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4話-26 お母さん

長かった4話もようやく終わり

ー18ー


私が由香里ちゃんと出会ったのは、遡ると4年前ぐらいになるのかな。境内で遊ぶ子供たちって結構たくさんいるんだけど、その中に一人異質な子がいたんだ。

「それが由香里ちゃんってことですか?」

「そういうこと。」

それで何が異質かっていうとね、帰る時に一人で勝手に帰っちゃうんだよ。当時4歳だからね。普通なら親が迎えに来るだろうに。

でも、その時はしっかりした子だなあ…って程度で終わってた。そもそもそんなに干渉するつもりもなかったし。


「しかし、2年前に事件が起きた。」

「…理解力が凄いね。」

そう、それはとある嵐の日だった。



ー19ー


「いやあ、凄い雨だなあ。」

天照は他人事のように異空間から外の様子を見守っていた。大雨警報も出ているのだろう。外を出歩く人影もなく、当然境内にも人っ子一人いなかった。…そう、そのはずだったのだ。

「……あれ?」

異変が始まったのは14時ごろである。傘をさしたかっぱ姿の女の子がトコトコと境内に入ってきたのだ。少女はそのままベンチに座ると、ぼーっと外の様子を眺めていた。

「……例の女の子だよね?」

天照は少女に見覚えがあった。いつも一人で帰る女の子だ。そう言えば最近来てなかったような気もする。

「しかし、わざわざこんな雨の日にここに来なくてもなあ。」

そもそも出歩いていること自体おかしな話なのだ。少女はなおも遊ぶわけでもなく、ただぼーっと境内を眺めている。

「…………よし!」

天照は発起した。まさに数百年ぶりの出来事である。彼女は玄関から傘を取り出すと、勢いよく異世界から外へと飛び出した。出てくるのは社の中なので、その瞬間を見られる心配もない。女神はあくまでどこからか歩いてきた風を装って、ベンチにいる少女にコンタクトを図った。

「ねえねえ、お嬢さん。」

「……………………………へ?」

少女は全く予期していなかったのだろう。突然の女性の登場に素っ頓狂な声を上げて飛び上がった。そして、意図せず空中に飛び上がった少女が自らの姿勢を制御できるはずもなく、ふらふらと不出来な紙飛行機のように落下すると、そのまま地面に不時着した。

「え、嘘!ごめんね!大丈夫!?そんなつもりはなかったんだけど!そんなに驚かせるつもりはなくて!その!……本当にごめんね!」

「あ、はい、いえ、その………大丈夫ですので。」

尻餅をついた少女はそのまま冷静に立ち上がりまたベンチへと座る。最初はかなり驚いていたはずだが、周りが異常に驚いていると逆に冷静になるというのは嘘ではないようだ。


それからしばらく何の会話もない時間が続いた。少女はそもそもあまり自分から話す性格ではなく、天照に至っては数百年単位の引きこもりである。かつての神代ならばともかく今の彼女にはそんな少女とわいわい話せるほどのトークスキルはなかった。

「あの……何か御用ですか?」

むしろ6歳の少女に気遣われていた。

「いや、その……ここで何してるのかなーって。」

明らかに上擦った声で彼女は言った。少女はまた境内を眺めていた。

「特に……何も、です。」

「そ、そうなんだー。ははは。」

沈黙。

「すみません、話が進みません。もっと突っ込んでください。」

「あ、そ、そうだよねー。…け、境内を眺めてるのって楽しい?」

「楽しくないです。」

「そ、そ、そっかー。」

また沈黙。

「お姉さん、話すの下手なんですね。」

「うっ!」

心を抉るような言葉に天照の息が詰まる。隣で悶え苦しむ彼女の様子を見て、少女は少し笑った。

「仕方ないですね。私が何でここにきたのか話してあげましょうか?」

「あ、はい。お願いします。」

もはや自分ではこれ以上何も聞き出せまい。彼女は何もせず少女の話を聞くことにした。

「実は、母と喧嘩したんです。」

「へえ、お母さんと?」

「いえ、もしかしたら喧嘩ですらないのかもしれません。私は(ども)ってしまって何も言えませんでしたから。」

少女も案外口下手なようだ。

それからしばらく少女の話を聞いていた。

まとめると、母親が男の人を連れ込んでいる時にうっかり家に帰ってしまい、そのせいでバツイチだとバレた母親が男に逃げられ、その責任を一方的に負わされこの嵐の中家を追い出されたそうだ。

