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4話-10 対峙

…お久しぶりです。

ー4ー


戸をトントンと軽く叩く。返事はない。拗ねているのだろうか。

「お茶を淹れてきました。」

そう言ってもう一度戸を叩いてみる。すると溜息と共に「どうぞ」と夜乃の呼ぶ声が聞こえた。

部屋に入ると、幾分か冷静さを取り戻した様子の夜乃と、ぐったりとした様子で椅子にもたれかかる始祖の姿が見えた。

「…なんで僕を見捨てたのさ。」

吸血鬼の視線がじっと突き刺さる。しかし、この場合の彼女は構うと面倒くさいことを白は知っていた。

「あはは…随分と時間がかかりましたね。」

始祖の言及をするりと躱しながら、湯呑みを机の上に置く。

そんな様子の白に、彼女も深くは追及しなかった。

「最長記録じゃないか?僕もここまで怒られたのは何百年かぶりだぜ。」

「怒られるようなことをした先生が悪いんですよ。」

赤色の湯呑みを手に取りながら、夜乃はそう反論する。

あまりの正論に、始祖はどうすることもなく、お茶と同時に言葉を飲み込んだ。


それからしばらくして、全員がお茶に手をつけ半分ほど飲んだ頃、湯呑みのコツンという音を合図に始祖が夜乃に疑問を投げかけた。

「…それで?結局君は何が言いたかったんだい?」

これを聞き、夜乃は口から湯飲みを離したが、

「その前に私の質問に答えを返して欲しいのですが。」

しかし手に持ったまま机に置くことなく言葉を返した。

「…それもそうだね。いいよ。」

そう言って、溜息とともに彼女は机の引き出しから書類の束を取り出す。先頭の紙には赤い判が押されていた。

「これが例の…」

「依頼書だよ。」

めくってごらんと合図するように、手をクイクイっと折り曲げる。

そして、吸血鬼の了承を得た夜乃はパラパラと紙をめくっていき、中盤に差し掛かったところでその手を止め、始祖の方へと視線を上げた。

「先生…これ…。」

「ああ、そうさ。」


「君の考えは合っている。今回の依頼は、『神隠し』の『消失』だ。」


その答えに夜乃の横で、白がこっそりガッツポーズをした。顔には見せていないが、夜乃もまた内心喜んでいることだろう。

やはり『神隠し』の調査だけが依頼ではなかった。

まだ、依頼には続きがあったのだ。

これで作戦の前提条件をクリアしたことになる。後はこのまま話を切り出せば良い。

そう考えて、白が夜乃の方に視線を向けようとした、

その時である。

「ねえ。もしかしてだけど…君達さ。」

吸血鬼が口を開いた。


「狼男の件で死にかけておいて、また異形のいざこざに首を突っ込もうって考えてるのかい?」


そして鋭い気迫のこもった声が夜乃達を襲った。


ー5ー


白はその問いに焦りを隠せなかった。例えるならドラえもんが四次元ポケットから無作為に道具を取り出す、あんな状態である。

一方の夜乃は、白ほど焦りを表に出さなかったものの、上手く言葉を出せずにいた。

「どうやら、図星のようだね。」

吸血鬼は険しい表情でそう告げる。

「僕は言ったはずだぜ。異形には手を出すなって。狼男の件は突然のことだったから仕方ないにしても、今回の件は違うんじゃないか?」

「でも…」

「それに君たちは『神隠し』があるって突き止めたんだ。もう良いじゃないか。ここからは僕に任せておきなよ。『神隠し』は僕の手で…」

そう言って始祖は拳を突き出し、


「ちゃんと消しておくからさ。」


そのまま何かを潰すように握りしめた。

『神隠し』が潰される。

夜乃にははっきりとそのビジョンが見えていた。

確かにその方が確実だ。

始祖の力があれば、跡形もなく消し去れるだろう。


だが……



夜乃の脳裏に『神隠し』の景色がよみがえる。

甘え下手な少女の、

笑顔を…

悲しむ顔を…

そして最後の期待に満ちた表情を……


吸血鬼の『消す』とは文字通りの『消失』だ。「神隠し」は始めからなかったもののように、この世から姿を消す。

