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4話-23 理解せざるをえなかった

ー8ー


一度誰かに試してみて欲しい。


君はその人の背に立ち、

『1と言えば親指を、2と言えば人差し指を…そして、5と言えば小指をそれぞれ突き出して欲しい』

とゲームの提案をする。

了承してくれたなら、内容を必死に頭に叩き込もうとするプレイヤーに対して意地悪くこう宣言するのだ。

『10』と。

その人は間違いなく君の方へと振り返り、「え?」と驚きの声をあげるだろう。


人間は自分の想定していない事象に対して、非常に脆い生き物だ。予想外というただそれだけのことで、いかに強靭な肉体の持ち主でも体が硬直し、いかに聡明な人間でも思考が停止する。


そして、その効果は獲物の価値が高ければ高いほど大きくなる。



夜乃は確信していた。



少女の、由香里ちゃんの指していた「お母さん」とは天照のことなのだろうと。彼女と信頼関係を保ち、『神隠し』の事柄についてアドバイスができる者など、共にこの空間で過ごす女神を置いて他にない。



夜乃には断言できた。



実の母に捨てられた少女に「お母さん」と呼ばれるほどの存在は、それに足るだけの愛情を注いでいたのだろう。アパートの管理人に聞いた少女の境遇が、どうしても少女の印象と合わなかった。そのズレを作ったのは「お母さん」と過ごした日々にあるのではないか。  



この『神隠し』の中に少女はいない。




だが、自分を連れてきたのは紛れもなく少女だ。




実に作為的ではないか。うまく使ってくれと言わんばかりではないか。




…しかし、そんなことはどうでも良いのだ。

ただこの一瞬、この一時だけでも神の注意を逸らさねばならないのだ。


夜乃はただ願った。神を相手にして神に祈った。


上手くいけ、成功しろ、と。



体勢は変えず、左目だけを動かして神の様子を確認する。


果たして、結果はどうなったのか…






ー9ー


吸血鬼は両手に力を溜めながら、遥か上空の女神の様子を注視していた。


夜乃が唐突に少女の名前を呼んだ時も同様だ。多少驚きこそしたが、それでも視線を何処かにずらしたりはしなかった。



だからこそ、気づけたのだろう。




天照の瞳孔が、



鋭く突き刺すような視線が、






じわりじわりと右側に逸れていくのを。







その千載一遇のチャンスを始祖は見逃さなかった。


「ははは!良くやった、夜乃!」


それと同時に右手に現れた黒い球体。高密度のエネルギー体がバレーボール程の大きさとなって手のひらに乗っている。





「僕の背中から身を乗り出すなよ!!!」






その掛け声と共に、砲丸投げと野球のフォームがごっちゃに混ざった体勢から放たれた球体は、一直線に天照の方へ向かって射出された。






『なっ!?いつのま…に……』




そして、その球体はそのまま天照の隙を縫うように懐まで忍び込むと、 










けたたましい爆発音と共に全てを消し飛ばした。













ー10ー



爆発の衝撃は暫くの間、暴風として始祖に降りかかった。中途半端に彼女から離れていれば、夜乃はきっと塵芥の如く上空へ吹き飛ばされていただろう。

暫くすると、荒れ狂っていた暴風は砂一つ動かさないほどに静かになっていたが、爆心地は依然その爪痕を刻みつけるように黒煙で満たされていた。

夜乃はその隙間を覗き込もうと目を凝らす。

「天照は…どうなったんでしょう?」

「さあね、有りったけの力を注ぎ込んだんだ。かなりのダメージはあったはずだぜ。」

始祖も同様に空を見上げてそう言った。

「いや、かなりのダメージなんかじゃダメだね。致命傷、再起不能なレベルのダメージを与えてないといけない。」

彼女はすぐさまそう続ける。既に始祖は肩で息をするほどに疲労を溜めてしまっていた。先程の攻撃は始祖が残りの力全てを注ぎ込んだ正真正銘、最後の一撃だったのだろう。

夜乃はさっと立ち上がる。始祖の肩を支えるためだ。

「まあ、かなり上手く隙をつけてましたから。いくら神様でもかなりの深傷を負ってると思いますよ。」

「ああ…そうだね。」

始祖はなおも空を仰いでいた。




「そうだったら良かったのにね。」




刹那に響いたその声に夜乃が反応することはなかった。背筋の凍るような鋭い視線が体を貫いたからだ。


『……』


いつの間にか薄らいだ黒いもやの隙間から見える白装束。



自分の肩に乗った始祖の腕の弱々しさ。





もはや理解せざるをえなかった。







始祖は敗北した。



その単純で理解し難い事実を。




やっと終わりが見えてきた

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