3話-5 それが私の生き方だからだ
テスト期間に入る前に投稿しときます。
ー13ー
その日は雨が降っていた。
周りは今日のようなハレの日に降る雨にうんざりしているようだ。だが、彼にとっては些細なことである。
黒い筒を手に持ち、大通りの人集りを縫うように進んでいく。
ハンターライセンス。『異形』を狩る狩人になるための資格。取得に2年の座学と実習を要するそれを、彼は今日ついに手に入れた。
もちろん彼が未だ新米であり、狩人として素人であることに変わりはない。
しかし、ただ一点。大きな変化がある。
同業者として彼女の仕事を手伝えるようになった。狩人として同じ位置に立てる。そのことは彼にとって、今までの苦行さえも忘れられるほどに嬉しいことだった。
今持てるすべての力を出し切って帰途を突き進む。顔がニヤけて止まらない。帰ったら今までの愚痴と共に彼女と喜びを分かち合おう。
そんなことを考えながら、彼は玄関口を開けた。
そこに彼女はいなかった。
いや、正確に言えばいるのだろう。
目の前に置かれた棺の中に。
筒は手からこぼれ落ちた。
それと同時に彼も膝から崩れ落ちた。
知っていた。知っていたはずだった。この仕事がそういうものだと。死と隣り合わせだと。
だが、知っていただけだった。
止め処なく零れる涙を拭うことなく、彼はそこに立ち続けた。
繰り返す。
その日は雨が降っていた。
火葬が終わって間もなく、彼は家を離れた。
棺桶の側面に貼り付けてあった
『from Lord』と書かれた白い紙。
それを手掛かりにロードと呼ばれる異形を求めて、
彼は旅を続けた。
必ず殺すという怒りを胸に、
一方で、たとえ死んだとしてもそれはそれで良いという生への諦めも持って、
彼は旅を続けた。
そうしてロードを追い求めた彼が『始祖』と呼ばれる吸血鬼を知り、この地へ足を踏み入れたのはそれから1年経った頃である。
ー14ー
「ロードォォォオオオオオ!!!」
咆哮とともに彼は、己の敵を見定めた。
遂に見つけた。
目の前のやつこそ、長く追い求め続けた『ロード』に繋がる鍵だ。
絶対に逃がさない。
「ハハハハ。良いねえ。向かってくるじゃないか。一方的な狩りじゃつまらない。」
相手も臨戦態勢だ。
恐ろしいか?いや、むしろ都合が良い。
彼は牽制として、ジャブを一発顔に目掛けて繰り出した。
「おっと。なかなか鋭いパンチだ。筋が良い。」
『それ』は飄々と横に躱す。
余裕があるのだろう。笑みが溢れている。
想定内だ。いや、期待以上か。
『それ』は雑に横へ飛んでかわした。
敵は空中にいる。
彼はそこへ右ストレートを放り込んだ。
「死んどけッ!」
敵が着地すると同時に拳が届く。
物騒な掛け声ともに腕を振り抜いた。
直後、横を凄まじいスピードで何かが通り過ぎた。
拳は空を切った。
強烈な悪寒が背後を襲う。
「おいおい、背中が空いてるぜ。隙だらけだなあ!」
そんな声が背後から聞こえた。
急いで顔だけ後ろを振り向く。
相手はすでに蹴りを放っていた。
避けられない。
…
……
………
想定内。
彼は何処までも冷静だった。
完全に背後をとった者は何処に攻撃を当てるか。
顔か横腹だ。
彼が真っ先に確認したのは、攻撃が顔に向かってきていないか。
『それ』の上体はそれほど反っていない。
ならば攻撃先は絞られる。
彼は相手の足に左肘を合わせた。
驚いたのは敵の方だ。
「エルボーブロック!?」
当たると確信したのだろう。
硬直が大きい。
彼は笑みを浮かべた。
「隙だらけだって?何言ってんだ。」
語りながら体ごと後ろを振り向く。
「隙ってのは、こうやって作るんだよ。」
その勢いと共に放たれた一撃は、今度こそ『それ』を捉えた。
狼男の渾身のパンチは相手の体を優に吹っ飛ばし、後方の壁へと叩きつけた。
ー15ー
「おい、起きてんだろ?てめえには聞きてえことが山程あるんだ。とっとと喋ってもらうぜ。」
ゆっくりと近づいてくる足音。
流血したままピクリとも動かない体。
『修復』には暫く時間がかかりそうだ。
「…無視すんなよ。喋れるだけの体力はあんだろ?」
尚も声は迫っている。
どうやら私を逃してはくれないらしい。
このままでは情報を吐くだけ吐かされて、無残に殺されてしまうだろう。
だから仕方ない。
本当は使いたくなかったけれど。
そんな表面的な思いと裏腹に笑みが漏れる。
「なあ…」
私は彼に向かい、優しく語りかける牧師のような声音で言った。
「哀れだなあ、復讐者。お前が何をしても恋人は帰ってこないと言うのに。」
何てこともない、ただの負け惜しみ。
だが、その言葉に反応する彼の表情を見て、
『それ』は勝利を確信した。
ー16ー
負け犬の遠吠えだ。
弱者の情けない最後の足掻きだ。
地に這いつくばる虫ケラの惨めな鳴き声だ。
普段なら聞くまでもなく一蹴する。聞くにも絶えないもの。
