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1話-1 真夜中の出会い

前作から長く時間を空けてしまいました。今回はファンタジーチックになり、前作と大きく変わった印象を持たれると思いますが、戦闘描写よりも心理描写を多めにするつもりなので前作から読んでくださっている方も気兼ねなく楽しめると思われます。

ー1ー


これ以上ない失意のどん底に私はいた。

体中痛まないところはなく、壁に寄りかかるのがやっとだ。地面に這いずる虫のように惨めな私に向かって、追い討ちをかけるが如く冷たい雨が容赦なく降り注ぐ。

間違いなく今が人生で最も不幸な日だろう。

こんな誰もが他者への関心を捨て、孤独に溺れてしまうであろうこの状況でなお、私が他者に向けてあまつさえ同情の念を向けている理由はただ1つである。


目の前の彼女が私以上に衰弱していたからだ。


ー2ー


それを見るまで、今の私以上に酷い惨状に身を置く者などいないと考えていた。

しかし私の目の前で実際に見えている彼女の状態は、およそ17年程度の人生しか送っていない私には説明できないものであった。

私と同じ様に大粒の雨に打たれているはずの彼女からは、何かで焼かれているかのような灰色の煙が絶えず出続け、そこから微かに体の一部が欠け始めていた。四肢を地面に投げ出し、うつ伏せになりながら、何とか動かせるのであろう右手で体を引きずってこちらへ這ってきているようだ。

普段こんな得体の知れないモノがゆっくりとこちらへ近づいていたならば、これ程ゆっくり観察するまでもなく、すぐにでも体を反転させてその場を後にしていただろう。

だが今の私はそんな気にはならなかった。そもそも逃げるほどの気力がなかったのだが、それ以上に醜くも現状の困難に抗う姿を見て、何故かそれに手を伸ばしてやりたいというお人好しも超えた聖人が如き感情に襲われたのだ。

不幸中の幸いと言うべきか、自分の体はどこの骨も折れていなかった。私は最後の力を振り絞り体を起こすと、いまだ匍匐前進を続ける彼女の手を取って、雨風がしのげるであろう建物の中へと誘導した。

その後、彼女のつま先まで屋内に避難できたのを確認して間も無く私は地面に倒れこんだ。雨で体力を奪われたうえに他人を牽引したのだ。力尽きるのも無理もない。私は一握りの充足感を握りしめ、自分の身に着実に向かってきている「死」を肌で感じながら、静かに目を閉じた。


ー3ー


「よもやこの僕が年端もいかぬ少女にこの身を助けられるとはね。」

夢の中だろうか。容姿の整った端正な顔立ちの美女が眠っている少女の目の前に立っていた。

「それも自分の死と引き換えにときたものだ。全くどうしたものかな。」

少女の首元を触りながらなおも話を続ける。

死んだ?一体誰のことだろう。

「まあとにかく恩には報いなくちゃね。」

その次の瞬間、少女の首に何か鋭いものが突きつけられた。私の位置からはよく見えなかったが、白く光るものがチラと見えた。そしてそれが何なのかを考える時間もなかった。

「君の死を厭わない行為に敬意を評しよう。さあ、帰っておいで。」

その言葉とともに私の体は急速に、まるで磁石のS極とN極が惹かれ合うように、眠る少女の体へ引き寄せられた。

その体に近づくにつれ薄れていく意識の中、微かに響く女の声を私は聞きとらえた。


「ようこそこちら側へ。新たな人生を楽しむと良いよ。」


ー4ー


涼しげな風に顔を撫でられながら、私はゆっくりと目を覚ました。妙に爽やかな気分である。

最初に気づいたのは体がどこも痛まないことだった。それどころか先程まで私の体を包んでいた倦怠感が綺麗さっぱり無くなっている。

私はさっと体を起こし、周囲を見回した。そしてすぐに首元に手を当て、何もなってないことを確認しホッと一息ついた。…私は何を安心したのだろう。

「もう塞がってるんじゃないかな。」

突如後ろから声が聞こえた。突然のことに驚きながらも何とか後ろを振り返ると、夢に出てきた女性が袋を手に持って立っていた。

「あ…あなたは?」

「もう忘れたのかい?君に助けられたモノだよ。」

彼女はにこやかに微笑んだ。まるで何事もなかったかのように振舞っている。さっきは地面に這いつくばるほど衰弱していたのに。

「それよりお腹が空いただろう。軽食を買ってきたんだ。」

私ははっとなって窓の外を見た。もはや向かいの建物すら見えないほどに真っ暗だった。

いつの間にこんなに時間が経っていたのだろう。

「いいんですか?」

「謙遜しないでくれ。君には本当に助けられたんだ。これぐらい受け取ってくれなきゃ困るよ。」

「あ…じゃあいただきます。」

私は彼女から袋を受け取った。中身は5本入りのスナックパンだった。

「美味しいかい?」

「はい。」

私が寝ている間に相当な時間が過ぎていたのだろう。想像以上にお腹が空いていた。私が次々とパンを口に入れていくのを彼女は側からジッと見つめていた。

他人のパンに執着しているのが急に恥ずかしくなった私は、2本のスナックパンを食べたところでその手を止めた。

「あの…食べないんですか?」

「僕かい?いいよ。さっき食べたんだ。」

そう言って彼女は笑った。

きっとスナックパンを買いに行くついでに何か食べたのだろう。そう勝手に解釈して私は引き続きパンを口に運んだ。


腹が空くというのは恐ろしいことで、食欲が満たされるまでの間は食べること以外への注意が散漫になっているのだ。つまり、周りで何かが起きていてもそのことに意識を向けられない。思考が奪われるのだ。

そしてパンを食べ、食欲を解消した私が真っ先に感じたのは自分が身を置いている状況への恐怖である。

体の異常な回復。女性から出ていた謎の硝煙。更にその彼女が何事もなかったのように側で微笑んでいる。

そのことを再認識した私からさっと血の気が引いた。

「おっと。その様子だと、ようやくまともな思考が出来るようになったようだね。」

そう言って彼女は、身動ぐ私を見て言った。


「話をしようか。」


ー5ー


「まず最初にだけど…僕って何だと思う?」

「何…ですか。」

彼女は私に何を聞いているのだろうか?

職業だろうか?それなら司書と答えるだろう。その佇まいは落ち着いていて、とても本が似合いそうだ。

国籍だろうか?それなら日本人だろうか。だが肌が異様に白い。

もしかして性別?その姿で実は男性だったりするのだろうか。

「えーっと…質問の仕方を間違えたかな?じゃあ質問を変えよう。」

彼女は言葉を続けた。


「僕が人間だと思うかい?」


その言葉が真っ直ぐ私の胸に突き刺さった。

体が硬直する。蛇に睨まれるカエルにでもなった気分だ。

分かりきった答えである。今までに私の目前で起きた出来事を総じて何というのか。

『超常』だ。

目の前に立つモノは間違いなく人間ではない。人という域を超えた何かだ。

「人間じゃ…ないんでしょうね。」

震える声で何とか答える。

「そうだね。僕は人間じゃない。」

予想できた答えだ。ここまではいい。

後は願うだけだ。どうか彼女が人に危害を加えないようなモノであるように、と。

「僕はね…」

そして彼女は神に祈り続ける私に向かって、聖女に天啓を与える神が如く優しい声音で語りかけた。


「吸血鬼なんだよ。」


拝啓お父様お母様。本日は私にとって最大に不幸な日であり、かつ

最後の日になるでしょう。





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