(……これはひどい!!)

天照は内心強くそう思った。

「でも、母も母だと思います。こんな嵐の日に突然買い物しろって言ってきて、何を買ってこいとも言わずにカバンだけ持って行かされて。財布がないのに気づいて帰っただけなのに。雰囲気で気づけなんて不可能です。無理ゲーです。」

「ええ…」

もはや呆れを通り越して絶句していた。なるほど。いつも一人で家に帰るわけだ。あれは遊びに来ていたのではなく、母が男を連れ込んでいる間の時間潰しをしに来ていたのだろう。何てことに境内を使ってくれているのか。

「いつもなら別に良いです。許します。ただ今回ばかりは許しません。怒ってます。おこです。私はしばらく家に帰りません。母もちょっとは反省すべきだと思います。」

「ちょっとどころじゃないと思うなあ。」

大いに反省すべきである。

「ただ反省すべきと言う点については意見が一致してるね。」

「お姉さんもそう思いますか?」

「うん!思う!実に思う!」

その言葉とともに彼女は勢いよく立ち上がった。

「よし!今日は私の家を貸してあげよう!」

「え!?」

彼女の言葉に驚く少女。

「お姉さん、家とか持ってるんですか?」

「私が!浮浪者に!見えるかー!?」

「きゃーーー!!」

彼女が振りで怒ってみせると、少女は楽しそうにきゃーっと叫んだ。

天照は確信した。この子は実に達観しているが、その中身は6歳の少女だ。少女の些細な願いは当然叶えてあげたいし、逆にこんな子を怒らせる母親には相応の天罰が下るべきだと彼女はそう考えた。

「じゃあ私の家に行こうか。」

「すみません、知らない人の家にはついて行くなって先生が。」

「どの口が言うんじゃー!」

「きゃーーー!!!!」

この時までは天照も少女も些細な悪戯ぐらいにしか思っていなかった。よくよく考えると彼女のしていることは立派な誘拐行為であるが、数百年引きこもっていた天照にとって日本の法律など友人と交わした口約束程度の認識であった。

だからこそ、この悪戯は本当に些細なものだと思っていた。



だが、侮っていたのだ。天照も少女も。





人間という生き物の原罪を。愚かさを。




ー20ー


「来ないねー。」

「そうですね。」

あれからおよそ2日が経過していた。しかし、少女の母親は一向に姿を見せず、警官隊がこの辺りを彷徨いている姿すら目撃することはなかった。

流石に少女にも幼稚園がある。もう日曜日だ。帰らないわけにもいかない。

「お姉さん、私そろそろ帰らないと。」

「ダメ!お母さんにちゃんと謝らせるんでしょ。だったらここは我慢しないと。」

ここまで来るともはや意地であった。

「でも、私もノックもせずに家に入っちゃったし…」

「自分の家に入るのにノックも何も必要ありません!」

本当に常識では測れない家だ。常識などという枠組みを超越した神様はそう思った。

しかし、相手がなかなかの強者であることもまた事実だ。このままでは千日手になる。そうなると劣勢なのはこちらなのだ。

「うーん……仕方ない。」

天照はくるっと少女の方を振り返った。

「ねえ由香里ちゃん。ちょっと偵察してみよっか?」

「偵察…ですか?」

「そう!偵察!」

作戦はこうである。少女を不可思議な力で隠した状態で、天照がアパートに行き母親の状況を確認する。それで母親の様子を見て少女が満足したらそのまま帰る。不満足ならそのまま続行するというものだ。

