配慮のほどよろしくお願いします。

ー1ー





人は救われなければならない。







ー2ー


その日、老人はいつものように庭先の掃除をしていた。

もはや自分以外誰も住んでいない彼のアパートであったが、それでも玄関周りが綺麗にされているのは彼の最後の意地のようなものであった。

いつか…いつの日か少女が帰ってきた時に、その幼い日の記憶の面影だけは残しておこうという彼のせめてもの償いであり、自分に課した義務であった。


さて、掃除を始めてから幾ばくか経っただろうか。几帳面な性格ゆえアパートの端の方から箒をかけていた彼が、中間地点の正面玄関前に手をかけてようとしたときである。

彼の耳にカツカツと靴が地面を叩く小気味の良い音が入ってきた。

この辺りはあまり人は通らないものの全くない訳ではない。しかし、その音はやけにはっきりと聞こえた。

視線を上に向ける。そこにいたのは意外な顔だった。

「あんた…確か……」

少女が失踪した後に彼女の母親を訪ねてきた女だ。そこまで物覚えのよくない彼がすっとその顔を思い出せたのは、あの事件がそれほどまでに鮮烈だったということだろう。

「しかしまた…何でここに……?」

その疑問を口にしたところで、しかし女の裾辺りがモゴモゴと動いているのを彼の目は捉えた。

誰かいるのだろうか?

視線は自然、そこへと引き寄せられる。

奥にいる何者かはその視線にビクッと一度身を引いたようであったが、やがて意を決したのかするするとその身を背から乗り出した。




「……由香里…ちゃん…?」

老人は箒を手に持っていられなかった。

そして間もなく膝から地面に崩れ落ちた。

「か…管理人さん!?」

声の主は慌ててこちらへ駆け寄ってくる。

手が肩に触れた。

感触がある。

老人は自らの震える手をその手に重ねた。



温かかった。

それは確かにそこにあった。



「…どうして泣いてるの?」

少女に言われて、彼は目元に手を当てる。少し湿った手のひらを見て初めて自分が泣いていることを知った。

「ごめんよ……ごめんよ………っ!」

それから彼が発したのは謝罪の言葉だった。裏切り者のユダが主に許しを乞うがごとく、彼はただひたすらに謝罪の言葉を並べた。

「管理人さん、悪いこと…したの?」

少女の言葉が鋭く胸に突き刺さる。彼は静かに首を縦に振った。

「そっか……」

その様子に少女は、少し考えてから続く言葉を発した。



「じゃあお相子だね。」



「えっ……」

予想外の言葉に彼は思わず顔をあげる。少女は聖母のごとく温かな笑みを浮かべていた。

「私も悪いことしちゃったから。だからお相子。」

「そ……」

そんなことはない!と彼は心の中で叫ぶ。自分のした過ちは到底許されるべきものではない。少女を見捨て、見ないふりをしたその罪はこんな簡単に許されて良いはずがない。

だが、少女の笑みはそんな彼の覚悟を溶かしてしまうような穏やかな笑みであった。

故に彼は、後ろに立つ女の方へと視線を変える。

彼女はそんな彼の様子に気づくと、冷ややかな視線を彼に投げかけた。

「『目には目を、歯には歯を。』だ。悪事には相応の罰が与えられねばならない。」

その言葉には彼女の見た目の若さとは裏腹に、ずっしりと全身に響き渡るような重みがあった。彼は罰を宣告される罪人のように彼女に向けてこうべを垂れた。

「でもね…」

だが、彼女も彼を罰してはくれなかった。


「犯した罪以上の罰を与えてもダメなんだよ。」


彼女はなおも言葉を続ける。

「あなたは2年もの間、苦悶と後悔の日々を送った。誰もあなたを罰しなかったけど、あなたは自らを罰し罪を悔いた。」

「そんなものは自己満足だ!悔いたところで私の罪が軽くなるわけではない!」

彼は必死に叫んだ。自らの罪悪感に押し潰されそうになりながら、鬼気迫る表情で己れの罪を告し恥じた。

「確かにね。後悔なんて人には見えないし、ただの自己満足と捉えてしまうかもしれない。しかしね…』

一方の彼女はただその場に立っていた。

だが、老人はその目で確かに見たのだ。

光を

救いの手を


彼女の後ろから差し込む太陽の光を…






『神様は見てるんだよ。』





それ以上の言葉はなかった。

それ以上の言葉は要らなかった。

老人はただ静かにその場にかしづいた。

少女を抱くその腕に一層の力が入る。少女は苦しいと腕を叩いて訴えたが、しばらくの間その腕が緩むことはなかった。






この日、老人の長い贖罪の日々は終わりを告げた。

この日を境に少女は住所をここに変更し、少し先の話だが小学校の友人をこの家に招くようになる。彼は少女が恥をかかないようアパートの外見を整備し、その成果からか徐々に空き部屋は住人で埋まるようになった。

アパートはかつての、いやかつて以上の賑わいとなり、また別のところでは『神様の住む家』として聖地のような扱いを受けた。









人は救われなければならない。





神はキメ顔でそう言った。


あと2つ

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