3話-9 東の端にて
久しぶりに短め。
ー1ー
「……行ったか?」
その言葉と共に、『それ』は立ち上がった。
辺りを見渡しながら、彼らが完全に立ち去ったことを知ると、ようやく安堵の息をつき、ベンチに腰掛けた。
「危なかった…あいつらが吸血鬼の不死性を知っていなくて助かった。」
吸血鬼は不死身だ。
心臓を杭で貫かれるか、太陽で身を焼かれるか以外で死ぬことはない。
『それ』は服に着いた泥をはらいながら、改めて今後について思案する。
「ともかく、彼らの力を再検討せねば。場合によっては、戦力の追加を要請しないと…」
相手がどうであれ、ロードの命令には従わねばならない。
要請すれば、少なくとも駐在員ぐらいは派遣してくれるだろう。
そして異形がそう考え、ベンチを立ち上がった
その時である。
一陣の風が夜の公園に吹きすさんだ。
突然の強風に『それ』は慌ててハットに手を当てる。
そして、思いの外早く止んだ風に、しかしその強風の先に疑問の目を向けたところで、
「おいおい、それは随分と悠長じゃないかい?」
それとは真逆の背後から、
女が声を上げた。
ー2ー
異形は即座に振り向く。
それと同時に距離をとった。
油断していた?
否、高速で意識の範囲外から接近してきたのだ。
そんな芸当をできる女など1人しかいない。
異形は忌まわしげに口を開いた。
「……始祖っ!」
「そんなに怖がらないでくれよ。同族じゃないか。」
対する彼女は、ニコニコと微笑みながらそう告げる。
だが、その笑みに宥和の意思はない。
彼女の笑みに伴っているのは、
殺気だ。
「見てたよ。僕の領域で、随分と好き勝手してくれちゃってさ。挙句に、普通の一般人に手をあげようとさえしたよね?」
女はその殺気とは裏腹に、淡々と言葉を並べていく。
「困るなあ。そうやって、制限なく暴れられちゃうとさ…」
だが、そのメッキも徐々に剥がれていき…
「殺さざるを得ないじゃないか、君のこと。」
瞬間、彼女から表情が消えた。
その言葉は何処か悲しげだった。
それでいて冷たくて無機質で、
底冷えするような落ち着いた声だった。
そして、女のもう語ることはないという態度を見て、
『それ』は逃走するのを諦めた。
『始祖』と自分の力の差は歴然だ。
その存在から「殺す」と言われた以上、その事実は揺らがないだろう。
だが、ただで死ぬつもりはない。
無惨に殺されるために立ち止まったのではない。
恐怖で震える体を抑え、異形は口を開いた。
「…私たちは誰もお前を『王』とは認めていない。」
「……へえ。」
強者の余裕からか、始祖は傍観の姿勢を見せている。
「吸血鬼の王は、お前ではない。ロードだ!ロードこそが我ら、吸血鬼の王たる方だ!」
対照に、異形のトーンは上がっていく。
「ロードは私に、私たちに仰った!『始祖』の座はいずれ「奪還」すると!あるべき場所へと戻すと!我々もまたそれを望んでいる!」
それから、まるで光を眺める子供のようなキラキラした目で…
「彼は必ず成し遂げる!ロードの力はお前の想像以上に強大だ!」
一切の絶望に染まることなく…
「故に始祖よ!偽りの王よ!いずれ終わることが確定した虚構の日常を…」
饒舌に言葉を並べながら…
「精々怯えながら過ごすが良い!」
そう高らかに締め…
直後、自ら絶命した。
突然の自殺に硬直している始祖を横目に、『それ』は最後まで目に希望を灯しながら死んだ。
自分に怯えひれ伏すことなく、自ら命を絶つことすら厭わない忠誠心の高さ。
それを恐怖なしで実現する求心力とカリスマ。
『始祖』を奪還するというワード
「…ロード、か。」
いずれぶつかるであろう脅威を相手に、
彼女はポツリとそう漏らした。




