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第11話  スノーホワイト

 ――ヒロは自身に注がれる複数の視線を感じていた。


 それはソウマやサクラからだけではない。戦場で戦っていた者達からだけではない。

 それは、校舎の至る所から注がれている。それまで視界にも入っていなかった存在へとただ一点に向けて注がれている。


 視線の中にはいくつもの感情が入り混じっている。困惑が、疑心が、嫉妬が、羨望が入り混じっている。


 ふと、前方で立ち竦むソウマと目が合う。そこに浮かぶのはまさしく困惑の目だ。何故、先日ゲームを始めたばかりのヒロがこれほどのスキルを使えているのか、という疑惑にも似た隠しきれない困惑がその体を支配しているのがひしひしと伝わってきて、思わずヒロは目を反らした。


 とても心地がよいものではない。むず痒く、どこか悪寒すらするようなざらついた感情がヒロの心を侵食している。そこに、嘘も偽りもなければこんな感情にはならなかっただろう。それが、きちんと努力に裏打ちされたものであればこんな後ろめたい気持ちにはならなかっただろう。

 しかし、残念ながらそうではないことをヒロは自覚している。


「誰だあれ」「あんな人ウチの学校にいたの!?」「あんなスキル見たことねぇよ」「チートじゃねぇの?」「あのスキルはヤバいだろ」


 困惑にも似たざわめきが至る所に散らばっている。


 当然といえば当然だろう。それまで割と学校でも有名なソウマとサクラを筆頭に、そこそこ名前や顔が売れている人間が二十人強でやっと何とかしていたのだ。

 そして、それほどの人間をもってしても、時間を重ねる毎にその集団は規模を縮小し、あとはSP切れを待つのみといった状態だった。


 それまで何もしていなかった人間が何故このタイミングで現れたのか。そもそもその生徒はこの戦闘が始まったその瞬間から戦場の一番端っこに陣取っていた。


 いつでも戦闘に参加できる位置にいながら今この状況となるまで、一太刀の加勢すらせず、日和見を決め込んでいたということか。

 と、言うことは自身にもっとも危険が及ばないタイミング、あるいは都合のいいタイミングを計ってたという事なのか? だとすれば何と性格の悪い――


「……とか思われてんだろうなぁ」


 どうにか出来るのであれば最初からどうにかしていたし、あれは日和見どころか諦めの境地に近い。


 しかし、結果的に自身のロストを許容して戦場の一番近く、一番中途半端な位置に居座った上、一番中途半端なタイミングで戦闘に乱入したものだからいらぬ勘違いが広がっている気がする。


 実際に耳に届いている声を元に組み立てられた妄想がぐるぐると思考の海をかき混ぜる。数えきれないほどの視線が体に突き刺さるのを感じつつ、この状況をどうやってやり過ごし、なんと言い訳しようかと、それだけを考える。


 ――目立ちすぎなんだよなぁ……


 マシロの存在を信じてもらえるのならばそれでもいいのだが、結果的に自身がスキルを使ったように装ってしまったため、今更信じてもらえまい。それどころか、状況のみを見れば規格外のスキルをゲーム開始直後の状態で使ってしまったのだ。チートと判断されれば、最悪もうソウマ達と遊べなくなってしまう可能性もある……


 氷のように冷え切った汗がヒロの背中を伝っていく。この状況の捌き方を間違えてはいけない、気がする。そんな言い訳ばかりを考えていると……


「っとと! ちょい! 何か来そうだけどどうすんの!?」


 その傷に相応しい報いを受けさせんとでも言うように、禍々しい色をした体液に染まる右腕を何度も何度も地面に叩きつけながらラグナロクがその怒りの矛先をヒロへと向ける。

 正確にはヒロの仕業ではないのだが、ラグナロクにさえその姿は見えてないないらしく、ただ一人、丸腰の男にのみ焦点を定めている。


 ヒロとしてはその傷に関しては強く無実を主張したい。いや、実際のところ無実でありその怒りは冤罪だ。しかし、状況証拠だけで十分に有罪判決が下せるほどこの裁判はヒロに不利だ。