「良いですね。実に面白そうです。」

「でしょ!?」

実を言うと、この二人の間ではあまり遊びが成立しなかった。ゲームに関して天照が強すぎるのである。彼女は引きこもること数百年。時代の流れそのままに初期の頃からゲームやパソコンに慣れ親しんでいた。ゲーム中毒になるほどゲームに侵されてはいなかったが、食事をあまり必要としない彼女は一部界隈から廃人の神として崇められていた。一方の少女は家に遊ぶものもなく、ゲームをやったことといえば管理人の部屋で触ったゲームキューブぐらいである。二人の間の力の差は大きい。そして、何より天照は手加減が下手だった。

そのため少女は別に天照と一緒に遊ぶことを嫌がりはしなかったが、親友の如くいつまでも一緒に遊んでいられるというわけでもなかった。端的に言えばそろそろ帰りたくなる時間だったのである。

「よし!じゃあ行こうか!」

「はい!お姉さん!」

意気揚々と出かける準備をする二人。普通に考えればこのまま行くと警察に捕まるだけなのだが、天照にはそういった常識が頭から抜け落ちていた。

二人はそのまま鼻歌混じりに家を後にした。



ー21ー


「ふーん、ここが由香里ちゃんの住むアパートなんだ。」

天照がパッと外観を眺める。少々古いところもあるが、まあ小綺麗と言っても差し支えないだろうといった具合の建物であった。

「とりあえず母の様子を管理人さんに聞いてみましょう。恐らくどんな感じか知ってるはずです。」

「よしきた!」

彼女はそのまま堂々とアパートの中へと入っていった。

管理人室はすぐに見つかった。彼女はトントンと軽く2回ほどノックをするとそのままドアノブを捻った。

「すみません、管理人さんはいらっしゃいますか?」

そう尋ねると部屋の奥からドシドシと人の来る音が聞こえた。

「はい、私がそうですが。何の御用件でしょう?」

「実は神野 桐枝(きりえ)さんについて尋ねたいんですが。」

「……おたく何者?」

老人の訝しげな目が天照を襲う。予想外の質問に混乱する彼女に、少女が(はた)からこっそりと助言した。

「親戚を名乗ってください。」

「あ、あの、その…桐枝さんの親戚のものでして。」

「親戚?…へえ。」

かなり怪しんでいる様子だが、決定的な証拠もないはずだ。彼女は堂々と老人の目を見つめていた。

「ふーん、まあいいよ。親戚ね。」

「はい、そうです。それで桐枝さんの様子について尋ねたいんですけど。」

ひとまず安堵し、質問を続けようとする天照。

しかし、老人から出た一言は彼女の予想だにしないものであった。

「……悪いんだけどね。」



「彼女、もういないよ。」




「「……はい?」」

まさかのシンクロであった。

「『もう』いない、ですか?」

「……どうせなら部屋、見てく?」

まさかまさかまさかまさかまさか。そんなはずはない。ありえない。

そんな思いとともに天照の足は少女の部屋へと向かう。そんなふざけたことがあるか。娘を一人置いていく母親なぞいてたまるか。

「大丈夫、大丈夫だから。」

それは少女に言い聞かせているのか、自分に言い聞かせているのか。それは彼女ですらも分からなかった。

1階の一番奥。105。生活音がしない。いや、たまたまだ。少女を探しに出かけているのだ。そうに違いない。

天照は意を決してドアノブに手を伸ばす。だが、恐怖のあまり直前のところで手を引いた。不運だったのは彼女の手が鉄が引っ付く程度に上手く乾燥していたことだった。


鍵は閉まっていなかった。引いた手にドアノブが引っ付き、そのまま扉が開かれる。



果たして中にあったのは…








無であった。








中には何もなかった。家具も服もおもちゃも…靴でさえ、






何もなかった。






「嘘だ……嘘だ嘘だ」

「っ!ダメだ!由香里ちゃん!!」

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だいや嫌嫌嫌いや嫌嫌ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

