第1話 チュートリアル
初投稿です。
【注意書き】
どのジャンルに該当するか図りかねたため、『VRMMO』を選択しておりますが、厳密にはMRという別の技術をテーマにしています。VRを期待して読んでいただくと不満があろうかと思いますので文頭にて補足させて頂きます。
「ふっふっふ、とうとう俺は手に入れた! そう、青春を!」
教室の左翼最後尾に配置された自身の席に座るその生徒は、クラスメイト達とお揃いのやや緑がかったブレザーを身に纏い、首元に制服と同じ柄のネクタイをだらしなく巻いている。三年間の高校生活を象徴するかのようにあちこちにシワができ、その表面はちょっとした宝石のようだ。
座っているため正確にその身長を測ることは出来ないが、座高から推測するに平均よりも若干小柄な身体。触ったら刺さりそうな短髪を頭上に乗せ、鋭い目つきをしたその生徒は一見不良風であるものの、明るい髪色の生徒が多い教室内で数少ない黒髪であることがそれを暗に否定している。
目の前の机に置かれた小包ほどの大きさの段ボール箱を眺めながら、赤羽緋呂は全力でニヤけていた。周囲の生徒たちの机の上には段ボール箱ではなく、弁当箱やコンビニの袋が散乱している。
「早く開けなよ、ヒロ」
昼休みになって暫く経つというのに一向に箱を開けようとしないヒロに対し、すぐ右側に座る好青年が呆れたような視線を向ける。手入れの行き届いた艶のある黒髪は深い青の様にも感じさせ、柔らかな瞳と清潔感のあるヘアスタイルが優等生を演出している。そんな一青蒼真とヒロが友人であると知れば、世の人々は疑いの目を向けるだろう。
「ひれ伏せ、平民ども! くっくっく」
まるで魔王でも乗り移ったかのように邪悪な笑みを浮かべ、ヒロはようやくその段ボール箱に手をかける。パッケージには、小洒落た書体で≪Reality X―cross―≫とゲーム名らしきモノが書かれており、その下には煽るかのように≪仮想と現実がX―cross―する!≫というキャッチフレーズが添えられている。
「いやいや……僕らむしろ先輩だからね」
「……長かった、ホントに長かった」
ソウマの先輩アピールを華麗にスルーし、ヒロは目に涙を浮かべつつ、まるで彼女の服を脱がせるかのような手つきで包装紙を剥いていく。これを買うために一体どれだけ友人達の誘いを断り、どれだけ試験を犠牲にしてバイトに明け暮れて来たことか。これまでの苦労が走馬灯のように脳内を駆け巡る。
「ヒロんち、厳しいもんねぇ……」
ソウマのすぐ前の席に陣取り、椅子に逆方向で跨がった胡桃桜が、目の前で天使に連れていかれそうになっているヒロに同情の目を向ける。腰まで届くほどのロングヘアを淡い桃色に染め上げてこそいるものの、きちんと制服を着こなしたその姿は素行に問題があるようには見えず、むしろ品格すら感じさせる。
赤羽家の家訓は『働かざる者食うべからず』であり、それはゲーム一つにしても例外ではない。高校生の大半が持っていると言われるほどのゲームですら、『欲しいなら自分で働いて買いなさい』である。当然、お小遣い制などという神のようなルールは存在していない。
「で、開けたけどこれどうしたらいいの?」
封印を解かれた段ボールの中にはクッション材が敷き詰められ、その上にはハードコンタクトレンズのようなものと、小指の先ほどの大きさの白い完全ワイヤレス式イヤホンが一対ずつ並べられている。それらを取り除けば、箱の底には充電ケーブルなどの付属品と共に“紙の束”が納められているのだが、ヒロはその存在を黙殺してソウマに解説を求めた。
「やっぱりコンタクト式にしたんだね。確かコンタクト着けて、イヤホンの電源入れるだけでよかったと思うけど……取説読みなよ」
「いや取説読まない主義だから」
ソウマの至極真っ当な意見に対し、ヒロは解説に沿ってコンタクトレンズを装着しつつ、自身の主義を暴論のように叩きつける。イヤホンに設けられた小さなボタンを押してみると軽快な機械音が短く響き、目の前にはホログラムのように青みがかった半透明の画面が出現した。
「ん? なんか≪アカウント作成≫って画面出たんだけど?」
「あー、あったねそんなの。≪ユーザーネーム≫ってところを入力して、≪スキャン≫かけたら終わりだよ」
≪アカウント作成≫と書かれた画面の最上部には≪氏名≫という欄が設けられ、購入申請をした際の情報を元にしたのか、既に自身の本名が灰色の文字で入力されている。試しに人差し指で押してみるが反応はなく、どうやら修正することは出来ないらしい。