少女もろとも、『神隠し』の全てを…


…それで良いのか。

このまま指を咥えて見ているのか。




いや、良いはずがない。




あの少女の結末がバッドエンドで良いはずがない。

もう誰も彼女を置いてけぼりにしてはいけない。

「いえ、私が最後までやりきります。」

夜乃ははっきりと口にした。


「先生の力は要りません。」


その声は普段より低く、体の芯に響くような力強い声だった。

決裂の印だ。

夜乃は真っ向から始祖に反逆した。

彼女はこの瞬間、夜乃を止めるために力を尽くすかもしれない。

でも…


夜乃はそれを承知で啖呵を切ったのだ。

彼女があの中で何を見たのか、白には分からない。

しかし、そこで夜乃が高潔な何かを感じ取ったことは分かる。

彼女の行動にそれが表れている。


ならば私も『覚悟』を決めよう。


白は拳に力を込めた。

勝てるとは思っていない。だが、盾になることぐらいはできるだろう。

その一瞬の間で、夜乃が説得の材料を思いつくかもしれない。

心臓はバクバクとエンジンがかかったかのように音を立てている。

でも、目は決して逸らさない。

夜乃のその優しさが私を救った。

彼女が放つ希望が私に生きる意味をくれた。

今その優しさで、その希望で、誰かを救おうというのなら、


私もその光輝く希望に賭けよう。



そんな決意を胸に、白はただ今か今かと始祖の攻撃を待ち続けた。



……



………





しかし結果的にこの心構えは空振りに終わった。

「はあ…。今日はえらく強情じゃないか。別に血縁関係って訳でもないんだろう。」

吸血鬼は一切の攻撃の素振りを見せることなく、ただ溜息と共に頬杖をついてそう言った。

「…そういう問題じゃありません。」

気丈に構えながらも、予想外の質問に戸惑いを見せる夜乃。

一方の始祖はやる気をなくしたかのように背もたれに体を預けた。

「まあ、いつもなら力づくでも止めるところなんだけどね。今回の依頼は少し特殊でさ。」


「依頼者が君のことを知っていてね。やる気があるようなら君に任せてみてほしいって言ってるんだよ。」


勝手なこと言ってくれるよね、と呆れ声で話す吸血鬼。

「え……それって。」

期待の眼差しで見つめる夜乃。

「まあいつまでもって訳にはいかないから、期限は1週間ってことにするけど…」

その問いに彼女は笑みで返した。


「君の好きにやってみなよ。そこの事前捜査資料もしばらく預けるからさ。」



場は一瞬静寂に包まれた。

最初に反応を示したのは夜乃であった。溢れんばかりの喜びそのままに、夜乃は満面の笑みで白の方へと飛びついた。

一方の白はあまりの展開の速さに反応が遅れていた。彼女が横を振り向いた時には、もはや受け身不能になっており、そのまま流されるままに床に倒れ落ちた。

「やった!やったよ!白!!」

喜びのあまり白を押し倒していることに気づかない夜乃。

「よ、夜乃!落ち着いてください!」

抱きしめられて混乱している白。だが、夜乃を引き離そうとする腕には力があまり入っていなかった。

彼女達は一つ山を乗り越えた。

しかし、これからも多くの試練が彼女達を待ち受けるだろう。

だが、それでも今この時だけは歓喜に浸っていよう。

それから暫く、彼女たちから笑みは絶えなかった。





一方で肩の荷が降り一息ついた始祖は、自分の書庫ではしゃぐ2人を机越しに眺めながら、ポツリと独り言を呟いた。

「しかし、どこかで見た顔だとは思ってたけどさ…世間って狭いね。」


その声はさほど小さくはなかったが、喧騒にかき消され夜乃達の耳に届くことはなかった。





長らく投稿期間をあけてしまいましたが、エターにはなりません。大変長らくお待たせしましたことをお詫び申し上げます。

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