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藍花

作者: 雪桜



私は花になりたかった。


曇天の色が見えなかった。白でも灰色でもなかった。くすんだ色がただそこにあったから、その中にたたずむ花に、私はなりたかった。


ある日、六月の滲んだ空気と水溜まりが、藍色を映し出した。

泣きそうな空と、藍色だった。私の口元は歪んでいた。涙を我慢する幼子の気持ちだった。私はいつもそうだった。元来私が泣き虫な理由はそれだけだった。色が、私に感動と怒りをもたらした。色だけが、私に感情をもたらした。

静かに、声を押し殺して泣いた私が、何よりも嫌いだった。雫が空を反射して、小さな海となっても、色は答えてくれなかった。白でも灰色でもなかった。小さな海が、そこで死んでいた。


その時緩く滲んだ空気が、あの路地裏に浮かんで私の視界を汚した。思わず目を逸らすと足下の水溜まりは変わらずに藍色だったから、私はお気に入りの靴でその水溜まりを踏み潰した。

揺れたその色の、正体が汚れた視界の端で揺れた。消えたはずの藍色は、路地裏の隅で生きていた。死んだはずのそれがまだ、路地裏の隅で生きていた。やはり、それだけだった。世界でただこそだけに、色があった。私の濡れた靴が、そこを指さした。

「哀しい色が、息をしている」

「まだそこで、息をしている」

「あの場所はあんなに滲んでて汚いのに」

「ただ哀しい色が、息をしている」

色のない私達は、それを見て息をしている。

色があるから息をしている。藍色の花があるから、息をしている。

私は花になりたかった。

哀しい色になりたかった。


遠い昔に、花の群れに投げ捨てた指輪を思い出す。ああ、虚しい音を立てて消えていったあれは、もう死んでしまった。どんな愛だって、色には敵わなかった。彼がくれた指輪だって、色には敵わなかった。私一人残して消えてしまった。あの日のコーヒーは酷く不味かった。指輪を通して彼を見たかった。私は、彼の瞳の色さえも、知らなかった。

私は今でも指輪を探している。藍色のそれを、探している。路地裏のどこかに、探している。死んでしまった彼が、どこかにいる。


濡れた靴で歩き出す。

歪んだ足跡が、曇天の色によく似ていた。白でも灰色でもなかった。くすんだ色がただそこにあったから、その先でたたずむ私に、私はなりたかった。


「哀しい色が、息をしている」


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