この現実を6歳の少女は耐えきれなかった。透明ローブをつけながらどこかへ逃げ去っていく。

「待って!待って!!」

天照は必死に後を追いかける。

「…私にはどうすることも出来ないもんな。」

その様子を後ろで見ていた老人は、小さな声でそうぼやいた。




ー22ー


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ」

少女はただ逃げた。耐え切れない現実を受け入れられずにただひたすらに逃げた。

天照がなんとか追いついたのはアパートからかなり離れた神社の境内であった。

「ねえ!由香里ちゃん!落ち着いて!」

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ」

「ねえ!由香里ちゃんってば!!」

肩を掴み必死に揺らして正気を取り戻させようとする女神。しかし、少女は彼女を押し倒して逆に彼女の襟首を掴んだ。

「ねえ嘘なんでしょ嘘って言ってよねえ嘘よね捨てたりしないよね嘘よ嘘嘘嘘って言ってよねえ嘘じゃん嘘って言いなさいよねえお姉さんが嘘って言ってよじゃないと信じちゃうじゃんほら嘘って言って嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘」

少女はもはやこの世のものとは思えないような表情をしていた。このままでは少女は壊れてしまう。いや、壊れているのだ。その上でさらに自壊しようとしているのだ。

「ねえお母さん嘘だよね私のこと愛してるって言ったよね嘘なんでしょ捨てるなんてしないでしょ大切な娘だもんもうわがままなんて言わないもんねえ捨てないでよお願い捨てないでママママママママママママママママママママママママああああああああああああああああああああああああ」

少女はただひたすらに泣いていた。女神は今、初めてここまで感情を露わにする少女を見ているのかもしれない。

そうだ。少女はまだ6歳なのだ。母の愛情を受け、少しそれをうざがりながらもやはり母の愛を受けて育つ、そんな可愛い少女なのだ。

「嫌だよおおおお捨てないでよママあああああああああああああうわあああああああああああああああん」

そんな子どもを。可愛い娘を。一切顧みず捨てる母親がいるなんて。そんなことがあって良いのか。おかしいとは思わないのか。いや


そもそもそんな奴は母親と呼べるのか。


「由香里ちゃん!!!」

その言葉とともに天照は少女を強く抱きしめた。

「ふぇ?」

急な圧迫に少女の呪詛が一瞬止まる。今しかない。

「由香里ちゃんは捨てられた。それは事実だ。受け入れざるをえない現実だ!でもね、」


「そんなの母親じゃないよ!」


「ママが……ママじゃないの?」

「そう!違うよ!ママじゃない!!」

力の限りそう叫ぶ。

「じゃあ私にママはいないの?ひとりぼっちなの?」

「それも違うよ!由香里ちゃんは一人ぼっちじゃない!だって」





「私が由香里ちゃんのお母さんになるから!」





「え?」

「由香里ちゃんのこと絶対捨てないお母さんになるから!一人でほっといたりもしないから!ずっと一緒にいてあげるから!だから!」


「もう泣かないで!!!由香里ちゃん!!!!!」




魂からの叫びだった。力のあらん限りで女神は少女を抱きしめた。嵐の中傘も持たずに抱きしめたことで二人とも全身がびしょ濡れだった。だが天照はそんなことも気づかないぐらいに少女のことをただただ抱きしめていた。

