4話-7 その後、神社にて
ー1ー
夜乃が意識を取り戻した時、体は地面に倒れ伏していた。黒い穴に飛び込んでからの記憶が曖昧だ。おそらく、あの穴は入った瞬間に人から意識を奪うのだろう。言われてみれば、入った瞬間の記憶もない。
だが、それでもあの空間で起きた出来事は、しっかりと覚えている。
少女が最後に見せた表情も、本当の思いも、私は確かに覚えている。
ならば、後は形にするだけだ。
謎は多い。「神隠し」の発生条件は何か。一度入った人間が二度と神隠しに会わないのは何故か。そして何より、少女が最後に発した言葉が夜乃の頭に引っかかっていた。
問題の解決には様々な障害が伴うだろう。
だが、そんなことは関係ない。少女と再会を約束したのは私だ。どんな困難が待ち受けていようと、自分のすることに変わりはない。
『また、会いに来るから。』
その言葉に嘘はない。
そのことを証明するために、
夜乃は一歩ずつ、前へと向かって歩き始めた。
ー2ー
神社の鳥居の前には、白が待機していた。白には神隠しに遭う前から待機してもらっていた。自分に何かあった場合に、即座に吸血鬼に知らせに行ってもらうためだ。
夜乃が側まで近寄ると、白は驚いた様子で夜乃を見つめた。
「あれ?随分早かったですね。痕跡が見つからなかったのですか?」
キョトンとした顔で白は尋ねる。
その言葉に驚いたのは夜乃の方だった。
「え?…私がここに入って、何時間か経ってない?」
「何時間?まさか。数分程度ですよ。」
そう言って、白は腕に巻いた時計を夜乃の方へ突き出す。短針は少しその身を震わせただけで、突入前と変わらず12の位置を指し示していた。
「本当だ…。全然時間が経ってない。」
夜乃は衝撃の事実に、目を丸くした。
神隠しの世界では、数時間の時を過ごしたはずだ。だが、現実では数分しか経っていない。いや、鳥居と境内を往復したことを考えれば、全く時間が経っていないことすら考えられる。
これが他の人にも共通しているとしたら、神隠しは当事者以外に認識すらされないだろう。何せ時間が経っていないのだ。それどころか、当事者すら夢の中の出来事として考えているかもしれない。
これでは、神隠しの体験者に話を聞くことは難しい。早速、壁にぶつかってしまったことに夜乃は頭を抱えた。
一方で、その様子を傍目で見ていた白は、夜乃の身に起きた事象について何となく察しがつき始めていた。
「夜乃…もしかして貴方、神隠しに遭ったのですか?」
「えっ?」
夜乃は一瞬、言葉につまった。このまま素直に肯定したところで、白は信じてくれるだろうか。
だが、それ以外に返答のしようがない。
「…うん。遭ったよ。」
とりあえず、夜乃は素直に答えることにした。
「なっ!……」
果たして、白は夜乃を疑うことはなかった。だが、夜乃の返事を聞くと同時に、白はその場で膝から崩れ落ちた。
「そんな…!側で待機していながら、夜乃の異変に気付けなかったとは…!守護として一生の不覚です…!!」
異変に気付けなかったことが余程ショックだったらしい。自責の念が背中にのしかかっているのか、蹲ったままその場を動こうとしなかった。
「いやいや。ここで待っててって鳥居の前で待たせたのは、私なんだから。そんなに気負わなくても…」
夜乃が慌ててフォローに入る。
「ですが…。」
「そ・れ・に!時間が経ってないなら、気付くこともできないだろうし。仕方ないよ。」
否定の言葉を押し殺すように、語調を強める。
「そ…そうですか…。」
「うん、そうだよ。」
そう言って、夜乃は俯く白に手を差し伸ばす。
「ほら、早く帰ろ。」
「…はい、そうですね。帰りましょう。」
白も納得したのか、夜乃の手を取り、するすると立ち上がった。深夜ということもあって、辺りはすっかり寝静まっている。早く帰らねば。
そうして、いよいよ撤収しようかというところで、しかし唐突にあることが気にかかった。
夜乃は後ろを振り返って、白にこう尋ねた。
「…そう言えばなんだけど、ここで待っている間に、何か魔力?的なものを感じなかった?」
神隠しとは、こことは異なる世界に人を誘うことだ。ならば、少なくとも人を転移させるための何か現実的ではない力が必要ではないだろうか。
私では感じられなくても、その代表格たる妖精の白ならば、その予兆のようなものを感じとったかもしれない。そう思い尋ねてみたのだが…
「………未熟者です!!私は!!!!」
「ああ、ごめん!そんなつもりは無いから!白は精一杯頑張ってくれてたよ!ね!!」
…一度立ち直った白を、再度凹ませる結果となってしまった。
質問の言葉をもう少し考えるべきだったか。妖精の心は思ったより繊細なのかもしれない。
そう心の中で反省しながら、夜乃はまた白を励ます作業に戻ることとなった。
ー3ー
煽てるという行為はしばしば悪いこととして考えられているが、実際人と仲良くなるためには必須となる行為だ。
かの人たらしとして有名な豊臣秀吉もまた、煽て上手として名を馳せていたという。
「…そうそう!すぐ近くに白がいるって知ってたから、神隠しにあっても不安にならずにいられたんだよ!白がいなかったら私、どんなに不安だったか…。」
「そ…そうですか。夜乃がそう思ってくれているのなら私も…」
その言葉を引き出すまで、約1時間。予想外の重労働に、夜乃はようやく息をついた。
煽てるとは単に相手を褒めちぎることでは無い。褒めすぎることはかえって嫌味となる。
ある人が言った。煽てることは釣りに似ていると。竿を引き過ぎれば糸が切れてしまうし、かといってリールを回さなければ魚は逃げてしまう。その加減を絶妙にこなして初めて、魚は釣れるのだ。
さて、夜乃の煽てによって少し上機嫌になったのだろうか。白は夜乃に対して、こう切り出した。
「しかし、神隠しが実在していたとは思いませんでした。てっきり何かのお伽話かと。」
「ははは。それを言ったら白の方こそ…」
そう言いかけたところで、夜乃は何とか口を止めた。
「……?私の方が、何です?」
「えっ?うん。いや、何でもないよ。」
何とか笑ってごまかそうとする。まさか、『白の方がファンタジーな存在だよ』だなんて言える訳もない。また凹まれたらと思うと…。夜乃の背筋に冷たいものが走った。
「…?そうですか。」
「うん、そうそう。気にしないで。」
かなり強引に話を打ち切ろうとする。
幸いなことに、白は特に追求することもなく別の話題へと移った。
「まあ…とにかく」
「神隠しが実在したってことで、これで依頼も達成ですね。」
白は嬉しそうにそう言った。
今回の依頼は「神隠し」が実在するかどうか確認することだ。それをどうこうするのは、夜乃達ではない。
それに夜乃にとってもそうだが、白にとっても今回が初めての依頼だったのだ。達成できてほっとする気持ちがあるのだろう。
だが、夜乃がその言葉に賛同を返すことはなかった。
「それは違うよ、白。」
その声は先ほどとは打って変わって、真剣さを伴っていた。
白は思わず、夜乃の方を振り向く。
夜乃は白の目を見つめ返して、こう言った。
「依頼はまだ、始まったばっかりなんだから。」
時刻は深夜1時。万人を平等に照らす月明かりが、この時だけは夜乃を選んで照らしているように白には見えた。
そう言えば、今日はエイプリルフールですね。コロナにかかったって嘘をついたら、とんでもないことになりそうです。…やりませんよ。




