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君とは生きられない  作者: 浦戸 蛍
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春編 1章

 小学校という世界は、どうやら利口な子供にはいささか以上に退屈するように出来ているらしい。周囲の人間は皆、騒ぐことしか考えていないような低能で、どうすれば効率よくトラブルを回避出来るのかを計算しようともしない。だから下らないことをやって、等価交換とはとても思えないほどの面倒事をいつも抱え込んでいる。

 実際、今もおバカなクラスメイトが女子をからかって泣かせていた。花の金曜日故か、いつもより気分が高揚していたのだろう。お昼休みが終わるまであと五分ちょっと。先生が教室に戻ってくるまでは二分もないだろう。その間に女の子が泣き止まなければ、先生によってカミナリを落とされることになる。

 それに気づきながらも、今更引っ込みがつかないのか、馬鹿な男子はからかうことをやめようとしない。その判断こそが愚鈍であるとは気づかない辺りやはり阿呆だ。大体、このパターンで怒られるのが何回目だと思っているんだ。学習する意欲がないなら学び舎に初めから足を運ぶんじゃない。

 そこまで考えてため息が出た。まったく、どうしてこんな奴らと同じ場所で時間を過ごさなければならないのか疑問で仕方がない。こんな騒々しい環境に身を置くくらいなら、家にいた方が何倍も読書に没頭できるだろうに。

関係ない、関係ない。傍観者を決め込むのが楽だ。変に首を突っ込んだっていいことない。

そう考えて読書に戻ろうとするも、頭の中で視界に写った文字が上手く文章に繋がってくれない。読み直しても読み直しても思考が働かず、結局読書がはかどらない。その元凶は間違いなく、グスグスとすするように泣く女子だ。

チッ、やはり泣き声が邪魔だ。おかげで集中が途切れてしまった。

仕方がないとため息をつきながら諦めて、しおりを挟んでから本をパタンと閉じる。椅子を引いて腰を浮かせ、今回の騒がしさの元凶である二人の元へと足を運ぶ。

歩きながらまたため息が出た。まだ小学校三年生なのに、一日に吐くため息の量が多すぎる。いつか心労で倒れるんじゃないかと今から心配だ。

歩きながら周囲の視線を受ける。込められているのは敬意か、あるいは畏敬か。化物でも怪異でも、まして幽霊なんかではないんだけどな。

まあ、こういう役回りばかりしていてはそうなるのも必然なのかもしれない。

小学校という閉じた世界においては、行動できるというその能力は随分と注目されるらしいから。

誰にだって足はあるし、口はついているのにな。

「これ、使っていいからアンタは早くトイレにでも行ってきな。先生には適当に行っておいてあげるから」

二人の間に割り込むようにして入って、女の子にハンカチを渡しながらそう言った。無論、後ろから聞こえるやかましい声はガン無視だ。とりあえず、今は女の子をこの場から上手くどかすことが先決だしな。

「あっ、あっ、いつもその、ありがとう」

本当にそう思っているのなら、是非とも次からは根本的に泣かない努力をしてほしいところだ。

「いいよ。それより早く行ってきな」

思ったことは口にも顔にも出さず、催促するように背中を押しながらそう言った。何が今一番重要なのか、そのために何をするのが一番効率的なのか、ちょっと考えればすぐ分かることだろうに。お礼を言う暇があるなら早く教室から出ていってほしい。

「うん、本当にありがとう」

そう言いながら女の子は教室から出ていった。一つ目の案件を終えてため息をつき、向き直ってからすぐに二つ目の案件に取り掛かる。

まあ、正直コイツの相手は簡単だ。

力で闘う者は、それ以上の力で闘う者の前では無力だから。

「おいっ、結城。いつもいつも格好つけて邪魔すんじゃねえよ!」

「別に格好つけてるわけじゃない。面倒くさくて格好悪い行いを、自分のために止めているだけだ」

「はあっ、訳分かんねえこと言ってんじゃねえよ!お前気に食わねえんだよ!」

そう言いながら阿呆な男子はいつものように大きく拳を振り上げた。まるで威嚇行動だ。自分を大きく見せて、相手から闘う気力を削ぐ行為。まあつまり、実際に闘えば大したことはない。大体、目の前に敵がいるのにそんな大きなモーションとったら隙だらけじゃないか。男子なら、喧嘩の仕方ぐらいはちゃんと学んでおけよな。

それにしても、「嫌い」じゃなくて「気に食わない」か。一週間前よりは語彙が増えているようじゃないか。

振り下ろされる拳を見ながら、クラスメイトの成長に微かに感動する。なら次からは、是非ともこの下らない茶番を起こさないようにしてもらいたい。こちらにかかる面倒事を減らしてくれたら、こいつとも上手くやっている気がする。

その祈りと共に、右足を軽く後ろにスウェーしてから振り抜く。狙う先は相手のスネだ。予備動作は小さいので、蹴り自体の威力は低いが、それでもきちんと急所に当てればそれなりのダメージは与えられる。男の最大の急所を突いてやってもいいのだが、こんな野郎のイチモツには触りたくない。なので素早く狙えるスネをいつも攻撃するようにしているのだ。

はたして、拳を振り下ろし終える前に右足に激痛を背負った男子は攻撃を中止し、その場で足を押さえてうずくまった。今回はいつもより少し強めに蹴ってしまったからな。気の毒だとは思うが、申し訳ないとは別に思わない。痛みと共に成長してほしいところだ。

「痛いんだったら先生来る前に保健室にでも行ってきな。面倒なのはごめんだから」

目線を合わせるために屈むようなことはせず、仁王立ちのまま言い放った。その言葉に顔を上げた男子の顔には、涙が浮かんでいたように見えた。しかし、すぐに男子は顔を俯けて廊下へと走り去っていったしまったので、真相は分からない。

その背中を見送りながらため息をついた。疲れた。今日はまだスムーズに行った方だろうか。それとも十回目近くともなれば、時代劇の流れのように、お約束のようになるのだろうか。

いずれにせよ、迷惑極まりない話だ。折角の読書が楽しめなくなってしまう。

午後の授業開始五分前のチャイムが鳴ったので、おとなしく自分の席に戻る。その途中ヒソヒソ声で何かが聞こえた気がした。

やれやれ、これだから低能は。

陰口というのは、陰で言うからこそ意味があるというのに。

席について、机にしまった本を取り出す。

しおりを頼りに続きのページを開いて、授業が始まるまでのそのわずかな時間を有意義に過ごそうと努める。

 しかしまだ、また読書に耽ることは出来なかった。

 「…何だかんだで目立ちたがりだよね」

 「だよねー。本当に面倒なら、大人しく本読んどくはずだもんね」

 さっき聞こえたヒソヒソ話の内容が脳内で再生される。別に気にする必要もないんだろうけどなあ。

 やっぱり、学校って場所はつまらない。


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