少女は泣いた。ただただ泣いた。雨と涙の違いがわからなくなるぐらいに泣いた。泣いて泣いてただ泣いて。そしてどうしようもなくなるほど泣いてから言った。




「お母さん……。」


「…!!そうだよ!お母さんだよ!」

「うん、お母さん……!!」

「お母さんだよ…!!」

「お母さん……!」




このやりとりはしばらくの間、雨が止むまで続いた。



その後嵐が止み神社の様子を見にきた宮司は、深く掘られた穴の跡を見てしばらく首を捻っていた。






ー23ー



「以上で終わりだよ、私の話は。」

そう言って天照が話を切った後も夜乃たちはしばらくの間一言も話すことができなかった。

夜乃は陽子を連れてこなくて良かったと改めて感じた。もし来ていたらこの家の家具は全て破壊されていたであろう。始祖も目を閉じ俯きながら怒りを抑えようと努めている。

「分かりました…。聞かせていただいてありがとうございます。」

夜乃は何とか自分の中の怒りを抑えてお礼を述べた。

「うんうん。こっちこそ、聞いてくれてありがとう。」

女神は嬉しいような、しかしやはり悲しいような表情でそう言った。

「少し聞かせてもらってもいいですか?」

「何かな?」

「復讐とかは考えなかったんですか?」

至極真っ当な疑問だった。陽子ならばそんな事件の後なら例え日本中を駆け巡ってでも女を殺しに行っていただろう。

だが、彼女の答えは意外なものだった。

「そっか…考えたこともなかったな。由香里ちゃんを育てるのに必死すぎて。」

能天気な返しに見えるだろう。だが、その声色はどこか疲れを感じさせた。


とにかくこれ以上この話題を続けるのは得策ではない。夜乃は話を変えて、この事件の動機について尋ねることにした。

「ところで、例の『神隠し』の事件はどうして起こったのでしょう?」

「ああ、それは…」

何か言いかけたところで天照は口を閉ざした。

「すみません、何かまずかったのなら…」

「いや、良いよ。ごめんね。気を遣わせちゃって。」

そこからしばらく沈黙が続いた。

「実はね、由香里ちゃんには学校に行って欲しいの。」

いや、違うなと天照は続ける。

「うん、違う。ごめん。」


「由香里ちゃんはちゃんと人の手で育ててほしいと思ってるんだ。」


「それは……あなたは親権を放棄すると。」

「そう取ってもらっていいよ。」

彼女はあっさりとそれを認めた。

「私ってやっぱり神様だから。人の常識も知らないし教えてあげられないから。だから私じゃ育てられないもの。」

それはまさに本心から出た言葉であった。素の彼女の弱々しい言葉だった。

「だから神隠しを使って。」

「由香里ちゃんの友達とか…できれば里親が見つかればいいなって。」

真相は実に単純で、それでいて切ないものだった。あの異空間は人を怖がらせるものなどではなく、むしろ自分の代わりを任せたいという信頼の証であったのだ。

「それを由香里ちゃんに伝えましたか?」

「ううん。全然。」

その表情の中にあったのは単に切り出すのが気まずいという意味だけではなかった。切り出したくない、まだこの関係を続けたいという彼女自身の願望が込められていた。

「そうですか……」

「……」

彼女は俯いたまま何も答えなかった。



「なら、もう本人に聞いてみるしかありませんね。」

「へ?」

天照が気の抜けた声をあげる。それと同時に始祖は後ろの襖を勢いよく開けた。

「由香里ちゃん…!!」

「お母さん……」

そこのいたのはキャラメルコーンを手に持って気落ちしている少女であった。

「もしかして聞いてたの?」

その問いに少女は無言で首を縦に振る。

彼女はそのまま少女から目を逸らした。

次に声を上げたのは少女だ。

「ねえ、お母さん。さっきの話本当?」

「…そ、それは……」

「嘘だよね?お母さん。」

少女はそのまま悲痛な叫びを上げた。


「私のこと捨てたりしないよね?」


