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日曜なので、ちょっと大盤振る舞い!
「ご主人様、失礼したします」
屋敷の中に戻ったクリスさんが一目散に向かったのは、何故かメルトさんの書斎だった。
「ちょっと何よ、クリス。私今、仕事中なんだけど?」
クリスさんに続いてわたしも書斎に入ると、屋敷の主であるメルトさんが机に向かって何かを書いていた。
あ、メルトさんってちゃんと仕事してたんだ……
何となくメルトさんはグータラしてそうなイメージがあったから、真面目に机に向かう姿はわたしには別の意味で衝撃だった。
「セアちゃん…今、かなり失礼なこと考えてたでしょ?」
「え?!そ、そんなことないですよ?…それよりメルトさん、お仕事って何されてるんですか?」
ジト目で見てくるメルトさんの視線に、わたしは「ヤバい!」と内心冷や冷やしながらメルトさんの追及を逃れるために、別の話題を振った。
「…何って、占いよ」
見逃してくれたのか、わたしの事を疑いの眼差しで見つめていたメルトさんが、小さく息を吐くと一枚の紙を見せてくれた。
「人間の中で生きていくのに、占い師の真似事みたいなことをやってるんだけど、これが意外と的中率がいいみたいでね。商人なんかが、よく頼みに来るのよ」
手渡された紙には、確かに依頼者の名前や、今後起こりうるであろう出来事が時系列で書かれている。
…あのこれ、占いっていうより未来予知じゃないですか?
これが本当に現実に起こるというのなら、確かにメルトさんに頼りたいと思う人は多いだろう、とわたしは考えながら、紙をメルトさんへ返した。
「それよりも、貴女達は魔術の訓練をしていたはずでしょ?一体、何の用?」
メルトさんの問いに、クリスさんの表情が強張るが、一度深く呼吸するとクリスさんが真っ直ぐな瞳で主人であるメルトさんを見た。
「そのセア様の訓練について、ご主人様にお願いがあって参りました……ご主人様の持つ【創造主の遺産】を、セア様にお渡ししたいのです」
「……どういうこと?」
クリスさんの懇願にメルトさんが目を細めると説明を求め、クリスさんは先ほど起きたことを詳細に説明し始める。
その内容を聞き進めるうちに、メルトさんの表情がどんどん険しさを増していき、説明を聞き終わると、その表情のままわたしの方に視線を向けた。
「……セアちゃん、悪いけど私に魔力を見せてくれないかしら?」
「…え?あ……」
戸惑っているわたしを見て、メルトさんが「別に難しいことじゃないでしょ?掌から少し魔力を放出してくれればいいから」と表情を軟化させて説明してくれる。
どうも、やり方が判らないで戸惑っていると思われたみたいだけど……ごめんなさい、正直メルトさんの表情が怖すぎて反応できなかっただけなんです。
勘違いしてくれているメルトさんに内心で謝りながら、わたしは言われたとおりに右の掌から魔力を放出すると、メルトさんが目を大きく見開いて驚きを見せた。
「これは驚いたわ……原初の種族に迫るなんてとんでもない。こんなに清らかな魔力見たことないわね」
わたしの魔力を見て、メルトさんが脱力しながら感想を口にする。
この反応、もしかしてメルトさんよりも純度が高いのかな?……なんか、ちょっとワクワクしてきた!