だが、状況が悪かった。
彼は情報を聞き出すために『それ』を生かしていた。セリフを聞き逃すことも、聞き出す前に殺してしまうことも出来ない。
そして……
『恋人は帰ってこない』
その言葉が深く胸に突き刺さった。
敵の術中にはまった。
深層に眠っていた無意識が呼び覚まされた。
『始祖』に挑んだ時から付き纏っていた違和感の正体に気づく。
そうか…自分は…
初めから復讐なんて望んじゃいなかった。
死にたがっていたんだ。
体の緊張がとけた。
力が抜ける。
片膝をついた。
流されるままに上体が倒れる。
あの時、無造作に置かれた棺桶を見たあの瞬間、
ライトという人間は確かに「死んだ」。
そこで終わっていた。
俺はとっくの昔に死んでいたんだ。
その思考を最後に、彼の意識は途絶えた。
『それ』は彼が精神と共に崩れ落ちるのを見送ってから、ゆっくりと立ち上がった。
それもまるで買ってもらった玩具を壊した子供のように、無邪気に笑いながら、
「どんな生物にも罪の心がある。軽いものもあるが、自分じゃ抱えきれないぐらいの重いものだってある。」
壊れた玩具に近寄って行き…
「だから隠す。防衛機制ってやつだ。心の奥の方へ仕舞い込んで見えないように閉じ込める。時々隙間から姿を垣間見ることはあるが、直視する前に隠してしまう。」
先程の意趣返しに彼を上から見下ろしながら…
「故に私がするのはごく単純なことだ。その扉を大きく開いてやるだけで良い。本人が全て見れるように、大きく、大きく、開いてやるだけで良い。」
手を首の根っこを持っていき…
「感情は思っている以上に脆く弱い。特に君のような境遇の者は、受けるショックも大きいだろう。原因はこっちだけどね。」
優しく包みこみ…
「特に恨みはないんだが、ロードの命令だ。受け入れてくれ。」
「さようなら。自分の今までの人生を悔いながら死ね。」
力任せに握った。
ー17ー
夢を見ていた。
儚くも虚しい、女々しい夢だ。
この期に及んで、こんな状況にもなって、
目の前に彼女がいる。
そんな夢を見ていた。
ここは天国だろうか。
首を締め付けていた痛みもすっかり消えている。
自分は死んだのだろうか。
…もはやどうでもいい。
1年前のあの日からずっと会えなかった、会いたかった人がそこにいる。
それ以外どうでも良い。
彼はゆっくりと口を開いた。
「会いたかった。…ずっと探してたんだ。後ろ向いてないでさ、こっち向いてくれよ。」
その言葉に反応してか、彼女がこちらを振り向く。
長く見れてなかった素顔。
神様も最後にサービスしてくれるようだ。
彼女には言いたいことが沢山ある。
嗚呼、このまま永遠に夢に浸って…
「黙れ。話しかけるな、負け犬。」
その発言に、急速に現実へと引き戻された。
「あいつ」なら絶対にしない物言い。
強烈な違和感。
それが一つの推論を叩き出した。
まさか、彼女は「あいつ」じゃなくて…
「……陽子?」
「気安く名前で呼ぶんじゃねえ。言葉遊びで心が折れるような知り合いはいない。」
陽子はそう言って、そのまま前を向いた。彼と目も合わせたくないらしい。
一方で、自分の能力を『言葉遊び』呼ばわりされた異形は、怒りを感じながらも平静を保って言った。
「…君は何者かな?彼を助けに来たのなら、全力で排除せねばならんのだが。」
突然の乱入者に、一度距離を取ったのだろう。
しかし、姿勢は臨戦態勢をとり続けている。
彼女が首を縦に振れば、即座に殺しにかかるつもりのようだ。
だが、陽子は首を振らなかった。
「死にたいって思ってんなら、死ねば良い。私は自殺を止めるほどお人好しじゃねえからな。」
「ふむ、そうか。なら良かった。」
彼女の言葉を聞き安心したのか、『それ』は彼に目を向ける。
そして腕を振り上げながら、こちらへ迫ってきて…
…陽子に阻まれた。
『それ』は怒り狂う。
「おい!一体何をして…」
故に、異形はその不可解な行動の真意を問おうとして、
「だから、これはお前のためじゃない。」
陽子の迫力に気圧された。
「そう、これはお前のためじゃない。」
ーThis is not for the broken-hearted like you.
「ましてやお前への慰めの言葉でもない。」
ーNo silent prayer for the faith-departed.
「だから私はお前のために助けるんじゃない。」
ーTherefore, I save you not for you.
「私がお前を助けるのは…」
ーIt is because that…
「それが私の生き方だからだ。」
ー…it's my life.
彼はその一言一句に信念を見た。
その堂々たる振る舞いに覚悟を見た。
一歩も引かない姿勢に勇気を見た。
そして、その全てが彼の心に波紋を起こした。
3話が終わったら、「とある1日の二人」の続きを書くんだ…