 なんせ、密室の中で刺殺体を目の前に、傷口と一致する刃物をしっかりと握りしめた上無罪を主張しているようなものなのだから。唯一の反証は、その凶器に被害者の血液が付着していないことくらいか。


「連帯責任ってやつですか!? ちょっと! 自分の不始末は自分でどうにかしてもらっていいです!?」


 やや右手後方、少し離れた位置で背伸びにあくびを交えながら悠長に構えるマシロに対し、ヒロは責任を取るよう嘆願する。ヘタレだなんだと言われようがどうしようもないものはどうしようもない。どうしようも出来る人間に任せるのは適材適所、決して男としてのプライドに傷をつけるものではないことを強く強調する所存だ。


 そもそも、もう少し相手方の機嫌を損ねない方法もあったかもしれないし、そうでないにしても出来れば実行する前に一言欲しかった。だって、そうすればもう少しナチュラルに立ち振る舞えたかもしれない。


「んー、とりあえず防いどく?」


「何でもいいけどよろしくお願いします!」


「どん! 反射するステップ(パッソリヴェルベロ)


「パッソリヴェルベロ!」


 ただ一人、ヒロに向けて全力で振り切られた隻腕に向けて、マシロはわざとらしく口で効果音を添えつつ右足で地面を叩くような仕草をする。

 目の前から壁のように迫るそれに向けて、ヒロは一切の余裕もなくお手本を見事にトレースして自身の右足を思いっきり地面に叩きつけながら、マシロの言葉を復唱する。


 その瞬間、足の裏で爆弾でも炸裂したかのような衝撃波が目前に迫る腕を押し返し、宙へと打ち上げた。


 実体を与えられた大気に容赦なく押し返された腕は、ダラリと力なく空に舞い、勢いそのままに無防備な脇をガラ空きにする。


 ――腕と殻の隙間、その奥にその体表からは想像できない柔らかな肉質が覗いた。


 完全に自身の攻撃をはじき返された形となったラグナロクは、よほどそれが予想外だったのか、打ち返され宙を漂う腕を眺めながら、この戦いが始まって以来初めてと言えるほど明確な隙を作り出した。


 武術の心得があるわけではない、格ゲーの知識があるわけでもない。まして、このゲームに精通しているわけでもない。しかし、そんな素人目にも明らかなほどの隙がそこに生じていた。次の一撃は確実に入る。ヒロの中にそんな確信が生じる。

 目では捉えきれたとしても、その態勢では絶対に次を捌くことなどできない。自身の目の前にはその拳を撃ち落とされ、無様に無防備をさらすボクサー、あとはその顎を打ち抜くだけの拳がこちらにあれば――まぁそれが問題でもあるのだが。


「おおっ!?」


 色々と考えたところで、実際のところ何もしていないのだから解説者でしかない。そして、目の前の光景に視線を奪われているヒロとは裏腹に、自身の想定内の事柄しか起きていないマシロは静かにヒロのすぐ背後へと立ち位置を変える。はっきりとしたプロセスをもってこの隙を作り出したのだ。当然、マシロにこの好機を見過ごすなどという選択肢は無い。


「――構えて」


 相変わらず雪のように柔らかく、ひやりとした声が背後から囁く――その声に促されるようにヒロはそっと右腕で銃を作った。


 構えて、と言われただけでなぜそんなポーズを取ったのかは分からない。分からないがそれが正解なのだという確信がヒロの心のどこかにはあった。真っすぐと伸ばした人差し指を見つめながら、ヒロは心を決める。『これほどのスキルを使うことが出来る人間』を演じる覚悟を。


 ――一体自分は何をしにこんな戦場のど真ん中までのこのこ出て来たのか。マシロに問われた言葉を否定できなかった。いや、その言葉を声にしたかったのに、行動で示したかったのにそんな度胸も手段も自身は持ち合わせていなかった。