ヒロは、氏名欄の下に並ぶ≪ユーザーネーム≫という欄に自身のあだ名である≪ヒロ≫と入力し、最下部の≪スキャン≫と書かれた部分をタップするようなジェスチャーをする。
「おー、すげぇ! やっぱレンタルのサングラスタイプとは全然違うわ!」
ほどなく、教室に広がる風景が間違い探しのように変化する。それまでクラス内には統一感のある制服に身を包んだクラスメイトしかいなかったが、今はあちこちにちょっとしたコスプレのような恰好をした男子や女子が混じっている。……“フルメタルアーマー”のようなゴツイ恰好の奴もいるがそっとしておこう。
複合現実だと言われなければ分からないほど自然な着こなしの人間たちがそこには溢れている。授業もMR前提で行われるため、これまではレンタル品を使っていたがラグが酷い上に解像度も低かった。流石、約十万円もしただけはあるというものだろう。
「早速、ちょっと狩りに行ってみない? 戦い方とか少しレクチャーしといたほうがいいでしょ!」
「先生、お願いします!」
「パーティ申請出したから許可して」
ソウマからの申し出をありがたく受けると、ヒロの目の前に≪ソウマからパーティ申請がありました。許可しますか?≫というメッセージが出る。迷わず≪はい≫と書かれた部分をを押しつつ、ヒロはチュートリアルに相応しい一匹目を思案する。
「で、何狩るのよ? 俺としては寄生プレイでも全然ウェルカムですよ?」
せっかく古参ユーザーであるソウマとサクラがいるのだ。ヒロは「どうせならボスクラスがいいなー! 何なら“パワーレベリング”して頂いても」という副音声を載せてソウマ達に打診するが、結果二人の冷ややかな視線を真正面から浴びることになった。
「……ヒロ、やっぱしっかり取説読んだほうがいいよ、その考え方だと絶対後悔するから。せめて攻略サイトの『初心者QA』くらいは読もう?」
「何故に?」
ソウマの忠告に対し、沢山のはてなマークを頭上に浮かべ、ヒロは真意を訪ねる。行き詰まるまでは取扱説明書と攻略は見ない主義であり、このゲームにおいてもその理念を曲げる気は今のところない。
「はぁ……いい? 死んだら“ステータスリセット”だからね?」
「ふぁ!?」
まるで『馬鹿でも見るような目』で言葉を浴びせてきたサクラの台詞にヒロは思わず硬直する。死んだら、このゲームの用語で言えば確か≪ロスト≫だったか、とにかくステータスリセットとはどういうことか。ヒロはソウマへと視線を移し、さらなる解説を求める。
「持ってる≪装備品≫とか≪称号≫とかは無くならないけど、ロストしたらステータスとか≪スキルの熟練度≫も初期値に戻されるよ?」
「なん……だと……」
ヒロは「そういえばこのゲーム、“レベル”の概念がないとか言ってた気がするなぁ」などと考えつつ白目を剥く。専門用語が飛び交っているが、これまで培ってきたゲーム知識を活用すれば、≪称号≫は何かを達成したら得られる二つ名のようなもので、≪熟練度≫はおそらく使い続けると威力が上がったり、効率が良くなったりする指標になっているのだろう。
しかし”パワーレベリング“、つまり上級者に自身の代わりに強い敵を倒してもらって強くなろうとしても、『死んだら初期状態』ではリスクが大きすぎる。パワーレベリングしてもらうということはその間、自分の周りには自身より強いモンスターしかいないと言うことなのだから。さらに追い打ちをかけるようにサクラがヒロの将来を暗示してくる。
「もっと言うと、ゲーム内通貨もそこそこ持っていかれるから。あんまり無茶すると極貧のままいつまでも強くならないからご注意を」
「……よし、とりあえず≪スライム≫くらいにしとこう」
教室の窓から、校庭を散歩しているやや青みがかったゼリー状の物体を眺めつつ、ヒロはチュートリアルに相応しいモンスターをチョイスする。サッカーゴールの裏付近で数匹跳ね回っているのが見えるが、校庭で狩りをしているらしい生徒達の目に叶うモンスターではないらしく、その周囲に人気はない。
「その心がけを忘れないようにね。ちなみに、ヤバそうなやつは近づくだけで向こうから攻撃してくるからあんまり近づかないほうがいいよー」
いわゆる“アクティブモンスター”というやつか。死んだら一からなのにそんな危ない存在に近づく馬鹿はいない。ニヤニヤしながら見つめてくるサクラを横目に、ヒロはソウマと共にスライムの元へと向かうのだった――
「――今まで教室から眺めているだけだったコイツらを狩れる日が来るとは……」