「ち…違、そんなつもりじゃ…」

「違いませんよ。」

夜乃は冷酷にもそう制する。

「あなたの行為は由香里ちゃんを捨てるのと同義です。」

そして、真っ直ぐな正論を彼女に叩きつけた。

「そんな…嫌だよ。もうあんなの嫌だよ。」

少女はお菓子を放り投げて天照の元へ駆け寄る。

「絶対に嫌だから!絶対に離れない!」

「でも由香里ちゃん…」


「でもも何もないもん!!!」


叫ぶと共に少女は彼女にしがみついた。

「別に良い!常識とか何だとか!別に学ばなくても良いから!だから!」






「お願い!!もう私をひとりにしないで!!」






少女はそれっきり何も言わなくなった。天照はどうして良いか分からず、ただただ辺りを見回している。

「それが答えですよ。」

そんな彼女に諭すように夜乃は言った。

「大体新しく作った里親があの女の人のように由香里ちゃんを虐待しないとどうして断言できるんです?」

「それは……」

「それに…」

夜乃は言葉を続ける。


「さっきから由香里ちゃんのためとか言ってますけど、あなた自身はどうしたいんですか?」


その言葉は確かに彼女の胸に刺さった。

「私は……」

そのまま視線を下に向ける。



「あなたのしてきた行為はただの義務的な感情から生じただけのものですか?」


ー違う、そうじゃない。


「ただ彼女を憐れんだだけに、今まで彼女を育ててきたのですか?」


ーそんなわけない。私は…私は…


「あなたのしてきた行為が無意味というのなら、今の由香里ちゃんは無意味な存在なのですか?改められるべき存在なのですか?」


ー違う、否だ。あの子は、由香里ちゃんは…






「そもそもあなたは由香里ちゃんのこと、好きじゃないんですか?」




「そんなわけ、ないっっっ!!!!!!」




瞬間、突風が部屋の中を駆け抜けた。強い言葉と思いが力となって風を引き起こしたのだ。

「お母さん?」

少女は天照の顔を仰ぎ見る。

彼女はその瞬間を逃さず少女の体を捕まえるとそのまま強く抱きしめた。



「ごめんね、由香里ちゃん!私が間違ってた!もう絶対に離したりしない!」



力強い言葉だった。心にまで染み渡るような強い思いであった。

「うん、私もだよ。お母さん。絶対に離れたりしないから。」

少女は対照的に優しい声音で語りかけた。



そうして母と娘は互いに互いを抱きしめ合った。

その姿は本当の親子よりもずっと親子らしかった。




ー24ー


「すみません、取り乱しちゃって。」

「いえいえ、とんでもない。」

謝る女神に夜乃は笑って返した。何も謝ることはない。互いに思うがままに行動すれば良いだけだ。

それに良いものも見れたし……とは夜乃も流石に言えなかった。


「ははは、良いよ良いよ。僕も良いもの見れたし。」

「……」

「ぐはっ!」

無言の腹パンだった。

「じゃあ、とりあえず由香里ちゃんは小学校に通わせるってことで良いんですかね?」

「うん、まあ出来れば小学校1年生からで行方不明だとかも秘匿してほしいんだけど…」

気持ちは分かる。だが、いくら行方不明だったとはいえ由香里ちゃんには戸籍がある。流石に8歳の子を1年生で通わせるわけには……


「ああ、それについては当てがあるよ。」

「あるんですか!?」

「本当に!?」

「勿論あるとも。」

信じ難いことだが、自信満々に始祖はそう言った。

「一応手続きがあるから少し時間がかかるけど。事が終わったらまた連絡するよ。」

「ありがとう…!あなたは最高の友人よ!」

始祖にとっては最高の天敵です。

「しかし、本当にあるんですか?嘘言ってもすぐにバレますよ。」

「これに関しては心配しなくてもいいさ。というより…」

始祖は冷えた目線でこちらを見つめる。

「君にも割と関係のある話なんだぜ。」

「はい?」

全く見当もつかない。私とそれに何の関連があるのだろうか?