そんなことを考えていると、隣のクリスさんがとても深い溜息を吐いた。
「やはり、そうでしたか。わたくしの機能が十全であれば予め魔力純度を計測し、今回のような事態避けられたのですが……」
「それを言い出したらきりがないでしょ?それよりも、貴女は良いの?一応、形見の品よ?」
「はい。セア様になら……いえ、セア様だからこそ使うべきと愚考いたします」
「そう。ならいいわ……」
一人舞い上がっていたわたしを置いてけぼりの形で話が進み、結論が出たのかメルトさんが机に置いてあった置物をわたしの前に差し出した。
それは、占い師の人が使う丸い水晶に豪華な飾り台がくっついたような置物だった。
「あの…これは?」
「それはね、【オーブ】っていう、魔導文明時代に使われていた記録用の魔導具で、様々な情報を記録することが出来るの。で、この中にはクリスを創った魔導学者の魂が入っているわ」
「はい?!」
衝撃的な言葉に、わたしは声を上げて驚き目の前のオーブを見つめる。
一見すると何の変哲もない置物にしか見えないのに、この中に人の魂が入っていると聞いても、わたしにはとても信じられず、様々な角度からオーブを観察した。
ただ、どれほど観察しても、これとわたしの問題がどう結びつくか解らず、二人の方に視線を向けた。
「このオーブは、わたくしの創造主たるマイスターから「自分の持つ知識を必要とし、それを受けるに値する者が現れたときに託しなさい」と言われご主人様に預かって頂いていた物です。マイスターたちが使っていた古代魔術と現代魔術は全くの別物。これを使ってマイスターの知識を得れば、おそらくセア様は魔術を使えるようになるはずです」
クリスさんの言葉を聞いて、わたしはオーブへと視線を戻す。
この中に眠るクリスさんの生みの親って人の知識を得れば、わたしは魔術が使えるようになる……でも、さっきの話を聞く限り、これを使ったらこのオーブ自体が壊れるか、中の情報が消滅してしまうのかもしれない。
「…いいんですか?さっき、形見の品って言ってましたけど」
「クリスが決めちゃったから気にしなくていいわ。それに、これを託されて千年……ようやくクリスと私の眼鏡に適う人物が現れたんだもの。そろそろあいつを休ませてあげたいのよ……」
そう言って、メルトさんはどこか悲しげにオーブを見つめる。
あぁ、そうか……これを大事に取っておきたいというよりも、中に眠る人を早く楽にさせてあげた気持ちの方が強いんだ……
何となく、わたしにもわかる気がした。
大好きだったお祖父ちゃんが亡くなった四歳の時、そしてお祖母ちゃんが亡くなった十三歳の時も、わたしはお葬式中…そしてその後もずっと泣いていた。
四歳の時はただ見守っていたお母さんだったけど、中学生の時は違った。
「星亜がそうやってずっと泣いてたらお祖母ちゃん…あなたの事が心配で、天国にいるお祖父ちゃんの所にいけないでしょ?それとも、お祖母ちゃんがお祖父ちゃんと会えなくてもいいの?」
まるで小学生を諭すようなお母さんの言葉だったけど、わたしの心に深く突き刺さった。
生前、恋人のように仲良しだったお祖父ちゃんお祖母ちゃん……お母さんの言葉でその姿を思い出したわたしは、「それはダメ!!」と叫び、泣くのを我慢した。
メルトさんたちとは少し違うけど、亡くなった人を安らかに送りたいって気持ちは同じだと思う。
「あの、わたしなんかでよければ、謹んでお受けします」
言葉は間違ってるかもしれないけど、わたしができる精一杯の対応。
そんなわたしの言葉を聞いて、メルトさんとクリスさんは優しく微笑んでくれた。
「それじゃ、セアちゃん。このオーブに手を置いて魔力を集中させてちょうだい。そうすれば、オーブが起動するから」
メルトさんの促され、わたしは目の前のオーブに触れる。
ただ、わたしの脳裏にはさっきのオーバーロードの光景が焼き付いている。
もし、このオーブも壊れてしまったら?…そう思うと、魔力を右手に集中するのを躊躇ってしまう。
「セア様、大丈夫です。マイスターの残した遺産が、そう簡単に壊れたりなんか致しません」
クリスさんの励ましを聞いてわたしは小さく頷くと、右手に魔力を込めた。
次の瞬間、オーブから光が溢れわたしの視界を真っ白に染めた。
そして、真っ白な光が消えると、わたしはメルトさんの書斎とは違う場所に立っていた。
そこは、一言で言えば研究室だった。
部屋の奥には大きな窓があり、窓の外には青空が広がっている。
その前に置かれたいくつもの机の上には、実験器具やら書類やらが乱雑に置かれ、今にも崩れそうな状態だ。
部屋の両側には本棚と実験器具を保管する棚が据えられ、そのどちらにも高そうな書物や器具が置かれていた。
ここがオーブの中なのか、と興味津々で辺りを見渡していた時だ。
――あの二人がどんな人物にオーブを託すのかと思っていたけど、まさかこんな可愛らしいお嬢さんとは……
突然声が響いたと思ったら、いつのまにか窓の近くに男の人が立っていた。
年齢は、お父さんと同じ四十代後半くらいに見えるけど、整えられた茶色い髪にはチラホラと白髪が見える。
乱雑な部屋の中と違い、男の人の身なりはとても綺麗で、白衣にはアイロンまで掛けられていて……まさに、真面目なクリスさんを生み出した親、と言いうのがわたしの第一印象だった。
そんな男の人の青い瞳と視線がぶつかったかと思うと、男の人はフッと笑みを浮かべ、思いがけないことを口走った。
「初めまして、可愛らしいお嬢さん。摩訶不思議なワンダーランド、クリストバルの研究室へようこそ」
真面目さなどかけらも感じないおちゃめなセリフに、わたしはこけそうになる。
あ、そうだった。この人、クリスさんのお父さんだけど、あのメルトさんの友達でもあるんだよね……
そのことを思い出し、わたしはほんの少しだけ不安に思ってしまうのだった。
次話更新は五月二十八日午前0時です。