ヒロは、サッカーゴールから少し離れたところでぷよぷよと楽しそうに跳ね回るスライムを眺めながら感慨に浸る。レンタル品はアカウントが作れないいわゆる”ビューア”であり、見ることは出来るが触れることは出来ない。この三年間、見えているのに倒せないというお預けプレイを食らっていたのだから飢えるのも仕方がないことである。
「感動してるとこ悪いけど、とりあえず武器をセットしませんか?」
「そうそう! 俺もちょうど、どうしたら武器持てるのか聞こうと思ってたとこ! で、どうすんのさ?」
「……頼むから取説読んで。こうやってこめかみを二回叩けばステータス画面が開くからとりあえず開いてみて」
ソウマのジェスチャーを真似して、右のこめかみを中指で二回叩くと、≪ステータス≫と書かれた半透明のボードが目の前に現れる。
上部には自身のステータスがシンプルに数値化されているが、要素としては≪HP≫≪SP≫≪仮想攻撃力≫≪仮想防御力≫という四種類しかないらしい。その下には≪武器≫や≪防具≫、≪スキル≫といったボタンがいくつか並べられている。
「おお、なるほど!? ここ押せばいいわけね!」
ヒロは「これなら直感で大体分かるな」と考えながら≪武器≫と書かれた部分に触れる。先ほどゲームを開始したばかりなのだから仕方ないといえば仕方ないのだが、一行だけ現れた≪ウッドソード≫という文字が少し悲しい。仕方なくそれを選択すると、目の前に名前そのまんまの“木の棒”が現れる。何もない空中から生み出されたそれを迷わず手に取って試しに振ってみるが、持っている感触こそないものの木の棒はしっかりと手の動きに馴染んでいるようだ。
「おっけ、完璧! で、このまま斬りつければいいの?」
「それでも良いけど、どうせなら≪スキル≫使ってみない? あんまり普通に攻撃することないし」
「おお、ゲームっぽい響き! で?」
ソウマの≪スキル≫というゲームらしい響きに心を躍らせながら、ヒロはもう何度目になるだろう解説を催促する。意地でも取説を読む気はないので、そろそろソウマにも学習してもらいたいものだ。
「……とりあえず、こうやって手を前に突き出しながら≪ファイヤーボール≫でどうでしょうか」
「何故敬語に!?」
どうやら諦めたらしいソウマは、まるで掌から何かを撃ち出すように右手をまっすぐと突き出し、最初から習得しているらしいスキル名をヒロに伝える。言葉の最後が敬語になったのは彼なりのささやかな抵抗だろう。
「おーし、ファイヤーボール!」
ヒロがそう叫ぶと、突き出された掌から炎の玉が勢いよく射出され、数メートル先で跳ね回っていたスライムを丸焦げにする。あくまでゲームなので掌に熱さは感じないし、スライムに直撃して飛び散った火の粉が足元に生えた枯草を焼くこともない。
「やべぇ、楽しいこれ!」
「ちなみに、ジェスチャーを≪ショートカット登録≫すれば発音しなくても撃てるし、視界に≪スキルボード≫出しておけばタップでも発動できるよ。後でステータス画面のスキルってとこ弄るといいかも」
「だからみんなあんまり叫ばないのね」
これまでの学校生活において、ヒロは他人が楽しむ様を指を咥えて見ていたのだが、スキルを使うたびに叫んでいるような人間は『ほとんど』見たことがなかった。『まったく』ではなく『ほとんど』である。
「そりゃ流石に、ねぇ……スキル名叫ぶのが一番早いからとっさの時は口に出すけど。よく使うスキルをショートカットに入れといたほうがいいよ。登録出来る数が限られてるから、僕は滅多に使わない大技は諦めて口で発動させてる」
ソウマは「高校生にもなって、そんな中二病なことやらないでしょ」とでも言うように苦笑いを浮かべ、自身のスキル活用法をヒロに伝授する。まぁ普通に考えてそれが一番効率のいい運用方法だろう。
「さてと、あと一〇分くらいで昼休み終わるしもう少し狩って教室戻ろう――」
ソウマの言葉を受け、ヒロは嬉々として火の玉を連発し、周囲に沸くスライムを殲滅するのだった――
§ § § § §
「ただいまー」
学校を終えたヒロは、玄関で靴を脱ぎながら誰もいないリビングに向けて、自身の帰還を報告する。当然、返事は返ってこない。この時間、両親はまだ仕事中であり、家の中にいるのはヒロただ一人である。要するに誰にも邪魔をされず、今日開封したばかりのゲームを楽しめる空間がそこにはある――はずだった。
「ほぇ!?」
その間抜けな声が自身の口から発せられたのだと気づくこともなく、ヒロは目の前の“存在”をどう受け止めるべきか頭をフル回転させていた。自身しかいないはずの家、当然玄関のカギは閉まっていた。階段を上がり、自身の部屋の扉を開けたのが数秒前である。
――目の前で“色白の少女”がこちらを見つめていた。