 マシロのおかげで、他力本願とはいえ今はその手段を持ち合わせている。ならば、あと必要なのは覚悟の身。


 ――二人をロストさせたくない。二人と一緒にこの時間を共有したい。


 だから、演じる。全力で。そのスキルに相応しい立ち振る舞いでなければ、中途半端なことをすれば余計な疑いがかかるだろう。マシロの姿が見えないのなら見えないで好都合、だったら自分がその出力機器の役目を果たせばウィンウィンではないか。


「いい? ――脇から体の中央を通す」


「――」


 その言葉に黙って頷くと、ヒロは音もなく片目を閉じて狙うべきただ一点を、視界の中央に置く。


 恐怖がそうさせるのか、それともこの状況に心が踊っているのか、小刻みに焦点のブレるヒロの右手に二本の腕が添えられる――


 ――一本は、構えた銃の底を包み込むように添えられたヒロ自身の腕。


 そして――


 ――もう一本、雪のように透き通った柔らかな肌質の右手が、そっとヒロの右手へと重なる。


 ヒロには重なったその手の感触はない。ないが、不確かな感触が不安定な照準を確かなものにしていく――


 さざ波の立っていた水面に、静寂が戻り、やがて波紋の一つすら消え失せていく。時が止まったような一瞬の静寂の中に、ただ一人の声だけが躍る。


「教えといてあげる、私が一番得意で――一番好きなワザ」


 その声はヒロ以外の誰にも届くはずはない。にも関わらず、その声はその言葉をヒロ以外の誰にも聞かせたくない、とでも言うようにヒロにしか聞こえないほどの声量で囁く。そよ風のようにささやかな声が、大気さえ震わせることなく、そっと鼓膜のさらに奥へと届き、雪解けのように儚く消えてゆく。


「――」


 本当にヒロがスキルを放つわけではない。本当にそれが撃てるわけではない。


 ただその瞬間、自身の腕が、体が、その媒体に、その銃身になっているかのようにヒロは錯覚した。だから――


 ――叫ぶ。その名前を。


「「純白の(プロイエッティレ)弾丸(ビアンコ)!!」」


 手と手が重なるように、声と声が重なり、やがて一つになっていく。


 指先から確かな感触をもって生み出された真っ白な光の銃弾は、よそ見をすることなくただひたすらにラグナロクの体の中でただ一箇所唯一柔らかな肌質をもったその場所を目指す。


「――ッ」


 ――ゆっくりと弾丸がその体にめり込むのが見えた。


 体内を抉りながら、それでも勢いの衰えることのない凶弾に、その推進力に触れた肉ごと引っ張られたのか巨体が僅かに後退する。その衝撃が遅れてラグナロクの表面を、着弾点からまるで波紋が広がるように背後に向けて伝い、そのままはるか後方へと駆け抜ける。


 ――刹那、ラグナロクの真後ろへと、一筋の純白の光の線が駆け抜けて、紫に妖しく染まった空へと消える。


 何が起こったのか理解できていない風のラグナロクは、遅れて自身を襲った痛みでようやく撃ち抜かれたのだと自覚したらしく、幾らかの間を置いたのち、今日一番の嘶きを天高く轟かせる。


 やがて、銃弾の勢いを支えきれなかった巨体がゆっくりと横倒しになっていき、――静かに、無機質な女性の声が響き渡った。


『システムアナウンス――ラグナロクの撃退に成功しました』


 まるでワールドカップの決勝でハットトリックでも達成したような大歓声が鼓膜を突き破ろうとする。イヤホン越しではない、たしかに現実に響く音がいくつもの声を飲み込み、押並べ、ただの騒音へと変換する。

 その中には困惑の、疑心の、嫉妬の、羨望の声が混じっているはずだが、何一つ言葉としての輪郭を持つ声はなかった。その中で、誰の耳にも届くはずのない声にならなかったはずの声が静かにヒロたちの教室の中で生まれる。


「……スノーホワイト」





 ――後日、生徒の何人かが撮影していたラグナロク撃退時の映像が流出する。後姿の映像だったことに加え、画質も悪く個人を特定できなかったことから、ラグナロク撃退の立役者となったそのユーザーは、のちにネットを中心に『スノーホワイト』の異名で呼ばれることとなる。


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