「やっぱり君はもう少し興味を持つべきだと思うんだけどね。」

「いや、本当に分からないんですけど。」

「ならそれで良いよ。」

「ちょっと待ってくださいよ!気になるじゃありませんか!」

夜乃と始祖の漫才が如きやりとりに親子はクスクスと微笑する。

「本当にありがとうね。」

「え?今、何か言いました?」

「いいえ。」

そう言って天照は立ち上がった。

「さて。それじゃあ、そろそろお開きにしましょうか。」

「えー、お姉さんもう帰っちゃうの?」

その言葉に少女の側から不満の声が上がる。

「私まだぜんぜん遊んでもらってないのに。」

「もう、わがまま言うんじゃありません!」

こういうやりとりを見ていると本当に普通に親子にしか見えない。少女は必死に駄々をこねて、天照の判断にNoを突き付けようとしていた。

しかし、仲直りして早々に喧嘩別れされては意味がない。夜乃は咄嗟にある案を切り出した。

「では、一緒にお祭りに行くというのはどうでしょうか?」

「え?…あ、そっか。今日か。」

「お祭り!?行きたーい!」

少女はかなり乗り気のようだ。

「んー…まあいっか。」

「良いの!?やったーーー!!!」

彼女は渋々といった形で許可を出した。だが、そもそも自分を祀るお祭りに娘が行くのを天照は断ったりしないだろう。少女はウキウキ小躍りしながら祭りの準備をしに自分の部屋へと向かっていった。

「じゃあ僕は今まで徹夜した分、家で寝てようかな。」

「…ダメ人間。」

「何をぉ!?」

怒れる始祖をジト目で見つめる。天照は困った顔で両者を仲裁しようとしていた。

「……まあ良いや。とりあえず僕は家に帰るよ。天照、帰りのゲートを開けてくれないか?」

「あ、すみません。私も準備があるので先に出たいです。」

「あれ、そうなんだ。わかったわかった。じゃあパパッと出しちゃうね。」

そう言って彼女は指をパチンと鳴らす。するといとも簡単に目の前に黒いゲートが現れた。

「いやあ、本当にしばらく寝てないから早く帰ってベッドに入りたい。」

そんな弱音を吐きながら始祖がゲートへと入っていく。

私もそれに遅れまいとゲートに入ろうとして、

『汝、人間よ。』

神様モードの天照に止められた。

「何かありましたか?」

「ううん。ただ色々とお世話になっちゃったから、私なりにお礼をしようと思って。神託だけでも聞いてってよ。」

日本の最高神から神託が受けられるらしい。これは実に縁起がいい。是非とも宜しくと即座に了承した。

「おっけー、じゃあ行くよ。」



『汝、人間よ。』


『汝の道は久しく険なり。』


『組織、(あやかし)、王、黒。さまざまな力が汝に降りかかるであろう。』


『だが、いずれの時も道は汝の仲間と共にある。』


『汝の思う道を行くと良い。』



「以上!感想は?」

「えっとー、正直よく分かりません。」

途中の妖や王は本当に意味がわからない。何か重要な気もしなくもないが。

「正直そこまで深く考えなくても良いよ。私にもよく分からないこととかあるし。」

「そんなことあるんですか!?」

知られていない事実だった。

「うーん、そうだなあ……じゃあ、出血大サービス。も一つおまけにつけたげる。」

「聞いても分からないと思いますけど…」

自信なくそう伝える夜乃。だが、次の神託は実にわかりやすいものだった。


『眼』


「眼?」

「うん、帰ったら確認してみて。それじゃ!」

その言葉を最後に体が穴へと吸い込まれていった。

謎の浮遊感。無重力の中を振り回される感覚。

しかし、以前の時と比べてさほど苦しくないのは何故だろうか?

答えは簡単だ。


悔いがないから。謎が終わったから。



全てが円満に終わったからである。





これにて今回の謎解きはおしまい。

あとは精算に入るだけである。

この後は清算編に入ります!

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