4話-17 最後の気付き
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月曜日の教室。終業のホームルームの最中、先生の話を横目に夜乃は窓の外を眺めて黄昏ていた。
土曜日のアパート訪問の後、夜乃達は真っ直ぐ家路についた。雰囲気は重苦しく、時間が余っているからといって遊びに行こうというような空気でもなかったのだ。その結果、今回の『神隠し』についてじっくりと考える時間が出来たわけであったが、しかし特に成果があったわけでもなく、今日も今日とて結果の出ない問題に苦悩しながら、とうとうその難解さに現実逃避を試み、こうして流れ行く雲を眺め自分もかくありたいと無機物に対して嫉妬心を募らせるに至ったのである。
夜乃はもう一度、机の上の資料に目を通した。問題は解決しそうにないか、と問われればそれは嘘である。木曜日に河北神社に行けば、『神隠し』に遭遇できるという推測は出来ているため、今週の木曜日に河北神社に行けば、由香里ちゃんと会うことも可能なわけだ。それを踏まえて、現時点で分かっている情報は2つである。
『・『神隠し』は曜日ごとに各神社を廻っており、河北神社に木曜日、河西神社に金曜日、河南神社に(恐らくだが)月曜日と振り分けられている。
・『神隠し』に入るためには、対象が『神隠し』を知っており、それに好意を示している必要がある。』
夜乃は後者の条件を満たしているため、前者の条件を満たしてしまえば、簡単に『神隠し』に遭遇できる。恐らくこの推測に問題はない。遭うこと自体はそう難しくないだろう。
だが、本当にこれで良いのだろうか。夜乃には納得のいかない理由が2つあった。
1つ目は少女が『神隠し』内の風景についてあまり詳しそうでなかったこと。少女は時折、『神隠し』で起きる景色の変化に対して明確な答えを出してこなかった。常に言葉には「思う」という語尾がついており、少女自体が『神隠し』を制御していないことのへの証拠だと夜乃は考えていた。
そして2つ目が少女が別れ際に発した「お母さん」という言葉である。『神隠し』内でのルールを諭すその言動から、夜乃はその「お母さん」こそ『神隠し』の主であると推測していた。
だが、それと同時にこの「お母さん」が少女の実の母親とは別人物であるという確信もあったのだ。もし実の母親が『神隠し』の主であった場合、少女は何年もの歳月を『神隠し』と共に経験したはずであろう。しかし、彼女の言動からはその経験を感じ取れなかった。何よりそれほどの力を持つ人があんなボロアパートに住むだろうか。
木曜日に河北神社に行くことで、少女に遭うこと自体は出来る。
だが、それで本当に『神隠し』を解決することになるのだろうか。
解決のためにはその『神隠し』の主に会うべきではないのか。
だが、その主は何処にいるのだろうか。
夜乃はそんな疑問と共にペラペラとページをめくる。そして、2,3ページ読んでは唸り、また読んでは突っ伏してを繰り返していた。
さて、どれほど時間が経っただろうか。いつの間にか先生も居なくなり、それと共に教室が騒がしくなり始めた頃、突然の背中への衝撃が夜乃を思考から現実へと叩き起こした。
「おいおい、何だ?祭りの計画でも練ってんのか?」
そう言って机を覗き込む陽子は、鞄を肩から下げて笑っていた。所謂ジャニ持ちというやつだが、様になってるのが如何にも陽子らしい。
「違う違う。『神隠し』について考えてたんだよ。」
「え?…ああ、そうか。すまねえな、邪魔して。」
この前のアパートでの一件を思い出したのだろう。いつもは何にでも歯に着せぬ物言いをする陽子が何処かしおらしくなっていた。物珍しいものを見たな、と夜乃がまじまじと見つめていると、陽子は顔を赤くして逃げていく。…悪いことをしただろうか、と夜乃は内心反省した。
そのまま教室から立ち去ろうとする陽子。夜乃はそれを見送りながら……
しかし急に何か違和感を覚えて、陽子を呼び止めた。
「ねえ!ちょっと待って!」
「もう何だよ!そんなにさっきの態度が珍しかったか!?」
「いや、そうじゃなくて。」
確かにそんな気も少しはあったが、夜乃が気になったのはその前だ。
「さっき祭りの計画でもしてるのかって言ってたよね?何でそう思ったの?」
それは何気ない一言だったかもしれない。
だが、その一言は夜乃にはこれ以上ない程の手がかりだった。その勘違いは夜乃の視界を晴らすような啓示であった。
「いやいや、だってその机の上に置いてある紙さぁ…」
そして、陽子は資料を指差しながら言った。
「『7大祭り』のマップだろ。」
夜乃は再び、視線を下に戻す。周囲を囲むように並ぶ6つの神社と中央の本殿。隣あう河北と河西。
霧は晴れた。
その確かな実感が夜乃にはあった。
次回 推理編ラスト




